16
「待ってるだけってのも退屈だよな…」
船に乗ってしばらく。敵船の襲撃が来るのを待つ間にスタンがこぼした。
作戦の段取りも確認し終えてしまって手持ち無沙汰だったのだ。
今さら海を楽しむこともないし、雑談でもして暇をつぶすしかなかった。皆窓から背を向けて机の上の海図を意味もなく眺めている。
「確かにそうですが、相手のある事ですもの。こればかりは仕方ないですわ」
「呑気なことを言ってられるのも、奴らが襲ってこない間だけだ」
「そんなこと言ってもなー…」
眠たげな瞳でスタンがため息を吐く。そのせいでラウンジに気だるい空気が落ちた。
このままでは余計に待ち時間が長く感じられそうだ。
そう思って目を覚まさせてやろうとティアラのスイッチを入れようとして――それは乱暴に開かれた扉の音に妨げられた。
「だぁーっ!!もう、交代よ交代っ!交代交代っ!」
いつもより肩をいからせて、足音荒く部屋に飛び込んで来たルーティはバタバタと地団駄を踏んだ。
舞い上がる埃にフィリアが顔を青ざめさせている。
「…騒がしいのが帰ってきたな」
「うるさいわねっ。だいたい、見張りなんてもっと下っ端にやらせなさいよ!」
「お前も十分下っ端だろう」
「クソガキは黙ってなさいっ!…ともかく!こんな退屈なこと、あたしはもうごめんだわ!誰か他の人間に代わりにやらせなさいよ」
どっかと座り込んで梃子でも動かない体のルーティに頭を抱える。
代わりに行かせたマリーの素直さの、せめて十分の一でも彼女に備わっていれば。
「あーあ。もう、早く襲ってくれればいいのに!」
机に両肘を立ててため息を吐くルーティ。
その横で口元を押さえていたフィリアがわずかにうつむいて言った。
「この船が襲われることを願っているなんて…何だか変な気分ですわ」
「俺もわかる気がするな」
「フィリアもスタンも、なに言ってるのよ。わざと襲わせて、一網打尽にするのが作戦じゃない!」
そりゃそうだけど、とスタンが反論をすれば、賑やかな会話の始まりだ。
それにしても、もう随分待ったはずだ。喧騒から思考を外して、リオンはそんなことを考えていた。
「ふん。案外、この作戦は失敗だったかもしれんな」
「え?」
「どういう意味よ?」
起こりうる事態を、脳内で色々と挙げてみては打ち消す。もしもこの作戦が成功しなければどうするか?
向けられた質問に答えた声は思ったよりも上の空だった。
「…敵も馬鹿じゃないってことだ。これがワナだと気付いたのかもしれないな」
「そんな…それじゃあどうするってのよ?」
ルーティからの訝しげな視線を受けて、それに眉をはね上げ次の作戦を話そうとした時。いつもより勢いのいいマリーが瞳を輝かせて部屋に入ってきた。
「どうした?」
「敵がきたぞ!」
戦いの空気に浮かされたのか声を弾ませる、普段は大人しい女戦士はすぐに踵を返した。
マリーを一人で敵艦に突っ込ませるわけにはいかない。すぐにリオンたちも席を立った。
「馬鹿だったみたいね」
「皮肉のつもりか?」
「別にぃ」
船室から出ようとした時にルーティがちら、とこちらを見てそう言った。
どことなく楽しそうな瞳は、ようやく敵が来たからなのか。それとも、リオンをからかえたからなのか?
