17
「リオン君!」
海賊船を数隻制圧し、敵の親玉を捕縛してノイシュタット港へ帰ってきた一行を、イレーヌは明るい顔で出迎えた。
しかし船から降りた皆の雰囲気はどう見ても良い戦果をあげたものだとは思えなかっただろう。作戦前から苛ついていたリオンのせいだけではない、フィリアの顔が真っ青だったのだ。
そんな空気を察したのか、イレーヌは戸惑いに目をあちこちへと動かす。そうしてそのまま、疲れているようだからレンブラントの屋敷で休んだらどうかと勧めてきた。
「そうだな。それよりも…お前の屋敷の部屋を一つ借りるぞ」
「え、ええ…別にいいけど、何をするつもりなの?」
「こいつの尋問だ。色々と吐いてもらわないとな」
後ろから連れられてきた法衣の男を顎で示して言う。
男の名はバティスタ、フィリアの元同僚の司祭だという。グレバムの指揮でオベロン社のレンズ輸送船を襲撃していたのは彼だった。
バティスタの頑なな態度に、尋問が長引くのではないかと懸念しているのか、フィリアの眼鏡の奥の瞳にはうっすら涙が光っている。その震える足を懸命に動かしてはいるが、今にも倒れそうな様子だった。
「言っとくが、何をしたって無駄だぜ。俺は何も知らないんだからな」
「本当に知らないかどうかはじきにわかる。とっとと歩け」
後手に腕を縛られ、虜になってもなお余裕の表情を見せる敵将に、この尋問が難航する予感がする。生半可なものでは口を割らないだろう。
急き立てて歩かせ、レンブラントの屋敷の一室に入れるとマリーを呼んだ。
カリナが何をしようとしているのか察したのか、マリーを屈ませる。不思議そうな顔をしていた女戦士は、その頭からティアラを外してしまうと悲しそうな声で綺麗な飾りをとってしまうのかと残念がっていた。
「ちょっと、なんでマリーだけ外すのよ!あたしのも外しなさいよ!」
「尋問には一つで十分だ。それに、お前らには着けておかないと何をしでかすかわからんからな」
「あたしがいつ、何をしたってのよ!」
「結構してると思うけど…」
「あんたには聞いてないっての!」
「…尋問の邪魔だ。街でも見物してこい」
「なによ、このクソガ…きゃああっ!」
黙っていろ、と電撃のスイッチを入れると、衝撃に唸りつつも、付き合ってらんないわ!と部屋から出て行った。腕を掴まれて連行されていくマリーがまだ名残惜しそうにバティスタに取り付けられたティアラを見つめていた。
二人が出て行くと、スタンも部屋を出て行こうとする。
「俺も、外にいるよ。フィリアは?」
「私は…ここにいます。バティスタのことが気になりますから」
「そっか、あんまり気に病まない方がいいよ」
「ありがとうございます。でも…大丈夫です」
無理やり笑ったような表情だが、この部屋から追い出しても張り付いていそうなフィリアに、勝手にさせておくことにする。
スタンは暇なのかとイレーヌに訊かれていたので二人で観光でもするのだろうが、廊下に出て行った後を追うようにルーティのけたたましい声が聞こえたので邪魔でも入りそうだ。
「…フィリアさん、せめてこちらの椅子にお掛けください」
「いえ、そんな。心配していただかなくても、平気ですから」
「そのような顔で、言うことではないでしょう」
くっ、とカリナとフィリアのやり取りを見ていたバティスタが嘲笑った。
「フィリアは相変わらず甘ちゃんだな。俺が尋問されるのがそんな辛いか?」
「あ、当たり前です!かつての朋輩が辛い目に合っているのですから…」
「はっ、そんなんじゃこの先どうなるかな」
「わっ、私は…」
「余計な口を聞くな!お前はグレバムの行き先だけを吐けばいいんだ」
いよいよ涙声になったフィリアに、埒があかないと会話を断ち切った。このまま彼女が側にいてはバティスタも尋問に答えるようなことにはならないだろう。
カリナが一度落ち着きましょう、と促して部屋から出させた。
「あのフィリアの仲間に、尋問なんてできるのか?お手並み拝見だな」
「そう言っていられるのも今のうちだ。僕を甘く見ると痛い目に合うぞ」
口の減らないバティスタのにやけ顔を睨みつけ、近くの椅子に腰を下ろした。念のためにシャルティエはすぐ手に取れる場所に置いてある。
始めるか、とティアラのスイッチを手に取ったところで、扉の前にいたカリナが部屋から出ていかないことに気付いた。
