04

 ある日、屋敷にイレーヌ=レンブラントが訪れた。
 彼女はヒューゴ邸の執事を務めるシャイン=レンブラントの一人娘で、たまに父を訪ねて顔をみせることがある。
 彼女もまたエミリオのように普段は勉学で忙しいらしく、別の屋敷を統括する父との時間はなかなかとれないらしい。歳もエミリオよりは上だということもあり表立っては甘えてはいないが、父親と話している時の嬉しそうな顔は、そんな機会もない少年が羨むには十分なほどに幸せそうだった。


「あら、あの人は誰かしら?」


 そんな彼女が首をかしげた。
 目線の先にはカリナがいる。メイド服を着るでもなく邸の中を歩く女性を不思議に思ったのだろう。


「ああ、あの方はカリナお嬢さまだよ。ヒューゴ様のご令嬢でいらっしゃる」
「えっ?エミリオくんにお姉さんなんていたの?」
「最近できたんだ」


 そう返すと、彼女はぱちぱちと大きな目を瞬かせ、驚きに口を覆った。
 訳がわからない、という顔をしている。きっとそれはヒューゴから話を聞かされた時のエミリオと同じ顔だった。
 エミリオだって、まだ事情をなに一つ教えられていないのだ。


「今まではカルバレイスにいたらしい。詳しいことは聞いていないけど」
「そ、そうなの…?不思議なこともあるものね」
「うん」
「…私も、お姉さん欲しかったな」
「えっ?」


 思案顔のイレーヌがぽつりとこぼした。
 彼女はてっきり、兄弟などいなくても満足なのかと思っていたからびっくりしてしまう。


「だって、そうしたら色々と甘えられるかもしれないじゃない?」
「甘える…?どんな風に?」
「うーん。例えば、お洋服を交換してみたり、一緒にピアノを弾いたり。あと、本を読んだりもできるし、一緒にお出かけもしてみたい」


 でも、好きなおやつが出たら取りあいになるかも、とイレーヌはちょっと冗談めかして言う。
 その頬はばら色に上気して、瞳はきらきらと光っている。想像だけだというのにとても楽しそうな様子だった。
 エミリオはといえば、そんなことを考えてみたこともなかったのだ。
 唯一の肉親だったヒューゴはあの調子だし、家族に甘えてみるだなんて、そんな期待は抱いていなかった。会ったばかりの、他人にも近い姉にだなんて。
 イレーヌの、色とりどりのゼリーみたいな空想なんて。


「僕は、別にいい」


 難しい顔で黙り込んで、何も見ないように俯いた。




2016.06.21投稿




 
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