その意味ありげな半眼をじ、と睨みつけていると、らしくもなくスタンに急かされた。
甲板に出ると、オベロン社の戦闘員が敵の船からの攻撃を凌いでいるところだった。まだ接舷されて直ぐなのでそこまで被害はなさそうだ。
舵のある場所には船長と、カリナがいて船員に指示を出していた。
「カリナ!大丈夫か!?」
「スタンさん、こちらは問題ありません。それよりもマリーさんが先に!早く敵船へ乗り込んでください!」
乱闘の喧騒の中で張り上げられた声はいたって平静なもので。きっちり着こなされた制服も、ぴしりと伸ばされた背筋もまったく乱れなく立っている。
堂々たる彼女の姿に勇気づけられたのか船長や船員たちも持ち場できびきびと動いている。
マリーが先に行ったと聞いたルーティはいち早く敵船への足がかりを駆け抜け船内への扉へ向かう。ソーディアンを持つとはいえ、前衛よりも後衛向きのくせに。
お気をつけて、カリナの声を背にリオンたちもすかさず後を追った。
「マリー!置いてかないでよ!」
「すまない。だがこの辺りは片付いたぞ」
「さすが、やるわね。怪我してない?」
「大丈夫だ。みんなも来たな」
「独断先行するなんて、度胸があるな」
「ん?まあな」
「ちょっと!マリーのおかげで敵が減ったんだから、やめてよね!」
ティアラのスイッチをちらつかせると、本人ではなくルーティが顔を青ざめさせた。
「ふん。さっさと行くぞ。遅くなるとオベロン社の船も危うくなる」
「ああ、カリナたちも心配だしな。早く敵を倒して戻ろう!」
張り切ったスタンと昂ぶるマリーに先頭を行かせて、リオンは最後尾を進むことにした。いつもは殿に置くマリーはさすがの破壊力で、敵中突破には良い働きをするものだと感心する。
元々戦士であったマリーは言わずもがなだが、その横で戦うスタンの動きにも目を見張るものがあった。いつもは戦闘時の距離が近くて気にしていられなかったが、ハーメンツで戦った時よりも段違いに腕を上げていた。この短期間で、ディムロスが良い師となっているのかもしれないが、天性のものもあるのだろう。バルックの言ったことが蘇って腹が立つが、認めざるを得ない。
それを援護するフィリアだって、出会った時の控えめな印象はなりを潜めて、クレメンテの晶術を派手に展開している。戦うことにではなく、自分が力を手に入れて、自分で何かをできるようになったことに瞳をきらきらと輝かせているのだ。
「僕は…?」
『坊っちゃん?』
「シャル…いや、何でもない」
「ぼーっとしてないでよね!クソガキ!」
「…、っ」
憧憬に目を細めていると、前から鋭い言葉が飛んできて気分が霧散した。苛つきに瞬きをする。
「さっきからブスッとして、鬱陶しいわね。空気が重くて仕方ないの!」
「知ったことか」
「あら!パーティの指揮を執る立場でそんなこと言ってていいの?少しはカリナを見習いなさいよ」
「…っ、うるさいぞ!」
ルーティに、カリナを持ち出されてカッとなる。その剣幕に彼女はきょとんと目を見開いていた。
「…なによ、あの子と何かあったの?」
「お前には、関係のないことだ」
「あーはいはい、そうですか。まったく、あんたって拗ねた子どもみたいね」
『ルーティ、今は戦闘中よ。そこらへんにしておきなさい』
やれやれと首を振るルーティは、こちらを窺っていたフィリアになんでもないわ、と言って戦闘の援護に戻って行った。
――ルーティのあの態度がまだ救いだった。かしましい言動だからこそ、邸の肖像画に面影があってもまだ姉かどうかと疑うことができる。いや、もはや疑ってはいないのかもしれない。あまりにもあの日記の内容に合致しているから。
けれどルーティを自分の姉だと認めてしまったら、カリナは一体誰だというのか?それが心に引っかかって素直に認められないのだ。
ルーティも真実を知らないはずなのに、やたらとリオンにちょっかいを出してくる。そのやり取りが心地よいなどと思ってはいけなかった。
「ねえ、さん…」
ぎゅうと握った拳が痛い。
自分の言葉が誰を指しているのか、胸の苦しさでわからなかった。
2016.01.24投稿
2017.11.27改稿
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