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 ある日、オベロン社からの手紙で研究所へ来るよう告げられた。
 先日行われた、幹部たちの集う晩餐会を適当な理由をつけて欠席したことへのお小言でもあるのか。そう思ってまた行けないと返事をしようとしたが、送られてきた手紙の最後の一文に目がとまった。


「ソーディアンの強化を行う?」
『強化って、何をするんでしょう?なんだか怖いなあ…』
「天地戦争時代のものをどうこうできるとも思えないけれど…でも、少しでも強くなれるなら」
『考えてみれば、千年も昔につくられたソーディアンを強化するなんて、オベロン社の技術はすごいですね。レンズ技術だって昔のものを復活させているみたいですし』


 考古学者であるヒューゴが古の文献を見つけレンズ技術を再び世にもたらした。それがオベロン社発展の最たる理由だ。
 古の技術を現代に合ったかたちにつくりかえる。そんな技術力を持つ者たちがいるのだ、ソーディアンの強化だってある程度はできるのかもしれない。
 そうリオンは思ったが、シャルティエに言わせると話が違うらしい。


『レンズ技術ならわかりますよ。でも、ソーディアンは"あ の"ハロルド博士がつくったものなんですから!それをいじるのだって相当の知識と技術がないと』
「なんだかずいぶんと強調するんだな?」


 そのままわめき出しそうなシャルティエに、話に突っ込んだらまた長くなりそうだと放置して歩を進める。
 オベロン社研究所は街から出てしばらく行ったところだ。工場と隣接するそこは無機質で閑散としている。


「リオン様ですね。総帥から伺っております、どうぞ」


 警備員に案内されて入った建物は、焦げ臭いような薬品臭いような独特の空気の場所だった。ちらちらと辺りを窺うとよくわからない薬品や部品を手にした職員が行き交うのが見える。
 施設の奥、入り難い雰囲気のドアが一つぽつんとあるところへ連れられて来た。
 その中へ入るよう促され足を踏み入れると、意外な顔があった。


「リオン」
「――姉さん?」


 いつものオベロン社の制服の上から白衣を纏ったカリナはそこの雰囲気にとても馴染んでいるようだった。
 レンズ技術の開発に関わっていると前に聞いたことがあるのだから、そう不思議なことでもない。けれどリオンは、まさかこんなところでカリナと会うとはまったく考えていなかった。
 少し前に彼女がリオンの人質だと言われたばかりなのに。二人きりで会わせるなんて自分の無力を思い知らされた気がした。


「この間は招待状を送ったのに、どうして来なかったの」
「その…ちょうど軍の任務があって。そんなことより、姉さんこそなんでここに?まさか姉さんがソーディアンの強化を?」
「ええ」
『その…あんまり変なことしないでくださいね』
「そうだ、何を強化するんですか?」


 不安げなシャルティエの声につられて、話を逸らすように問う。
 カリナはお見通しだとでもいうように小さくため息を吐いた。


「ソーディアン・シャルティエにプログラムされた技と属性を強化する」
『そんな…そんなことできるんですか?』
「できる。基本的な底上げと状況に応じた切り替え、どちらもできるようにオベロン社が研究をしてきた。問題はない」


 当然のことのように語るカリナに失敗する不安などなさそうだ。
 けれどシャルティエはなおも言い淀む。


『いえ。それで坊っちゃんのお役にもっと立てるようになるのは嬉しいんですけど』
「何がそんなにこわいんだ?」
『僕ってこう見えて色々繊細なんですよ』


 聞けばどうやらオベロン社の技術を図りかねているらしい。千年前の化学力の粋を集めたものだというから、扱いも難しいのだろう。


「それでは、試しにこのディスクを装着してみては?」
「ディスク?」
「ええ。ソーディアンにセットすることで、強化したりプログラムされていない属性の晶術を使用することができる」


