他人の金で寿司食べたい



食事をする姿は性的だと、どこかで見聞きした覚えがある。
おそらくは桜狼亭の接客中だろう。何人かの女性が集まって会話をすると中々にえげつない内容になる場合があり、その時はその手の会話の抑制になる美形の店員、すなわち忍達が揃って不在だった、あるいは厨房にいたのだと思われる。
なんでも食べ物を口に運ぶ姿が色っぽいだとか、口の動きがどうたらこうたらとか、男性の方も女性をそう見ているのだとか、そういうよくある下世話な会話だったような気がするのだが、いまいち覚えてはいない。あまり客の会話を盗み聞きするのも良くないと思ったからだ。なによりも理解が出来なかった、というのがある。性的だとか色っぽいだとかその手のことは飲食店で嫌というほど見ていれば大した感情も湧かないし、いちいちそんな目で他人を見てはいない。恋愛的な機微やそういったものと程遠い生活をしていたせいだろう。
当時はそんなことを考えていたような気がする。気がする、というのはしっかりとした記憶がないから言いきれないというだけだ。




つまるところこれはそういうことなのだろうと考える。

一緒に外で食事でも、と誘われて了承したのは良いものの、何故か航大から目を離せない。

たとえば、手。
今まで意識をしていなかったけど忍服の時の航大は右手に長い手袋をしているために手の甲や指先は見えないし、左手は指先の無いタイプであるから指先は露出していてもやはりその他の部分は隠れている。そんな普段隠れている場所が私服である今は無防備に晒されていて、その指が動いているとなるとなんだかいけないものを見ているような気分になる。
筋張ってごつごつしているけれど男臭さだけではなく、細長い指や桃色の几帳面に整えられた爪は女性的な美しさも持ち合わせているように思える。大きな傷跡や目立つ黒子は無く、不自然に白いわけでも日焼けをし過ぎているわけでもない。なんというか、整っている。
そんな両手が割り箸を手に取り、袋から取り出し、静かに手を合わせる。動き自体は言うまでも無く健全であるはずなのにどうしようもなく性的に見える。

たとえば、口。
航大はどちらかと言えば口数の少ない人物であるし、表情が豊かな方ではない。時々ほんの少し口角が動く程度だろう。基本的に静かで、必要でなければ喋ろうとはしない。大口を開けて笑うなんてそうそうあり得ない。
そんな彼ではあるが食事の際は口を開かざるを得ない。おそらく幼い頃から箸の使い方まで厳しくしつけられたのだろうが航大の箸使いはまるでお手本のようで、出された寿司を優しくつかむと、シャリを崩すことなく醤油皿の元まで運んだ。そしてネタに少しだけ醤油を浸し、口元に静かに持っていく。
食物が口元まで運ばれ、航大は口を静かに開ける。開かれた唇からは並びのよい歯と粘膜のピンク、そして普段見ることの無い舌が覗く。手以上に普段見ることの無い個所であるそれはなんだか見てはいけないような、見るのは悪いことのように感じる。航大と契約した時に舌で一度だけ触れられたことがあるがその時の感覚は覚えていない。今覚えばだけれどよく自分はあの時平然としていられたものだと思う。


「食べないのか?」

食物を飲み込んだ航大が怪訝そうにこちらを見る。ああそうだ、そういえば自分の前にも同じものが置かれている。航大の食事の様子を見ているのに夢中ですっかり忘れていた。

「食べる」

慌てて割り箸を割ると見事なまでに斜めに割れた。その様子を見て航大は耐え切れなかったらしく吹き出した。

「航大だって割り箸を綺麗に割れないことくらいあるだろう。そんなに笑わないで欲しい」
「そうではない。動揺しすぎだぞ主」

図星だ。どうにか誤魔化さなくてはと慌てていただきますをする。それがまた面白かったらしく航大は再び吹き出した。

「俺のことを熱心に見つめていたのがそんなに後ろ暗いか?」

ただ見ていただけならそこまで後ろ暗いことは無いが、今回はそうではない。なんというか思考がいやらしかったというか、よこしまだったというか。少なくとも食事の場で素直に白状できるものではないだろう。

「美味しそうに食べるなと思って、つい」
「それで人の腕までじっくり眺めていたと言うわけか」
「ええと、その、箸使いが綺麗だと思って。そういうところいいなあって」

嘘はついていない。嘘は。
納得したのかしていないのか航大はじっとこちらを見つめたまま動かない。もしかしたら気付いているのかもしれないなとも思ったが、航大は普段の言動とは裏腹に他人を思いやる人間であるのでこの場で指摘はしにくいと考えているのかもしれない。
考えていても仕方がないので不揃いな割り箸で目の前の寿司を掴む。頭の部分が台形のようになった割り箸は心底使いにくいがこれもよこしまなことを考えた罰だろう。一度目線を逸らしてしてしまえば罪悪感と理性がやってきてじわじわと胸を締め付ける。

何を考えていたのか自分は。正気に戻れ。

そう言い聞かせるものの、一度目についてしまったものはどう足掻いても目に入ってしまう。
この先航大と食事をまともに出来ないかもしれない。そんなことを考えながらサーモンを飲み込んだ。

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