船に乗り込むと、夜通し活動していた疲れからか、各々船室で休む成り行きになった。皆そうだが、フィリアなどはそれまで神殿で規則正しい生活をしていたせいか特に疲労の色が濃い。
 船員たちに指示を出すためにリオンは甲板に残ろうとしたが、カリナが戦闘をしていない分疲れは軽いからと代わられてしまった。
 仕方なしに大人しく仮眠を取ろうと船室に向かおうとした時、何故かルーティとすれ違った。


「あいつ…どこへ行くんだ」


 ルーティが向かった方向にはカリナと船員しかいないはずだ。食堂や船室は逆方向である。
 まさかカリナに用事があるというのか?疑問を抱いてしまったリオンは、こっそりその後をつけて行って様子を伺うことにした。


「カリナ!アトワイトのメンテナンス、お願いね」
『よろしく、カリナさん』
「はい。お任せください」
「て言っても、この間してもらったばかりだし。問題はないと思うわ」
「それでも小まめな調整は必要ですよ。剣として使えど、その実は精密機械ですから」


 甲板に置かれた木箱の上にアトワイトを横たえると、カリナは腰のポーチから工具を取り出していじり始めた。
 その様子を眺めつつルーティが側の手すりに寄りかかる。そして肩越しの海に視線を移した。
 ――しばしの沈黙。

 カルバレイスのまとわりつくような暑さは次第に消え、空気はフィッツガルドの清涼なものに変わりつつあった。
 そんな穏やかな時の流れにぽつん、と音が落ちる。


「誤解してたわ」
「…?」


 カチャカチャと金属音を響かせていた手元を止めて、カリナが顔を上げた。


「ルーティさん?」
「あたし、お嬢さまって嫌いなのよ。生まれが恵まれているから、下の苦労なんて知らない。そんな奴がね」
「……」
「あんたもそうだと思ってたわ。あのオベロン社総帥の娘だっていうんだもの」


 やっとカリナの方へ顔を向けたルーティは、眉を下げて情けないような表情をしていた。


「私は…そんな、」
「違うんでしょ?勝手な憶測しちゃって、早とちりするなんて。ルーティさまもヤキがまわったわね」
「それで、私に何を要求するんですか?」
「ちょっと、そう警戒しないでよ」


 肩をすくめ、呆れたように彼女は手を上げた。
 ルーティの方は軟化しているというのに、カリナの態度は依然として険を含んでいる。


「何もしやしないわ。ただ、勝手な思い違いで旅の同行人と険悪になるのもどうかと思っただけ」
「それはリオン様も同じでしょう。あまり彼を刺激しないでほしいものです」
「あれは、だって…あいつ偉そうなんだもの。リオンのやつだってあたしに突っかかってくるし」
『ルーティったら』


 指をもじもじさせながらのその言葉にカチンと来る。突っかかってくるのはお前の方だろう、と言いたくなったが、小さくため息を吐いて紛らわした。
 あの二人に自分の話をされるなんて、気が気ではない。


「とにかく!あんたと喧嘩しに来たわけじゃないのよ。今までみたいな態度はとらないから、安心して」
『素直なルーティだなんて、明日は雨かしら』
「うっさいわよ、アトワイト!」


 それだけだから、とルーティはアトワイトを受け取るとリオンがいた方とは逆の通路から船室へ姿を消した。
 残されたカリナは座ったまま手元を見つめて動かない。
 あまりに長いこと身じろぎもしないので、声をかけるべきだろうかと迷っていると、ふいに彼女は空を仰いだ。


「姉、か」


 風に運ばれて微かに聞こえた言葉。それだけを吐き出すと、かぶりを振って彼女は立ち去った。
 ――姉。それが誰を指したものなのか確かめることはできない。カリナのことなのか?それとも、ルーティの?
 ひとつの可能性が、リオンの胸を煩く鳴らしていた。もし、そうだとしたらカリナは真実を知っているというのか?
 胸が苦しくなって大きく息を吸った。涼やかな空気が喉を通る。
 青い空と白い雲が薄情に広がっていた。






2016.01.03投稿
2017.11.19改稿


 
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