親友、一色航大
※主人公は一色航大さんではなく別のモブ男が好きです
女には気をつけろ。それが父の教えだった。
まず女だといって侮ってはいけない。油断と慢心は死を招く。お前は将来頭領になる男なのだから近づいてくる者全てに気を張り、油断するな。
当時は何も考えずその言葉をそのまま受け取り頷いたが、今考えると父は忍としても他人の上に立つ者としても重要な教えを残したと航大は思う。
確かに女は男に比べ非力ではあるが、男には無い武器を持っている。それは男を誘惑する柔らかな肢体だ。事実女の忍、くのいちはそういった部分を武器として立ち回る者は多いうえ、それに引っかかるバカも多い。現実でもフィクションの中でも立場ある男が女に騙され、あるいは寝首をかかれ、といった内容は少なくない。
女には気をつけねばならない。そんな教えを受けた男がどうなるか?答えはシンプルだ。
恋愛は必要ない。父も母との出会いは見合いだったそうだし将来的にはそういったことも考えねばならないだろうが、少なくとも今は必要がない。そもそも伴侶など弱味にしかならない。跡継ぎは必要だとしても作るには早すぎる。以上の理由からして必要無い。女と肌を重ねた経験は何度かあったがそれに溺れることも無かった。逆に女が喧しく面倒くさく極めて鬱陶しかった為自然と遠ざけるようになった。恋人など作らないと事前に言い含めていたのがどうやら伝わって無かったらしい。
書物の中には男女のそれを描いたものもある。そういうものがあるのだと知識はある。だが自分にはいらない。理解が出来ない。
とにかく必要の無いもの。一色航大における恋愛はそういうものだった。
そもそも、一色航大という男の人生は娯楽以外のものを二十数年の中に無理やりに詰め込んでおり、息つく暇など一切無かった。
幼少期から前頭領である父親に忍としての気構えや技、頭領としての立ち振る舞いを教え込まれ、一般人が一般的に言う青春を送る時期は肉体の成長期であり更に鍛錬に打ち込んだ。成長期が終わった頃には頭領の地位を譲られ、大学で表の仕事についての勉学に励んでいた。大学を卒業した後は弁護士と頭領の仕事に追われている。暇が出来れば学びも兼ねた趣味である読書に潰れる。
さて、一般的に恋愛というものは時間と金とその他手間暇のかかるモノだ。相手がいなければ成立せず、かつ相手との関係を継続させるためにこまめに連絡を取っていかねばならない。そのあたりは個人差があるだろうが、一色航大に一番足りなかったものは時間である。その時間を確実に使わなければならない時点でどうにもならなかったというのは当たり前の結論だろう。
相手の機嫌を取らねばならないというのもこれまた他人の機嫌を取るだとか媚びるだとかそういったことと真逆の位置にいる一色航大という男には無理な行動である。向いてない以前の問題だ。相手に目をかけることはあっても情はかけないというのが彼であって情をかけない時点で既に結末は見えている。
興味が無いうえに向いてない。一色航大に恋愛は不可能だし色仕掛けも通用しない。結論だ。
「好きな人が出来たんだ」
だから、そんなことを言われても一色航大という男に何か出来ることは無かった。何故自分に言ったと尋ねれば普段の刺々しい口調から責めているという風に取られかねない。じゃあ他になんと言えばいい?そうか勝手にしろ?それともどんな男か聞けばいいのか?言葉を詰まらせた航大に対して、彼の主は彼が呆れているのだと考えたのだろう。半分は間違っていたがそのことに気づくわけもなく目線を落としてしどろもどろに話しだす。
「よく店に来てくれるお客さんで、たまにちょっとした会話をしていて、それで気になり始めて」
話によると、彼の主の好きな男というのは『至極普通で真っ当な生活をしている一般人』らしい。その男というのはよく気付く男らしく、各都市を巡ってる際に主は何度か怪我をしたが、店に出た際それを指摘してくるそうだ。そんなことは自分も当然ながら他の忍の連中でも気付くだろうなどと航大は思ったが口には出さない。出せなかった。契約する前だったら確実にこの言葉に罵倒の文句が四つはおまけされて相手にぶつけられていたに違いない。
「それで、何故俺に話した。そういったことであれば藤城や加茂の方が適当だろう」
どうにか絞り出した言葉に航大は違和感を覚えた。自分で言っておいて何故こんな言い方をしたのか理解ができない。住む世界が違う、相手を思うなら何もしない方がいいだろうな。おそらく、それが適当なアドバイスだった。何故自分に?なんて聞く必要は無かっただろう。
「譲彦や愁はほら、過保護だし。相手の人に迷惑がかかったら嫌だなあって」
ただ誰かに聞いてほしかったのだと主は言う。確かに加茂はそんなことを聞けば最後相手の男をどうするか分かったものではない。藤城はそんなことをしそうには無いが威圧くらいはするかもしれない。それくらいだろう。
うっかりでも誰かに漏らさないような口の堅い人物で、かつそういったことに口出しをしてこなさそうな相手というので航大を選んだらしいが、当の本人は何とも言えない気分になっていた。
そこまで自分は主に対して無関心だと、そう思っているのだろうか、と。そう思われているのであれば心外だ。航大は口調こそ初対面から変わらないが態度についてはだいぶ贔屓をしているという自覚があった。それは自分の認めている主だからという他ならない。
「嫌じゃなかったらでいいんだ。またこうして二人きりになったときとかちょっとだけ話を聞いてくれないか?」
どうしてそんな無駄なことを。断る。これだけの言葉が今の航大には何故かやはり言えなかった。拒否ができない。もし拒否をしたら主はどうするのか、どう思うのか。そう考えるとどうしても言えない。
馬鹿馬鹿しい。そもそもそんな男など、桜狼衆の当主をしている時点で円満に結ばれるわけがない。住む世界が違いすぎる。大方何かに巻き込まれてすぐ死ぬか尻尾を巻いて主の前から逃げ去るに違いない。
「期待はするな」
航大が断れば主は大人しくこの話を打ち切り、二度とすることは無いだろう。だがこの相談役を誰か別の相手に任せるのだろう。忌々しい腐れ縁の幼馴染か、畜生か、それともやる気の無い年下か。その相手に自分の弱味をさらけ出す。考えたくは無い。
たとえどんな形であれど傍にいたいなどという消極的な願いを一色航大という男は持ったことが無かった。
誰かに嫌われたくないなどという女々しい考えを一色航大という男は持ったことが無かった。
一色航大という男は初めて、恋をしていた。