05
ルーティの態度から、道中、ピリピリした空気になるかと身構えていたが、その予想は当たらなかった。スタンとマリーが和やかに会話をしていたこともあり、ルーティもそちらに巻き込まれていた。
ソーディアンの三名も加わって賑やかな声は絶えない。となると当然、リオンとてそこから逃れることはできないのだ。
「えっ!カリナって歳上だったのか?」
「だから態度をわきまえろと言っただろう」
「小さいから、ルーティよりも歳下かと思った」
「よく言われます。ですが、これでもスタンさんよりは長く生きていると思いますよ」
「ふうん。顔が隠れてるからわかんなかったわ」
「これは…見せられるものではないので」
「そうなのか。なんだかもったいないな」
「マリーってば、もう」
女性陣はそのまま違う話題に移ったようだ。
リオンはといえば、カリナとルーティの年齢について得た情報を整理したかったのだが、会話から外れたスタンが横に並んできたことでそれは阻止された。
「なあ、リオンっていつからソーディアンを持っていたんだ?」
「…何でお前にそんなことを教えなければならないんだ」
『僕と坊っちゃんは、坊っちゃんが赤ん坊の頃から一緒なんですよ』
「おい、シャル!」
『あ…もう黙ります』
「へえ。それじゃ兄弟みたいなもんなんだな」
『スタン。我と出会ったのが遅いからと言って、未熟である理由にはならんぞ』
「そんなこと言ってないだろ!ちぇ、」
ディムロスに抗議しつつも、スタンは戦闘のことなどを彼のソーディアンから色々と指導されているようで、着実に信頼関係を結んでいるのがわかる。ソーディアン・ディムロスの人格が元々そういったことに向いていたのだろうか。その成長ぶりは目覚ましい。
『ディムロスも良いマスターに出会えたようで良かったです』
安心したようにシャルティエが言った。
かつての仲間を欺いている今の状況に後ろめたさは感じているものの、やはり再会そのものは嬉しいのか。
『あ、建物が見えますよ』
「わあー!すごい、立派な建物だなあ!」
「田舎者丸出しね」
「なんだよ、もう」
荘厳な造りの大神殿が見えると、スタンが大きな声を上げる。
その声が辺りに響いて、こだました。
「…妙だな」
「巡礼者の姿が見えませんね。大神殿へ続く道であれば、人通りもそれなりにあると思うのですが」
「とにかく、行ってみましょ」
「神殿の中も人影が見えないわね」
『みんなもう死んでいるかもしれないな…』
「そんな!…誰か、誰かいませんか!?」
薄暗くガランとした神殿はことさら静寂が際立った。スタンの声すらも飲み込まれてゆく。
『いきなり大声を出すな。どこかに敵がいたらどうする』
「困っている人がいるかもしれない。助けに来たって、教えてやらなくちゃ」
そう意気込むスタンの肩越しに、わずかに物音が聞こえた。
「あそこの扉が光っているぞ」
「中に誰かいるのか?」
「は、はい、います!お助けください!」
「扉の向こうですか?開けてください」
「そ、それが…」
口ごもる男の声。どうしたのかと扉に手をかけるが、押しても引いてもびくともしない。
『待つのだ、スタン。この扉には結界が張られている』
『これは結界石によるものね。大昔に使われていた仕掛けのひとつよ』
「…随分と面倒なことをしてくれるな」
『どこかにある結界石を破壊しないとダメだね。探すしかないみたいですよ、坊っちゃん』
「お待ちください」
それまで黙って扉上の仕掛けを観察していたカリナが動き出そうとした一行を制止した。
「この結界であれば結界石の大体の位置は予測できます。二手に分かれて破壊に当たれば迅速に行動できるのでは?」
『なんだと?』
「そんなことできるんですか?」
「…天地戦争時代の遺跡で、同じようなものを見かけましたから」
ソーディアンたちから驚きの声が上がる。
