バ先の常連の話
※モブ視点
バイト先に来る男の話をする。
俺のバイト先はナゴヤに数多くある本屋のうち、大型店舗じゃなくて商店街の外れの方にある寂れた個人経営のしょぼい小型店舗だ。置いてある本はいつ書かれたんだよコレみたいな古臭いのばっかだし、ついでに端末で調べてもレビューの一つも出てこないようなマイナーな本ばっかだし、時代遅れ極まってる過疎本屋だ。
店長の爺さんが何か仕入れてきたとしてもこれまた今まで置いてあったような誰が読むんだよ読んだんだよって感じの本ばっかりだし。新規の顧客を取り入れる気がないのが丸わかりだ。潰れるぞこの店っていつも思う。
話を戻す。そんなしょぼい本屋にやってくる客というのはたかが知れてる。一週間に三回程度で一回につき時間は大体五時間。その程度の時間でやってくる客は、何となく店に入ってきた二度と来ない客か、店長の知り合いの爺さん婆さんか、常連かという大体三種類に分けられる。今回話す客は三つめの常連だ。未だに俺はなんでそいつがこんな店の常連なのか理解出来ないけど、まぁ置いておく。
その男と言うのは黒髪で、冗談が通じなさそうな眼光と一般的にいう整った顔立ちをしていて、大体一か月に二度くらいのペースでこの何のために存在しているのかよくわからない本屋に一人で現れる。
ぼろっちい貧相な店に複数人でやってくるというのも変な話なのでそれはいい。だけどもその男は愛想が無い。最低限すらない。いらっしゃいませとこっちが言おうが何をしようが会釈どころか目線すらよこさず、まず真っ直ぐに哲学書のコーナーに向かう。大体有名どころは近くの大型図書館や大手本屋が置いてあるけれどうちの本屋にそんなメジャーな物体は置かない。メジャーはメジャーになる理由があるからこそのメジャーだと思うのだが店長の爺さんはそんなことを欠片も理解せず己がマイナー道をつき進むと言わんばかりの人間だったので、自費出版で極僅かの部数刷られただけなんて物体をどこからともなく仕入れてきては店に並べていた。ジャンル別に分けて並べるのはもっぱら唯一のバイトである俺の仕事なんだけども。
その男の興味の対象というのは俺と店長の爺さんどっちが近いかと言われれば爺さんの方らしく、爺さんが仕入れてきた本に手をつけては立ち読みを始める。ジャンルは哲学書でなくとも問わないようで民俗学や宗教学の本を読んでいたと思えばレシピ本を無表情で読み進めていたりもする。立ち読みをする時間は大体十分から三十分程度。本当なら注意するなりなんなりをした方が良いのだろうが眼光だけで人を殺せそうな男に注意をするのは正直怖いし、その男は立ち読みをした後絶対に本を買っていく。それも一冊ではなく多い時は十冊程度を纏めて買っていた。そういえば自宅に一度本を送っていたような気がする。そこで名前を見たはずだけどなんだったか。なんか珍しい名前と苗字だった気がする。ああそう一色。一色航大。
なんでも店長が言うには上得意様でよく商品を買っていってくれるし、たまに取り寄せも頼まれるらしい。
そもそもなんで個人経営の弱小本屋に、って思ったんだけどその人メジャータイトルは既に図書館とかで全部読破してるらしくて別視点からの知識を得るためにそういう場所では扱ってない本、すなわちうちが主だって扱ってるものを求めてわざわざ時間を割いてるらしいんだよね。そんなの自分で通販サイトからポチれば終わる話だと思うんだけど。いちいちあんな狭くて埃っぽい店舗に来る必要ないよなぁ。
というかあの人本当に人間なのか怪しいんだよ。いつも人をゴミ以下の何かを見てるような目をしてるし表情もほとんど変わらない無愛想だし。ついでに姿勢とかがいつも機械的に真っ直ぐっていうか出来過ぎてるっていうか。
そういやそいつが店で立ち読みしてる時、二度くらい野郎がそいつのことを探しに来たんだよ。トウリョウって言ってたから本業は大工なのかって思ったけど大工じゃないみたいなんだよな。そんなに日焼けしてるわけでもないし、ガテン系とかけ離れてるし。店長の爺さんによると弁護士らしいんだけどさ、イケメンで高身長で弁護士でってどんだけスペック高いんだって話だよ。
でも男が探しに来たり仕事の電話は来ても女の人とかから呼び出されて出ていく、みたいなことは無いんだよなあ。
あんだけ顔が良いんだから女とかよりどりみどりだと思うんだけど。ホモなのかあの人。
え?何?ただの客をそんなに見ている俺の方がホモっぽい?やめろよ!俺はそういうんじゃねえから!
カランカランと来客を知らせるベルが鳴る。どうせ碌な客ではないだろう。いらっしゃいませーとやる気の無い声で挨拶をする。そもそも本屋だ。いちいちそんな風に挨拶をする必要もないのではないかと最近では思い始めてきた。
くぁと欠伸を噛み殺しながら今日は一体どの客だ、と一応視線を送る。店長の碁打ち仲間か、あるいは将棋仲間か、もしかしたら釣り仲間かもしれない。
「こんにちは」
どれでもない、迷い込んだ一見さんだ。しかも女性。文学少女で活字中毒ってわけでも無い。
「ここが航大の贔屓にしている店?」
コウダイという言葉でハッと我に返る。珍しく女性の客が来たからってテンションを上げている場合じゃない。しかもコウダイ、コウダイって。
「そうだ。他には無い品揃えで頻繁に顔を出している」
喋った。あの無表情のサイボーグみたいな野郎が女の人と喋ってる。ていうか、おまえが女の人をここに連れてきたのかよ。他に行く場所あるだろ。心の中で一色航大に対して六度は突っ込んだが決して表情と口には出さない。俺だって命が惜しい。
女性客はなるほどと頷いた後きょろきょろと店を見渡している。一色と女性客と俺以外は店内に誰もいない。安定の閑古鳥だ。
「おい、本屋ではしゃぐんじゃない。子供か貴様は」
俺がこの店でバイトを始めて大体一年。一色とかいう男と初めて遭遇したのはバイト開始から一週間後。うんともすんとも言わないし、会計の時は無言でカウンターに本を置くし、レシートをつけるかと聞いても「ああ」しか言わないし。他の奴が探しに来ても表情なんて変わるわけがない。
そんな男が口角を上げている。女の子と一緒にこんな寂れた本屋に来て、あの無表情立ち読み男が表情を動かしてる。
こいつも人間で男だったんだ。連れてきた女の子を見つめる一色の目は優しい。他人をゴミとも見ていないような眼差しはそこには無い。
なんだこれ……。
油断をすれば笑い出してしまいそうで、笑ったら多分殺されそうで。その二人が店を出るまで唇を噛んで笑いを必死に堪えていた。