13
カリナとフィンレイが二人で出かけるのだと、その日は軍の兵士もどこか浮き足立っていた。セインガルド七将軍筆頭であるフィンレイと、勢いをいや増すオベロン社の総帥の一人娘だ。話題は嫌でも広まった。
リオンは苛々しながら宿舎のベッドに拳を振り下ろす。
オベロン社の計らいで一人部屋を与えられていて良かった。こんなところ、同室の者に見られたらなんと言われるかわからない。
『坊っちゃん、カリナさんのことが気になるんですか』
「……そんなこと」
見るに見かねて、シャルティエのコアクリスタルが少し早く点滅した。
『フィンレイ将軍は、この話はまとまらないだろうって言ってたじゃないですか』
「わからないさ。オベロン社の権力があればどうとでもなる」
カリナは予想できていたことだと静かに言った。政略結婚はもう確実なものなのではないかと感じさせるような声だった。
彼女がどこか遠くへ行ってしまうのではないか。置いてけぼりにされたような寂寥感が胸を蝕む。
もうエミリオの手を引いて歩いてくれたことなど遠い昔のことで、彼女はすべて忘れて他人のものになってしまうのだろう。
あの幼い日のぬくもりを大切に抱いているのは、エミリオだけ。
――勝手なことだ。カリナが本当の姉かどうか疑っているのに、こんなことを思うなんて。
「別にいいんだ。誰とどうなろうが…僕のことなんて気にかけていなかろうが」
強がってそんなことを言ってみたが、そこになんともやるせない気分が滲むのを隠しきれなかった。
シャルティエとの間にじんわりと沈黙がおりる。
いたたまれなくなって窓の外に視線をやる。昼の庭には瑞々しい緑が広がっている。
しばらく眺めていると、一組の男女が歩いてきた。
「あれは…フィンレイ将軍?」
男性の方は間違いようもなく毎日顔を合わせるフィンレイだった。しかし、カリナだと思った女性の方に違和感を感じて身を乗り出す。
この部屋から彼らのいる場所は遠いし、女性は日傘を差しているからはっきりとは見えない。けれどカリナの特徴とも言えるべきものがなかった。
黒髪を高く結い上げ、豪奢なドレスを身にまとった彼女の顔は――マスクに覆われていない。
「将軍は、姉さんと出かけているはずじゃ」
真面目な彼が約束を反故にするとも思えない。けれどそれなら、あの女性は誰なのだろう?
まさか、カリナに似た背格好の者を代役にでも立てたというのだろうか?
それとも万が一、あれがカリナ本人だとしたら。
「なんで、顔を隠していないんだ…?」
得体の知れない感情がふつふつと湧いて肌を突き破って出てきているようだった。
なにかリオンの知らない思惑がどこかで動いているような、焦燥感のような。ただ単に嫉妬のような、不安のような。
窓枠に置いた手を握ると少し汗ばんでいる。
窓の外の二人を見てから、嫌な予感が頭を支配していた。
果たしてリオンの懸念は的中することになった。
城内がにわかに騒がしくなったと思いきや、思いもよらない知らせが飛び込んできたのだ。
「フィンレイ将軍が…?」
腹を一刺しだったらしい。かの勇猛なセインガルドの大将軍は、周りが手薄になる時を狙って襲撃されたのだ。
暗殺者はその場で殺されていて、どこの手の者なのかも調査しようもない。
「まだ調査は続けられているので確かなことは言えませんが。フィンレイ将軍の隙を狙ったのかと」
「フィンレイ将軍が…隙をつくるような人物には思えません」
「はい…それにはドライデン将軍も疑問を抱かれていました。ですが」
あくまで推測ですが、と前置きされて告げられた言葉に、リオンの青ざめた顔色はますます血の気を失った。
頭がガンガンと打たれ、すべての感覚を失ってしまったようだった。
「――カリナ、様が?」
「ええ…彼女が先に狙われ、倒れた時に気を取られたのかもしれないと」
「じゃあ、彼女も…まさか」
あまりに震えた声で訪ねたリオンに、報告していた兵士はあわてて否定をした。
「いいえ!カリナ様は一命は取り留めました。ただ、わずかに急所を外したという程度で…かなりの重傷です」
いつお目覚めになるか、と目をそらす。
察するに容体は決して良いものではない。
リオンの冷静な部分が未だ疑問を抱いていた。いくら目の前で女性が刺されたとはいえ、軍に身を置く将軍がそれで隙などつくるだろうか。
けれど、そう考えなければフィンレイほどの実力の持ち主が倒されたことが説明できないのだという。
晴天の霹靂とも言うべき、国の柱である大将軍の急逝はリオンだけでなく誰も彼をも混乱させていた。
国王ですら狼狽えるような状況の中、しかしそんな王の傍らで静かに状況を見つめていた者がいた。
――ヒューゴだ。
彼はますます王の相談役として頼られるようになり、国政にもより深く関わるようになっていった。オベロン社は更に力を持ち影響力はフィッツガルドやカルバレイスなど他国にも及ぶようになる。
そしてオベロン社総帥が後ろ盾であるリオンも厚遇されるようになった。
「僕の実力が他人に劣るとは思わない。けれどこんな状況じゃ、誰も僕を正しく評価なんてしない!皆が見るのはオベロン社の権威だけだ!」
オベロン社総帥推薦の、リオン=マグナス。人々はそう評す。もはやリオンの実力など見ようとする者などいなかった。
父に認められたいとその一心でしてきた努力がとても虚しいものに思えて、初めて悔しさから涙を流した。
重傷を負い未だ意識の戻らないカリナも、オベロン社の権力を滑り込ませるように軍に入れられたリオンも、きっとヒューゴにとっては取るに足らない駒の一つでしかないのだ。
今までの意思も、今の環境も。がんじがらめの思惑でつくりあげられたものだったと気付いてしまった。しかし悟ったところで、リオンには何もできはしないのだ。
2016.08.22投稿
2017.11.05改稿
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