しかし彼女が天上世界復活――古の技術に関わっているというのなら、結界石のことに多少知識があっても不思議ではないとリオンは思っていた。ヒューゴだって今でこそオベロン社の総帥だが、昔は考古学者だったのだ。
「おい、無駄話は後にしろ。今は結界を解いて中の人間を救助するのが先だ」
「あ、ああ…そうだったな。ごめん、急ごう」
「そうね。あたしはマリーと行くわ。そっちはよろしく」
「おい、勝手な行動はするな!」
カリナが持っていた神殿の見取り図を受け取ると、ルーティはマリーを連れてさっさと行ってしまった。あの二人は前から一緒に行動していたと聞くからそちらの方がやりやすいのだろうが、それにしてもリオンの指示を待たずに動き出すとは。
リオンも苛つきを露わにしたまま扉から離れた。
――果たして結界石はカリナが予測した場所に設置されていた。
そのことについてディムロスが唸っていたが、カリナは考古学調査のおかげだとの一点張りだ。
「ディムロス、いい加減しつこいぞ」
『そうだよ!彼女はレンズ技術に精通しているんだから不思議じゃない』
『いや、しかしだな…結界石を扱える人間がこの時代にいることだって信じがたいというのに』
「そういえば、あの結界石を仕掛けたってことは敵にもあの仕掛けを知ってる人がいるってことか」
「神殿には古の資料も多い…それを利用されたのかもしれません」
『むう…』
こちらの結界石は破壊し終え、ひとまず他の二人と合流するためにもと来た道を引き返す。
二人(とソーディアン一振)が抜けているというのに賑やかさは収まらないのだから、まったくたいしたものだ。リオンとカリナでいた時はこんなに話すことはなかったというのに。
「ルーティとマリーさんの方は大丈夫かな?」
「心配ならさっさと歩け。向こうももう終わっている頃だ」
スタンに発破をかけ歩くのを促す。こちらの方が広いエリアを移動することになったため、帰り道も長いのだ。
「遅かったわね。待ちくたびれちゃったわ」
「二人ともお疲れさま。怪我とかなかったか?」
「ああ。たいした戦闘もなかった」
『こちらには私がいたから。スタンさんたちも負傷はないかしら?』
封印されていた扉の前に戻ると、先に戻ってきていた二人が既に中にいた神官たちの治療にあたっていた。それほど大きな傷を負った者もいないらしい。
リオンたちの救援に感謝しつつ、高位の者らしい風格の人物が前に出てきた。
「私はここの司教を勤めるアイルツと申します」
「大司教のマートンはどうした?」
「マートン様は…大司祭グレバムの造反により命を落とされました」
グレバムの造反――それが神の眼を明るみに出してしまった。
「で、例のものはどこにあるの?」
「例のもの…とは?」
「とぼけないで、神の眼のことよ!」
『神の眼!神の眼だと!?』
『あれが関わっているの?なんてこと!』
やはりソーディアンたちは神の眼という言葉に焦りの声を上げた。
シャルティエのコアクリスタルが、気まずそうに弱く点滅する。
『おい、シャルティエ!貴様知っていたのか?』
『知ってたさ。でも聞かれなかったから、二人も知ってるものだと思ったよ』
『知っていたらこんなに落ち着いていられないわ…』
「ごちゃごちゃうるさいわね」
『ちょっとルーティ!あなた、これがどんなに重大なことかわかっているの!?』
「あたしは神の眼とかいうのを手に入れて報酬を受け取るだけ。あんたたちには関係ないわ」
『関係ないですむ問題では無いぞ!』
「落ち着けよ、ディムロス」
『これが落ち着いていられるか!』
「いいから黙ってなさいよ!」
大声を張り上げたルーティを、司教が怯えた目で見ていた。
邸の使用人たちと同じ目だ。
ソーディアンマスターの素質があるものにしか声が聞こえないとはいえ、この視線を向けられるのはとても理不尽なものに思えていた。
