15

 屋敷に向かった一行だが、イレーヌはレンズショップにいるらしい。道を引き返すようにオベロン社直営店へ足を運んだ。
 店内に入ると、カウンターの向こうで社員たちと顔を突き合わせて何事かを話し合う背が見えた。


「イレーヌ!」
「あら、リオンくん」


 振り返った女性は、耳に髪をかけこちらへ向き直ると、笑顔を浮かべた。


「どうしたの?リオンくんがこちらへ来るなんて。珍しいわね」
「まあな。それよりも、輸送艦が襲われていて大変らしいな」
「そうなのよ。困っちゃうわ」
「良い作戦がある。乗らないか?」
「良い作戦…?」


 訝しげに顔を曇らせた彼女は、社員からの目線にハッとした。会議の最中のようだったから、進行役を失ってしまいどうすべきか困惑しているらしい。
 指示をテキパキと出すとイレーヌは一行に手招きをした。


「とりあえず、ここじゃなんだから奥にどうぞ。話はそこで聞きましょう」


 通された部屋、というよりは事務室のようなそこで、立ち話になってしまうけれどこめんなさい、とイレーヌは断った。
 柳眉を寄せる彼女は、しかし胸を張って立っている。不安げにセインガルドからこの地へと赴任して行った時の様子はなりを潜めて、支部長としての貫禄が出てきたようだった。
 彼女は柔らかな頬を緩やかに上げる。


「紹介が遅れたわね。フィッツガルド支部を統括しているイレーヌ=レンブラントです。…ところで、そちらの方々は?」


 手のひらを向けられ、紹介を促される。
 面倒臭いと思いながらも、とりあえず名前だけ挙げておくことにした。


「スタンにルーティ…フィリアとマリーだ」
「はじめまして。スタン=エルロンです」
「ルーティよ」
「フィリア=フィリスと申します」
「マリー。イレーヌ、よろしく」
「ええ、こちらこそよろしく。あら、そちらの方は?」


 首を傾げて彼女が指したのは、カリナ。てっきりバルックの時のようにオベロン社の関係で見知っていると思っていたのだが、違うようだった。
 ちら、とそちらを見やるとわずかにカリナと目が合ったような気がして、けれどマスク越しでははっきりとわからなかった。


「お話したことはありませんでしたね。オベロン社技術開発部のカリナです」
「ああ、あなたが…昔に遠目で見たきりだったからわからなかったわ。ごめんなさいね」
「いいえ。どうぞよろしくお願い致します」


 さて。仕切るようにカリナと挨拶を交わしたイレーヌが頷いた。


「ところでリオン君、いい作戦って?聞かせてくれるかしら」


 こちらへ向き直ったイレーヌに、カリナに向けていた意識を戻される。そうだ、そんな場合ではない。
 気を取り直して、自分たちが囮になり海賊船をおびき寄せると告げれば、案の定フィッツガルド支部長は渋面を見せた。


「簡単に言うわね。相手はかなりの腕利きよ。ここ一ヶ月で、何隻やられたと思っているの?」
「敵の親玉だけを捉えればいい。所在さえわかれば、いくらでも手のうちようはある」
「でも、リスクが大きすぎるわ」


 尚も渋るイレーヌ。少し苛立ちながらもそれを語調には出さないように、自分の腕を信用できないのか?と迫る。
 やれやれ、と手を上げて首を振る彼女。


「そうは言ってないでしょ」
「それに、こいつらだって物の役には立つ」
「なによそれは…」
『ルーティ、今はややこしくなるわ』


 ぷくっ、と頬を膨らませて無言で抗議をするルーティが目の端にちらりと見えた。しかし今は彼女と喧嘩をしている場合ではない。見ないふりをして、イレーヌに決断を促す。


「――仕方ないわね。わかったわ、背に腹はかえられないもの」
「ありがとうございます」
「困っていたのはこちらだもの。でも、無茶はしないでよ。ヒューゴ様に怒られるのは私なんだから…いいわね?」
「ああ、わかった」


 ふぅ、と頭を押さえながらも、彼女はさっそく囮船を用意するため港へと向かう。
 準備が整うまでレンブラントの屋敷を使っても構わないとのことだったので、一先ずは皆でそちらへ移動することにした。


「イレーヌ殿のことですから、準備もすぐに済むでしょう。アイテムの補充等を済ませたら港へ行った方が良いかと」


 できるだけ身軽に動けるようにと不要なものをレンブラントの屋敷に置いて、最低限の装備に支度をし直した。
 グミやボトルを各々少しずつ持つ。連戦が予想されるので節約をしつつ行きたいが、きっと敵の船でも蓄えを失敬できるだろうと狙っている。とりあえずルーティにはオレンジグミを多めに押し付けてせいぜい働け、と念を押しておいた(了承するか電撃か、だ)。
 パーティメンバーが装備を整えている中、カリナだけはアイテムの袋を持ったままなのに気付いてルーティが指摘した。