「カリナ様…お見せするようなものではありませんから、席を外された方が」
本音を言えば、一緒にいると色々と気になってしまうから出て行ってほしかったのだけれど。つとめて平静な声音でそう言った。
「いいえ。監視が必要ですし、記録くらいはできますから」
「でも」
「非戦闘員とはいえ血なまぐさいことに慣れていないわけではありません」
「ほう?オベロン社のお偉いさんは随分と物騒なんだな」
「物騒かどうかはわかりませんが」
カリリ。彼女の手に持ったバインダーに束ねられた紙束が、ペンに引っ掻かれて鳴いた。
「そのティアラを製作したのは私です。電圧を上げてほしければ言ってください」
淡々と言ったその顔は紙に向いていて、その言葉がどちらに向けられたのかわからなかった。
そんなことを言われるとは思っていなかったから、返事なんでできない。目を見開いてまじまじと見つめてしまった。
バティスタが忌々しそうに何事かを吐き捨てていた。
あれからしばらくしてフィリアが戻ってきた。水差しと人数分のカップをトレイに乗せていたので、暫く休憩にする。
バティスタは笑みを崩さずにこちらを挑発するようなことばかり言っているので、まだまだ必要なことは吐き出させそうにない。
この間にもグレバムがどこかで悪巧みを実行していると思うと、焦りが募るのは仕方のないことだった。
「さあ、続けるぞ」
「続けたって何も言うことはないぜ」
「バティスタ、お願いだから知っていることを教えて」
胸の前で手を組み、祈るように懇願するフィリアの顔色はまだ少し青い。けれど、だからこそ早く終わらせようと自白を促すことに決めたようだった。まっすぐな瞳でバティスタに訴える。
しかしそんなフィリアの態度をものともせず、さらに言うならば電撃を何度食らわせようとも、その囚人が口を割る気配は見られなかった。
「ぐぉぉぉぉぉ!」
「どうだ、吐く気になったか?」
「さ、さぁ、な。うぐぅぅ…」
「我慢は身のためにならない…それに早く吐かないと死ぬぞ」
「だ、だぁれが、がぁっ!」
「バティスタ!」
「まったく、強情なヤツだ」
数十回にわたる攻撃の末、遂に身体への負担が過ぎたのかがくりと男の頭が垂れた。
悲痛な声を上げ、フィリアが駆け寄る。
その声が外にも聞こえたのか、慌てた様子でスタンが中に入ってきた。いつの間にか帰っていたらしい。
「リオン!まさか…」
「心配するな、気を失ってるだけだ。まだ利用価値があるものをみすみす殺してたまるか」
「だけど、これじゃ」
「今日はこれで終わりだ。もっとも、これ以上やって吐くとも思わないがな」
非難がましい双眸から逃げるように背を向ける。手がかりはこれしかないのに…呑気なことだ。
部屋から出るときは鍵を忘れないように、と釘をさして先に廊下に出た。
埒のあかない尋問にまいっていたのは、何もフィリアだけではないのだ。疲労感を携えながら溜息を吐きつつ客間に向かう。
『お疲れさまです、坊っちゃん』
「まったくだ。これまでにないほどの連戦が終わったと思えば」
『どうしましょうね?次の行き先はわかるんでしょうか』
「うん…」
思ったよりも不安げな声が出て、うつむく。ここに来ての手詰まりにどうにも弱気になってしまっているようだった。
客間のベッドに腰掛けるとゆったりとたわんだ。そっと腰からシャルティエを外して、語りかけるようにコアクリスタルを見つめる。
「どうすればいいと思う?バティスタ以外の情報源なんてあるのか?」
『うーん…、輸送船の襲撃以外にそれらしい情報なんてありませんでしたからね』
「やはり、グレバムとバティスタはカルバレイスあたりから別行動だったのかもしれない」
情報の整理がてら、シャルティエと意見交換をする。彼は案外色々なことをしっかりと覚えているので、今までも任務で困った時には二人で相談するのが常だった。
「だとすると、やっぱりあの男にどうにかして吐かせるしかないな」
『うーん。吐かせるというより、うっかり喋っちゃった、とかの方が可能性はありそうですけどね』
「うっかり…」
シャルティエの発言に、何か解決の糸口が見つかりそうな気がして唸る。
そういえば、と続けようとしたところで、部屋の扉が叩かれた。
「リオン様、よろしいですか」
