14
軍に入ってから数年。国王から直接任務を与えられることもあり、期待以上にそれらをこなしてきた。
その結果軍という組織からは独立した存在として動くことのできる、客員剣士という立場を手に入れた。
しかしそれもリオンの実力だけかと言われれば疑問を抱く。オベロン社の口利きがあったのだろう。ヒューゴからの推薦で軍属になったこともあり、オベロン社お抱えの剣士という印象が強いのだ。
「おや、天才剣士様のお出ましだ」
「今回はどんな点数稼ぎに行ってきたのだか」
「……っ」
『坊っちゃん、抑えて』
任務から戻った彼にかけられるのはねぎらいの言葉ではなく、皮肉な嫌味だった。
そもそも客員剣士という肩書きが軍の兵士たちの反感を呼んだ。いきなり出てきた年下の少年が上司だと言われても気に障るのだろう。
わかってはいたが、さらりと躱せるだけの経験は持っていなかった。
好き勝手に浴びせられる言葉たちはリオンに他人への不信感と警戒心を植え付けるには十分なものだった。
『坊っちゃん、あんな奴らの言うことなんて気にしないで。僕の時もあんなのよくありましたよ』
「シャルが?」
『ええ。他のメンバーよりだいぶ若くてソーディアンチームに選ばれましたから。奴ら妬んでるんですよ』
「ふうん。昔から変わらないんだな」
『そんなもんです。さ、今日はこっそりマリアンに会えるんでしょう?帰りましょうよ』
リオンにとっての安らげる場所はマリアンの隣だけだった。彼女だけが自分のための言葉をかけてくれる。例えそれが同情からくるものだったとしても、リオンにはかけがえのないものだったのだ。
邸にはたまに、他の者に見つからないようにして彼女に会いに行く。以前カリナに会いに行った時と同じところから入るのだ。
――カリナ。あの日重傷を負った彼女は、数日間目を覚まさなかったらしい。
事件があった場所から近かったため、兵舎の救護室へ運び込まれた彼女は早々にヒューゴ邸へ引き取られたのだ。だからリオンが彼女の様子を知る術は、人々の噂かマリアン伝手に話を聞くくらいだった。
そんなカリナはといえば、目覚めた途端に溜まっていた執務を片づけ、ひと月ほどでまた外へ仕事に出るようになってしまったというのだから意外とタフだったのかもしれない。
カリナの部屋の前を通りかかる。いつも静かだ。きっとまた以前のようにあちこちのオベロン社支店を駆けまわっているのだろう。
人気のない廊下を過ぎ、食堂の脇の小部屋に顔を出す。マリアンとはいつもそこで会っているのだ。
「…マリアン?マリアン、いないのか?」
そこには誰もいなかった。
急な用事でもできたのだろうか?けれどいつもなら、会えなければカーテンを閉めることで知らせてくれるのに。
台所のコンロには途中まで湯を沸かしていたらしいヤカンがかかったままだった。側にはティーセットとハチミツの瓶。いつも紅茶を甘くしてくれる、マリアンがきっと準備したものだ。
こんな中途半端な支度をしたままでいったいどこへ行ってしまったのか?彼女に何かあったのではないかと不安に襲われる。
マリアンがいなくなったら――考えるだけで恐ろしい。
「…っマリアン!」
「そう叫ぶな、喧しい」
「!?ヒューゴ、様…これはいったい」
ふん、と鼻を鳴らして、奥から現れた邸の主人はなんでもない様子で言った。
リオンのことを咎めもしない。まるでここに来るのを知っていたようだ。
「少し用があってな。使用人たちは今日の午後は外に出してある」
「そう、でしたか」
「そんなことよりだ、リオン。やっとお前にやってもらうことができた」
瞬間、ざわざわと肌が粟立った。
とてつもなく嫌な予感がする。
「…任務ですか」
「ああ、そうだ。今までで一番大きな、とても重大な任務だ」
「それは、どういった?」
「ふふ、まあそう構えるな」
口の端を歪めて、さも愉快だと嗤うようなヒューゴの表情を、リオンは未だかつて見たことがなかった。
それだって信じられないような状況だというのに、彼が告げたのは更に非現実的な、到底受け入れられようもないことだった。
「神の眼を…?国家を裏切れと言うのですか!?」
「偉大なる計画の前には些細な汚名だ。最終的にはそれを知るものなどいなくなる…その程度のこと」
