あなたと過ごす朝
新しい発見というのはどんな状況にあっても嬉しいものだと思う。だから私は今毎日嬉しい。
目覚ましがピピピと軽快な音を鳴らす。他のけたたましい目覚ましでは無いのは変に煩いものでなくても体内時計は正常に機能している為、時間になれば勝手に目が覚めるからだ。
手を伸ばして目覚ましを止める。時刻はまだ六時前。それでも起きて朝食を作らねば。ベッドから這い出て身体を伸ばす。もうあちらは起きているのだろうか。声をかければ起きるのだろうが、休める時に休んで貰った方がいい。欠伸を一度した後、まずは顔を洗いに洗面所へと向かうことにする。
洗面所の鏡にはまだ眠そうな自分の姿が映っている。流しに水を張りながら今日の予定を思い出す。特別な予定は何もなかったはずだ。一応後で手帳を確認しておこう。そんなことを考えながら目を擦っていたら充分な量の水が既に溜まっていた。水は寝ぼけた頭をその冷たさで覚ましてくれる。ぱちゃりぱちゃりと何度か顔を洗うと思考がクリアになってきた。ついでに洗濯機を回しておこう。
顔を洗い終わったら次にキッチンへと向かい電気ケトルに水を入れてスイッチを入れる。文明の利器というのは素晴らしい、やかんよりお手軽で邪魔にならない。コンセントさえ繋げられればあとは水を入れてスイッチをオンにするだけ。その間に野菜を刻みつつトースターに食パンを二枚本り込んだ。
そろそろ起こした方がいいかな、と彼の寝室の方を見るとガタンと一度物音がした。どうやら目が覚めたらしい。物音の後、しばらくしてからゆったりとした足音が聞こえる。部屋の扉の前で一度止まったそれは多分彼がまだ覚醒しきっていないことを私に知らせている。
最近知ったことだが彼は低血圧らしく、どちらかと言えば(私はどちらかどころではないと思うが)寝起きは悪いらしい。それでも訓練を受けた忍であるため有事の際はその素振りを欠片も見せはしない。自分の弱点を徹底して知られたくない彼のそんなところを見せて貰えているということが非常に嬉しく感じるのだ。
「航大、そろそろトーストが焼けるぞ」
丁度よくケトルが湯の沸いたことを知らせる。
刻んだ野菜を器に適当に盛り付けて、プチトマトを添えて彩りのバランスを取る。インスタントのコーヒーをカップにセットして大体はお終いだ。
声に反応してか扉が静かに開く。お世辞にも良いとは言えない目つきは普段のそれより更に酷い。
「……」
「おはよう。航大」
「ああ」
普段の彼とは違い今は非常に気を緩めているらしく、だいぶぼんやりした反応が返ってくる。こんな姿を惣七や譲彦が見たら恐らく大笑いするのだろう。
「……顔を洗ってくる」
「いってらっしゃい」
寝ぐせがついたまま、ゆっくりと歩き出す航大に自然と笑みが漏れる。言ったら絶対に怒られるが、可愛いところもあるんだなあ、なんて。おそらくこんなところは一緒に生活している私にしか見せないし、指摘をすれば二度と見せてはくれないだろう。
航大が顔を洗いに行っている間にコーヒーを淹れ、トースターのスイッチを入れる。それと冷蔵庫からジャム二種類とマーガリンを取りだす。それと目玉焼きも作ってしまおうと卵を二つ。
洗面所の方から水の流れる音がする。そろそろ航大も覚醒する頃だろう。今日の気分は黄身が半熟だな、なんて考えながらフライパンに卵を落とす。航大の目玉焼きはどうしようか。いつも通り黄身までしっかり火を通して固めにしておこうか。自分の分の目玉焼きはそこそこに航大の分に取りかかることにする。
「……」
トースターが鳴った頃、目頭を押さえながら航大が静かに歩いてくる。足取りはさっきよりしっかりしているからほとんど覚醒はしているのだろう。もう一度おはよう、と声をかければ「ああ。おはよう」と今度はちゃんと挨拶を返してくれた。
「目玉焼きは塩コショウ?醤油?」
「醤油でいい」
「わかった」
皿にトーストを取り出して、別の皿に目玉焼きを乗せて、朝食の準備は終わりだ。纏めてテーブルに運んでしまおうと無理やり皿を持とうとすると後ろから腕が伸びてきてトーストの皿を浚っていく。
「落とすぞ。朝から皿を割るつもりか」
「これくらいいつも店で運んでるから平気だよ」
「無理に運ぼうとするな。俺を頼ればいいだろう」
先ほどまでのぼんやりとした航大はどこにいったのやら、いつもの調子の航大が戻ってきた。しかし皆で居る時よりも航大の言動は全てにおいて優しく、柔らかい。
こんな暮らしを始めてからどれだけ日が過ぎただろう。毎日が些細な発見で溢れている。航大は朝に弱いことや、目玉焼きには何をかけるのだとか、そういう本当にくだらない発見だ。
それでも、そのことがとても嬉しい。そんな些細な毎日を一緒に過ごしていけるのが嬉しいのだ。
「はやく座れ。コーヒーが冷めるぞ」
「うん。はやく食べちゃおう」
こんな毎日を過ごせる私はとても幸せだ。