扉の向こうから聞こえてきたのは、くぐもっているけれど間違えることのない声。カリナ様、と応えて随分とその呼び方にも慣れたものだとふと気づく。
「どうしたんですか」
「これからのことを、相談しようと思って」
さらりと返ってきた答えに例えようのない胸のもやつきを感じた。居心地の悪さを覚えているのは自分だけなのか。
リオンはずっと彼女にどう接するべきか悩んでいるのだ。二人きり(シャルティエもいるが)で部屋にいるというのは何とも心地悪い。
とりあえずカリナに傍の椅子を勧め、自分もその近くに座る。どうにも落ち着かなくて膝の上の指を弄んだ。
「あの様子では口は割らないでしょう。他の方法を考えなくては」
「そのことですが、いっそあの男を泳がせるというのはどうですか」
「なるほど…ティアラの発信器で逃げた先を探知するのか」
それは良い方法かもしれない、と深く頷いたカリナにほっと息を吐く。握っていた拳も緩めて、気を抜いた。
と、
「けれどそれは…あのフィリアさんの態度を気遣って、バティスタを逃すというわけではないでしょうね」
唖然。
淡々と、真っ直ぐにこちらに顔を向けて放たれた声は、いつか聞いた冷たいものだった。ゾッとするほどヒューゴに似た、リオンの苦手なあの声。
それ以上に、彼女がリオンのことを疑っているということが、焦りを感じさせた。
「何を、言ってるんですか。僕が裏切るとでも!?」
「あなたの、スタンさんやルーティさんたちに対する態度が軟化している。それを自覚しているの?」
「そんな…あいつらなんて、どうも思ってない!」
「本当にそうならいいけれど。後で彼らと敵対してつらい思いをするのはあなただから」
思わず立ち上がって抗議するリオンに構わず紡がれる言葉。うつむきがちにそう言った彼女は、自分のことを心配しているとでもいうのだろうか。
余計なお世話だ。
例え図星を突かれたのだとしたって、単純にそれだけに苛立っているわけではない。カリナが、よりによって彼女がリオンの心に無遠慮に干渉してきたから。自分には何も話さないくせに。
激情が口を突く。
「あなたにそんなことを言われる覚えはない!僕がどうしようと、そんなの関係ないじゃないか!」
「ある。私はあなたを監視するように総帥から仰せつかっているのだから」
「監視だって?姉さんが…僕を?」
ぐらり、と足元が揺らいだ。
今までしていた期待がサラサラとこぼれ落ちていく。あの言葉も、あの温かさも、あの優しさも、気遣いも、もしかして嘘だったのか?
姉だなんて、信じていたのに。違うかもしれないと思いながらもまだ縋っていたのに。
『坊ちゃん落ち着いて!カリナさんも、ちゃんと事情を話してくださいよ!』
「事情?私は総帥のご命令に従っているだけ」
『っ!!』
シャルティエが息を呑むような音がする。けれどそれも遠くで聞こえて。
むしろカリナの言ったことが冷水のようにリオンを打ち付けて。
熱に浮かされたように口にせり上がってきていた言葉たちが、喉の奥に落ちていった。
何故だろう、急に頭が冷える。
震えてもいない声で一つだけ言った。
「教えてください。あなたにとって僕は何者だったんですか」
カリナはマスクに覆い隠された表情を変えもしないまま首を傾げる。
「あなたはリオン=マグナス。それ以外に何かあるというの」
ふっ、と自嘲の笑みが漏れた。
そうか――リオン=マグナス、エミリオですらない、他人。他人だったのだ。
彼女はとても単純に、言われたことに忠実だった。きっとヒューゴに言われたから、関係を悪化させないように、それなりにリオンに優しくしていただけなのだ。スタンたちへの対応と同じように。
「…バティスタの部屋の鍵を気付かれないように開けておいてください。僕はもう、休みます」
「そう。わかった、発信器の反応についてはまた明日の朝に報告します」
入ってきた時と同じようにカリナが出て行った。
ため息を吐くと、一気に疲れを感じてしまったようだ。重い手足を動かしてベッドに横になる。
お喋りなシャルティエが何も声をかけてこないのが、なんだか可笑しかった。
乾いた笑いが唇から漏れるのを、他人事のように聞いていた。
2017.02.07投稿
2017.11.27改稿
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