 そう言って彼女は円盤をケースから取り出して渡した。
 シャルティエも、まあそれくらいなら…と渋々許可をしたのでセットしてみる。


「これで、何ができるようになったんだ?」
「火属性の晶術が使えるようになったはず」
『ディムロスの属性の術が!?うわあ!目の前で見せてやりたいなあ』


 先ほどまでの態度は何処へやら、嬉々として術を使うように言ってくるシャルティエに呆れながらも、リオンはソーディアンを構えた。


「――はあっ!」


 晶力を集めて術を放つ。
 いつもの感覚とは変わらないはずなのに、出現したのは石つぶてではなく火球だった。


「本当に火属性の晶術だ」
「これでオベロン社の技術を信頼してもらえる?」
「シャル」
『んー…はあ、わかりました。信頼しますよ』
「では、そこの台座へソーディアンを」


 実際に効果のあることを見せられて文句の言いようがなくなったのか、シャルティエが承諾する。その返事を当然とカリナは指示を出し機器に向かった。
 背筋の伸びた後ろ姿に声をかける。


「――姉さん、やっぱりシャルの声は聞こえていたんですね」
「…そう、昔から。でも総帥はソーディアンを良く思っていないから」
「でも、ソーディアンについてあんなに詳しかったのに」
「人格と性能は別、ということでしょう」
「そんな、」


 ヒューゴのソーディアンへの感情に眉を寄せる。けれどそれと同時に彼女が昔から声が聞こえていたという言葉に期待も持った。
 昔から、ということは…シャルティエの前にソーディアンの声を聞いていたことだってあるかもしれない。それが母クリスが共に孤児院に預けたというソーディアンのことなら、カリナは本当の姉かもしれない。
 確かな情報を得ようともう一歩踏み込む。


「じゃあ、なんで姉さんは今普通にシャルと話を?」
「ここには私とあなたたちの他に誰もいないから。誰かに告げ口される心配もない」
「告げ口だって?」
「あなたならわかるのでは?総帥の身内だということは必ずしも良く見られるものだとは限らない」


 思わぬ答えが返ってきてしまい、それ以上ソーディアンのことについて聞けなくなってしまう。普段なら彼女の言葉に共感したのだろうが、今のリオンにはそんな余裕はなかった。
 もっと何か聞けないだろうか。そうは思うものの話が逸れてしまった以上、また話題を戻すのも怪しまれそうだ。
 どうにかして彼女の思考が少しでもわかれば、とじっと見つめていると不意にその顔がこちらを向く。


「終わった」
「え?」
「ソーディアン・シャルティエを台座から動かしても構わない」
『坊っちゃあーん!!すっごい痛かったですよこれ!?』
「ソーディアンでも痛みを感じるのか?」
『言ったでしょう!繊細なんだ、って!』


 終わった途端につらつらと文句を連ねるシャルティエ。この分なら心配なさそうだ、と手に取った。
 そしてふと気づいた。軽い。
 それもただ軽いだけではなく、より手に馴染み取り回しがスムーズになったようなのだ。


「わかるか、シャル?」
『ええ。ずっとパワーアップしてます!』
「ああ。――ところで、他に何か機能は追加されたんですか?」
「闇の晶術が使える」
『闇属性の?』
「以前に採ったデータから、潜在的にその能力はあったようだけど。ソーディアンは成長するものだし、おかしくはない」
『千年前は実質一度しか使われませんでしたし、成長も何もなかったですからね』
「へえ、そうなのか」


 なんでもないことのように言いながらも少しばかり誇らしそうにするシャルティエ。
 それでもまだ何も状況は変わっていないのだ。新しい力を手に入れたからといって、ヒューゴの支配下から逃れられるわけでもない。むしろ余裕を見せつけられたようなものだ。


「データを採りたいから、外へ行きましょう」


 カリナのそんな言葉すらもヒューゴからの枷に思えてしまう。
 リオンが助けたいと願ったって、彼女が自ら檻から出てくることはないのだ。檻だと思ってすらいないかもしれない。
 ふと邸のカリナの部屋を思い起こした。あの砦のような場所。
 リオンの思いなど知らずに先導する彼女の背は細いのに真っ直ぐに伸びていて、その頑なさを表していた。
 その後ろ姿からは、リオンの欲しいものなど得られそうにはなかった。









2016.08.30投稿
2017.11.08改稿


 
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