それと同時に、人目を気にせずソーディアンと会話をする彼らに苛つきもした。
「気にするな、こいつらは頭がおかしいんだ。それよりも、神の眼の安置場所に案内してもらうぞ」
「なりませぬ。あれは当神殿の最高機密…関係のない方をご案内するわけには」
「アイルツ司教様、私たちは国王の命により神の眼の調査に参ったのです」
「し、しかし…」
「これは勅命だ。従わないなら、こっちで勝手にやらせてもらうぞ」
「……わかりました」
後ろからルーティの抗議の声が聞こえたが、聞かないふりをして案内に従った。
司教の導きで大聖堂の隠し通路から神の眼があるという場所へ急ぐ。
警戒のため先に進んでいたスタンが、道を抜けた先を覗いて声を上げた。
「何もないぞ?」
「な、ない!?そんなばかな…」
慌てた様子に疑問を抱き、早足で近づく。
「おい、どうした」
「ありません、ここにあった神の眼が」
「何ですって!」
『遅かったか…!』
そこには巨大な穴――台座があるのみだった。
その大きさといったらおよそ両手を広げても足るものではなく、台座と言われなければ何か儀式に使う場のようなものと思っただろう。とにかく想像を遥かに超えるものだった。
そんな巨大なレンズを使うなど。世界を支配するというのも現実離れしたことではないようだ。
「スタン、何を見ている?」
「この石像、よくできてるなって」
「これは!フィリア…なぜここに」
「知り合いか?」
「グレバムの部下の司祭です」
「敵の仲間だな」
「これはモンスターの光線による石化ですね。リオン様、こちらを」
「はい。おいお前、パナシーアボトルを使う。どいていろ」
石像をまじまじと見ていたスタンをどかして、カリナから受け取ったパナシーアボトルを女性に振りかける。薬品が浸透した場所から、本来の柔らかい色合いが戻っていく。
「にっ、人間になった!?」
「――私は一体…?」
動き出した女性は、緩慢に頭を振ると瞬きをして辺りを見渡す。石にされていた時間が長かったのか思考が上手く働かないようだ。
しかし数秒すると何が起きたのかを思い出したらしく、顔色を変えて震えだした。
「大司祭様っ!たっ、大変ですわっ!」
「フィリア、落ち着きなさい!」
「司教様…?ご無事だったのですね!」
「ええ、この通りです。何が起こったのか説明してくれますね?」
「は、はい。ですが…あの、この方たちは?」
「セインガルド王の命によりストレイライズ神殿の様子を視察しに来た。この状況はどういう事だ、説明してもらおう」
よく知る者の顔を見て落ち着いたかに見えた司祭は、また顔を青褪めさせた。
「たっ、大変なんですっ!でもまさか、大司祭様に限ってそんな…ああ、なんという事を」
「落ち着きなさいってば。"大変"じゃわかんないわよ!で、その大司祭様ってのが何をしたの?」
「はい。私は大司祭様の下で色々な研究をしていたのですけれど…」
「けれど?」
「ああ…まさかこんな事になるなんて、思いもしませんでしたわ」
遂に涙ぐみ顔を両手で覆ってしまった彼女に、リオンの苛立ちは抑えられないほどに達していた。
いくら動揺しているからとはいえ、これではまったく話が進まない。
「いいかげんにしろ!おまえの長話に付き合ってる暇はないんだ」
「リオン様、」
「…いいか、もう一度聞く!要点だけ話せ!そのグレバムとか言うのが何をしでかしたんだ!」
「こ、この部屋に安置されていた神の眼を持ち出したのです!」
「なに?」
『えっ?』
「神の眼?」
「おお神よ。なんということを…」
『神の眼を持ち去っただと!』
『そんな、まさか…』
司教の嘆きの声とソーディアンの声が重なる。
神の眼とは、やはりそれ程恐るべきものであったらしい。
『神の眼を取り返すんだ。あれは人間の手に委ねるべきものではない』
