14

 ノイシュタットに到着した。降り立った港は、活気とともに端々でピリリとした空気が漂っているのがうかがえる。それだけ武装船団による被害が大きいのだろうか。
 オベロン社の船で来航したリオンたちは歓迎されたが、他の船であったらそうはいかなかったかもしれない。
 とはいえフィッツガルドは貿易や観光に積極的な国だ。オベロン社のレンズ輸送艦のためだけに厳戒態勢で航行を制限したりすることは難しいのだろう。


「そういえば、フィッツガルドにストレイライズ神殿ってあったかな?」
「何でだ?」


 この国の出身だというスタンが首を傾げる。
 全員で疑問を浮かべながらスタンの方を見ると、彼は手を振って言った。


「グレバムは神殿を拠点にしているみたいだから、今度もそうかなって」
「馬鹿が。それならわざわざ武装船団を用意して海上に居座るはずがないだろう」
「フィッツガルドには、セインガルドやカルバレイスほどの大きな神殿はありませんわ。神の眼を運び込めるようなところはないのではないかと」


 困った顔でフィリアが説明をすると、ようやくスタンは納得顔で頷いた。
 やれやれ、とため息を吐いてから一行を促した。


「とにかくイレーヌを訪ねるんだ。彼女はフィッツガルド方面の責任者だからな。レンブラントの屋敷に行けば会えるはずだ」
「えっ。レンブラントさんってセインガルドの屋敷にいた人だよな?」
「そのレンブラント殿のお嬢さまですよ。彼らはオベロン社になくてはならない人物です」
「ふうん。親子揃って要職なんてすごいわね」


 ルーティがカリナを横目で見ながらそう言った。
 やはり、そこには今までの態度は見られなくなっている。その視線が心地悪いのかカリナは身じろぎをして歩き出した。


「なあなあ、イレーヌさんてどんな人なんだ?」
「とても心根の優しい方ですよ。いつも孤児たちを気にかけているそうです」
「へえ。なんだかオベロン社って、そういう人が多いんだな」
「そういえば、カルバレイスでもそうだったわね」
「ええ。新興の企業ですから、現状を変革したいと考える方が集うのかもしれませんね」
「カリナもそうなのか?」


 マリーが何気なく聞いた言葉に、一瞬ハッと口を開いてからカリナは答えた。


「そうですね。私は私の技術で世界をより良くすることができればいいと思っています」


 すごいなー、だのと交わされる言葉を聞き流して、リオンはただ足を進めていた。
 船の上でカリナがこぼした言葉が胸に巣食って黒いものになっている。口を開いたらそれを吐き出してしまいそうだ。


「リオン様」


 頭の中を占めていた人物の声に呼ばれて、何かの感情を瞳に滲ませたままそちらを見てしまう。
 一瞬口を薄く開いた彼女に、慌てて表情を取り繕った。


「何、ですか」
「…バラバラになる前に、行きましょう。その…」
「そうですね。――おい、勝手に進むな!そっちじゃない!」


 まだ何かを言おうとしていたカリナを遮って大声を張り上げる。
 前方でルーティが案内しろと文句を言うのが聞こえた。
 何も語らないカリナと、何でも口に出すルーティ。二人を足して割ったらきっと丁度いいのに。
 そうして想像してみたら、どこかで見知ったような、と頭の隅に引っかかって眉根を寄せる。だって、都合よく思い浮かべたそれは、あまりにもマリアンに似ていた。
 ――マリアンは、どうしているだろうか。
 彼女の淹れた、ハチミツの少しだけ入った、わずかに花の香りのする紅茶が恋しい。甘すぎずに、喉をすっと落ちていく温かなあの味が。
 きっとあれさえあれば、この波立った心も穏やかに凪ぐのに。


「なあ、リオン。どうしたんだよ?」
「…何がだ」


 考えに気をやりつつ先頭を歩いていると、歩調を早めてリオンの隣に並んだスタンが話しかけてきた。
 何事かとたずねると随分と失礼な言葉が返ってくる。


「いつにも増して仏頂面で、無愛想にしているもんだからさ。何がそんなに気にくわないんだよ?」
「おまえには関係のないことだ。放っておいてくれ」


 お節介を振り切ろうと早足になるも、すぐに追いつかれる。
 この男はすぐにこうやっていらぬ気をまわすのだ。それに慣れてきてしまって、受け入れそうになる自分すらも鬱陶しい。
 その気分を隠さずにそっぽを向いてもまだしつこく構おうとしてくるので、威嚇と共にスイッチを手にした。


「うわっ!わ、わかったよ!電撃は止めろって」
「ふん、わかればいいんだ」


 やっと離れたスタンは、そのままフィリアに話しかけられていた。
 シャルティエが坊っちゃんも素直じゃないですねえ、と零す。そのコアクリスタルを睨みつけても知らんぷりをするように明滅するだけだった。
 このソーディアンはいつだってお喋りだ。


『坊っちゃん、気にしてるんですか?あの、船でのこと』
「気にするな、なんていう方が無理だろう」
『でも、坊っちゃんはカリナさんのことをお姉さんだと思っているんでしょう?』
「……」


 そう。そう思っていたのに。
 あの日記を見つけて、カリナの存在に矛盾があると知ってしまって。さらに日記の内容と合致するルーティという存在が現れたことで、疑念が膨らんできてしまったのだ。


「僕が姉さんだと思っていたって。姉さんが僕のことをどう思っているかなんて…」


 カリナがリオンのことをどう思っているかなんてわかりはしない。ずっと、会ってから今まで。


『きっとカリナさんも坊っちゃんのことを憎からず思っていますよ。そうでなきゃ、気にかけてくれるような人ではなさそうですし』
「そんなの、わかるもんか…」


 うつむいて石畳に言葉を落とす。返ってくるのは響く足音だけだ。
 後ろの方で騒ぐ声が聞こえたが、それに巻き込まれたくなくてまた足を早めた。
 街に冷やされた風がとても冷たい。







2017.01.10投稿
2017.11.26改稿


 
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