「馬鹿な、そんなことできるわけがない!実行したところで世界中から非難され攻撃される!」
「ふん、神の眼の圧倒的な力の前に奴らができることなど何もない」
聞けば聞くほど信じられない言葉を聞かされる。
いつから計画されていたのかはわからないが、その中に自分がとっくに織り込み済みだということが腹立たしかった。薄々気付いていたことを突きつけられた。リオンは息子でもなんでもなく、都合のいいように動かせる駒でしかなかったのだ。
「僕は、そんな命令には従えない!」
「ほう?随分な口をきくようになったじゃないか…そうか、そうか。お前がそういう態度ならば仕方ない。残念だよ、エミリオ…あの女とは二度と会えないだろうが」
微塵も残念だなどと感じさせない態度で、ヒューゴは顎を撫でた。
あの女?誰のことだ…まさか。
「マリアンに何をした!?」
「まだ何もしてないさ、“まだ”、な」
まだ、とその言葉が、こちらの態度次第だと脅迫していることに気付くのは造作もないことだった。わざとらしく強調されたその言葉が嫌な想像を掻き立てる。
「それに…薄情だな?エミリオ。私は何もメイド一人のことだとは言っていない」
「何だって?――まさか、姉さん…」
はっ、として零すように落ちた言葉に、ヒューゴは笑みを深めた。
「ふ、ずいぶんとあれに懐いたらしい」
「姉さんはあんなに尽くしているのに、それを…それを!」
やはりカリナもこの男に利用されていたのか。
あれほどまでに側で身を削っていた彼女ですら、一人の人間として認められていないのだ。この男にとっては自分以外の誰だって道具に過ぎないのかもしれない。
目の前の男の笑みを睨みつけてみるが、愉快そうに歪められたそれは崩れはしない。
「さあ、どうする?二人の女のために私に従うか、それとも国家のためにでも私に歯向かってみるかね?うん?」
「汚い奴め…っ!!」
「汚い?それはカリナにこそいうべきだろう。なにしろあれは不意打ちで以ってかの大将軍を死に至らしめたのだからな」
ひゅっ、と喉がなる。
あの時のカリナはなんと言っていた?リオンに、知られたくなかったと。それはなんのことだったのか。
あの生死の境をさまようほどの重傷はわざと負ったとでもいうのか。
「まさか、フィンレイ将軍の暗殺は――姉さんは、囮に…」
「お前と違い、カリナは良く動いてくれたよ」
「き、さまああッ!!」
衝動に任せ剣を振った。
深く、相手の懐に潜り込むような一撃。
その胸に刃が突き刺さる――と思った瞬間。
「かはっ…!」
『坊っちゃん!!』
目の前には黒い刃。傷ひとつないヒューゴの余裕の笑み。
圧倒的な力で払いのけられた。
軽々と、リオンの渾身の一撃は防がれた。
何故だ、今まで磨いてきた腕は、父に少しも及ばないものだったというのか。
「お前が八つ裂きになっていないのはやってもらう仕事があるからだ。あまり手間をかけさせるなよ」
「く、う…そんな、馬鹿な」
「何と言おうとお前は私に敵いはしない。さあ、従ってくれるな?」
喉元に剣を突きつけるでもなくだらりと下げられた腕から、ヒューゴの余裕の程がありありと見えた。
それでも隙など一分も見つからない。それが目の前の男の実力を物語る。
実力の差をありありと見せつけられて、リオンには床を引っ掻いて降伏の意思を示すしかできなかった。
「従えば…マリアンと姉さんには何もしないんだな?」
『坊っちゃん!?』
「ああ、約束しよう」
「…っ、わかった。わかった!従ってやるさ!」
「よかろう。神の眼の在り処もじきにわかる。その時がお前の動くべき時だ」
地面に投げつけるように叫んだ言葉に満足げに笑う男は、剣を収めると背を向けた。
その姿を見送ることもできず膝に顔を埋める。シャルティエが泣きそうな声で何事かを言っていたが、それを理解するほどの余裕はなかった。
絶望で目の前が真っ暗になる。
「……この先に待っているのは、」
真っ暗な行く先に目眩がして、目をかたく閉じた。
頬がとても冷たかった。
2016.09.07投稿
2016.10.25改稿
2017.11.07改稿
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