「カリナも一緒に敵船に乗り込むの?相当危険だと思うけど」
「いいえ。今回は足手まといになりかねませんから、オベロン社の船で待機しています」
「そうだな、その方が安心だ」


 マリーがうんうんと頷く。
 リオンも少しほっとした。今は彼女とは距離を置きたい。
 護衛に誰かが残った方が良いのでは、とフィリアが提案していたが、彼女はそれも断っていた。


「イレーヌ殿から戦闘員を少しお借りして、船の留守は守りますから」
「くれぐれも、お気をつけくださいね」
「ありがとうございます。物資の補給等ではお役に立てますから、都度お申し付けください」


 そう頭を下げた彼女は普段よりも大荷物だ。予備の物資はカリナが持っておくらしい。
 ノイシュタット港までの道のりは荷物を持とうか、とスタンが言っていたが、たいして重くはないからと断っていた。
 背の高くはないカリナが大きな荷物を持っていると、その小ささが強調される気がする。それは他の者も同様だったらしい。


「一番小さいカリナだけに荷物を持たせてると罪悪感が半端ないわね…」
「へえ。お前でもそんなことを思うことがあるんだな」
「うっさいわね!あんたこそ男なら荷物くらい持ってあげなさいよ!」
『女の子には優しくしてあげるべきじゃよ』
『クレメンテ老…』


 アトワイトの後に、そのマスターの呆れ声も続く。
 ルーティの文句の矛先はリオンからそちらへ移ったようだ。巻き込まれたフィリアの戸惑った様子がうかがえた。
 そんなことをしている内に、カリナの荷物はマリーの手に渡っていたのだが。


「すみません、マリーさん」
「気にしなくていいぞ。ルーティと二人旅の時も荷物持ちは良くしていた。私は力持ちだからな」
『なんじゃ、男どもよりもよっぽど男前ではないか』
『スタン…』
「ええっ、俺!?」


 こうして飛び火しては騒ぎ出す。いつだってこの連中はそうだ。
 もはや、この喧騒にも慣れてきてしまった。だってリオンもその中に度々加えられてしまうのだから。
 そんな一行の中にきちんと存在しているようで、どこか一線置いているのがカリナだ。
 ソーディアンの声を聞こえていないふりをしているのがわかってからなんとなく注意をして見ていたら気付いた。
 パーティのフォローをしたり、献身的に動いているのは確かだ。しかし、自分から話の輪に加わっていくことはしない。話しかけられれば応える、それだけだ。


「あ、あの船かな?」
「そうですね。帆船よりも格段に速いスピードを出せる、オベロン社の最新型です」
「あら、そんな船を出してくれるなんて太っ腹ね」
「フィッツガルド支部長の力です。彼女には感謝しなければ」


 船の渡し板を歩いてくるイレーヌに一礼をすると、カリナはすっと後ろに身を引いた。
 それを気にかけず、目の前の女性と話し始めるスタンたち。
 そうして気付かれないように、しかししっかりと距離を置いているのだ。どうしてか、リオンの場合は離れていてもすぐにスタンたちに巻き込まれるというのに。
 実際に、今も前にいた彼らの目がこちらを向く。


「リオン君」
「…もう出発できるのか?」
「ええ、準備はばっちりよ。――船長、先程話した通りです。今後はリオン君の指示に従うように」
「この子供の、ですか?」


 久しぶりの子ども扱いに、一気に思考がそちらに向く。船長の不審気な瞳が、リオンを妬むセインガルド軍の兵士たちを思い起こさせた。
 シャルティエが、坊っちゃん抑えて、と囁くが気は収まらず船長を睨みつける。
 気圧されたように一歩引く船長とリオンとの間にイレーヌが立った。


「若すぎる…とでも言いたいのかしら?」
「恐れながら。それなりに経験を積んだ者に指揮を任せるべきかと…」
「それを言うなら、私だってただの小娘に過ぎないわね?」
「そ、そのようなつもりは」
「ふふ、冗談よ。でも、心配しなくていいわ。彼はヒューゴ様の折り紙つきよ。それにカリナさんもついてるわ」
「カリナ様…あのヒューゴ総帥の、ですか。わかりました、全てお任せいたします」
「それじゃ、リオン君。頑張ってね」
「…期待して待っていろ」
「そうさせてもらうわ」


 結局はリオンではなくカリナの名前に納得した船長に釈然としない気持ちを抱きながらも、出航の指示を出す。そんなリオンの不機嫌を察したのか、イレーヌは苦笑しながら船を見送っていた。
 いかにもオベロン社の、といった風の船が重い音をたてて港を出る。清涼な潮風をきって進む。
 ここでグレバムを捕まえることができるのだろうか。
 水平線には何の影も映っていなかった。







2017.01.17投稿


 
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