「そもそも、その神の眼ってのは一体、何なんだよ?」
『神の眼とはこの世界を滅ぼしかねないだけの力を秘めた巨大レンズだ!』
「世界が滅ぶって?そんな、おおげさな」
『かつてこの世界は神の眼の力によって滅亡の危機に直面したのだ。この辺境の神殿の地下に封印されていたものを…よもや、奪われるとは』
ディムロスの焦る声が聞こえる。
シャルティエだって必死に止めていたのだ。天地戦争時代を生きた彼らにはどうしても封じておきたいものに相違ない。
「…案ずるな。このままグレバムとかいう奴の勝手にはさせておかない」
「ええ。オベロン社の威信にかけて、全力で奪還にあたります」
「だが、これでお前らが自由になれるのは随分と先になりそうだな」
「はぁ、仕方ないわね…乗りかかった船だもん。多額の報酬を貰わないで引き下がれないしね」
文句を言いつつも背筋を伸ばしたルーティ。その横顔は少し肖像画の母に似ている気もした。
リオンの鼓動がドクリ、と跳ねた。
「よし、情報を集めながらグレバムと神の眼を追おう!」
「あ、あの。私も一緒に連れていってくださいませんか?」
ひとまずするべきことは判ったと、踵を返した時。
震えていた神官がリオンたちを追うように一歩前に出てきた。
「私は大司祭様を止められなかったことに責任を感じているんです。お願いです、どうか一緒に行かせてください」
「敵のスパイを連れて歩く趣味はない。そんな言葉が信用できるか」
「そんな!」
「その娘は信用してもいいぞ。嘘を言っている目ではない」
「そうだよ」
「フィリアは嘘を言うような娘では
ありませんよ」
リオンの言葉に反論をする面々に、うるさいとはね退けようとした。しかし、意外な人物がそれを遮るように口を出してきた。
「ねぇ。フィリア、だっけ?」
「はい」
「あたしたちはグレバムと戦うかもしれないのよ。本当に、それでもあたしたちについてくるって言うの?」
「はい。覚悟は出来ています」
「なるほどね。その根性、気に入ったわ。連れてきましょ。なんかの役に立つかもしんないし」
「おい、勝手に決めるな!」
司祭の肩を抱いてこちらに向き直ったのはルーティ。どうでもいいと言いそうな性格かと思いきやそうではなかったらしい。
「じゃあ、あんたグレバムがどんなヤツだか知ってるの?顔も知らないんじゃみすみす逃しちゃうかもしれないのよ!」
「…なるほど。フィリアさんならグレバムの面通しもできますね」
「え、ええ…」
「フィリアも連れていこう。いいだろ、リオン」
私もその方が良いかと、とカリナがこちらを向いた。
ルーティやスタンの言を採るのはなんだか癪だが、カリナに言われたのだと自分を納得させる。
「…グレバムの奴を大司祭と呼ぶのはやめろ」
「えっ?」
「あいつは僕たちの敵だ。わかったな!」
「は、はい」
「私たちに、同行しても良いようですよ」
「ふうん。よかったね、フィリア」
「はい!」
むず痒いような気持ちと笑い合うルーティたちを無視して、司教に神の眼を移動させる心当たりを訊く。あいつらなど相手にしていられない。
「場所…はわかりませんが。神の眼は直径で6メートルもの大きさがあります。人目につかないということはないと思いますよ」
「聞き込みをして情報収集をするしかないようです」
「まあ、仕方ないわね。他に方法もないし」
「まだ近くにいるかもしれない。急ぐぞ」
神の眼が未だ確保できなかったということに安心はしたが、ヒューゴの計画が止まるわけはない。
急ぐと言ったはずなのに、ダリルシェイドに向けた足取りは誰よりも重いのだ。
2016.10.18投稿
2016.10.25改稿
2017.11.14改稿
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