20

 洞窟は薄暗く、足下も水にとられる悪環境だった。しかしそのおかげで人が寄り付かずバティスタの手の者もいない。
 潔癖性だというフィリアの様子も気にしていたが、旅の始めより慣れてきていたようで泣き言は聞こえなかった。


「はー!太陽が気持ちいい!」
「洞窟の中はジトっとしていましたものね」


 そんな会話を交わしていれば、洞窟からモリュウ領の中心街にはすぐに着いた。
 シデン領とは様子が打って変わって静まり返った街は気味が悪いほどだ。人影こそわずかに見えるが、怯えたようにこそこそしている。
 どういうことかと辺りを見てまわっていると、いかにも柄の悪そうな兵士たちと出くわした。


「この子どもか?ぶつかってきた無礼な奴は」


 側では子どもの母親らしき女性が涙を見せて命乞いをしている。どうやら少年をその場で死刑にしようだとか言っているようだ。


「おい、お前たち!何をしているんだ!」


 物陰から窺っていたはずなのに、気が付いたら横にいたはずのスタンが兵士たちの前に出ていた。
 子どもと母親に声をかけ他所へ行かせると、ディムロスを構えて追いかけさせまいと通せんぼする。
 そんな行動に横暴な兵士たちが腹を立てないはずもなく、あわや戦闘というところでスタンの腕を掴んで全員で逃走した。


「どうしてお前は後先考えずに行動するんだ!」
「だって、放っておけないだろ!」
「それにしてももっとやり方があるだろう!」


 兵士たちは仲間まで呼んで、街中に警戒態勢が敷かれてしまう。
 これでは動きづらくなってしまうどころか、捕まってしまう恐れもある。それではバティスタを倒すどころではない。


「おい!あそこにいるぞ!」
「くっ…、捕まるのも時間の問題か」
「まずい!」
「どーするのよっ!」
「おい、お前さんたち。こっちだ!」


 一度どうにかして街の外へ出るべきか、と走りながら考えていると、物陰から声がかかった。
 助け舟とはいえ得体の知れない人物に渋ったのだが、そんな場合かとスタンたちが半ば引きずるようにしてリオンを船着き場の階段裏に隠れる。また考えなしの行動だ。
 遠目に声をかけてきた男を盗み見る。飾り羽根の着いた派手な帽子に、ひらひらとした衣装。道化のような格好をした男は兵士たちと言葉を交わしていたかと思うと、いきなり歌い出した。


「なによ、あれ?」
「いい歌だな」
「ええ?」


 さすがにスタンたちも困惑したらしく(マリーは呑気に聞き入っていた)顔を見合わせる。
 しかしそんな態度に呆れたのはリオンたちだけではなく、詰め寄っていた兵士たちもさっさと踵を返してしまった。


「もう大丈夫だぜ」


 階段の上から覗き込んできた男は、そう言って笑顔を見せた。


「あ、あの、ありがとうございました」
「なぁに、気にしなさんなって。ところでおまえさんたち、訳アリって感じだな」


 戸惑いを隠しきれずにいたスタンがたどたどしく礼を言う。が、その男は手を振って話を変えると遠慮なく切り込んできた。


「衛兵に追われているが、お尋ね者にも見えない。しかもセインガルドの剣士あり、ストレイライズの神官あり、きれいなお姉ちゃんあり…いわく取り合わせがバラバラだ」
「…おまえ、随分と詳しいな」
「あんた、いったい何者なの?」


 鎖国態勢にあるアクアヴェイルにおいて、リオンをセインガルドの者だと知っているなど。
 おちゃらけたように見える男への警戒を瞳に宿し、キッと睨みつける。
 だが男はその眼差しすら受け止めて、茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせた。


「俺?俺か?俺はジョニー。気ままな吟遊詩人さ。自称、な」


 そう言ってまた歌い始めるジョニー。その呑気な自己紹介に、むしろ不信感を抱く。
 努めて何かを隠しているような、そんな。
 その怪訝な眼差しに気付いているのかいないのか、ジョニーはこほん、と咳払いをした。


「そんなことより、ものは相談なんだが…おまえさんたち、バティスタを追ってきたんじゃないか?」
「どっ、どうしてそれを?」
「やっぱりそうか」
「おい」


 にやっ。ジョニーの笑顔にスタンが項垂れた。そら見たことか、とジト目を向けるとますます小さくなる。
 そうだ。これが普通なんだ。後先考えない行動の結果としては。
 けれどジョニーはそのスタンの素直さが気に入ったのか、ルーティとリオンに責められるスタンを庇うように笑い飛ばした。

 
「まあまあ。そういうことなら、実は相談があるんだ」
「なんですか?」
「聞いてくれ!悲しいかな、俺の親友が暴虐の徒・バティスタに囚われてしまったのだ…」
「まあ、」


 朗々と情感たっぷりに歌い上げられたその言葉に、フィリアが眉を寄せた。
 一見ふざけているような調子に惑わされてしまいそうだが、リオンは引っかかりを覚えた。
 バティスタに囚われるような親友がいる?街の人間は普通に出歩いているというのに…そんなに地位の高い友人がいるのか?そうでなければ、そう、リオンたちを陥れるための罠か。
 真偽を見極めようと逡巡していると、その隙にスタンが返事をしてしまっていた。
 もちろん、是、と。


「おい、勝手に決めるな!」
「だって、仲間は多い方がいいじゃないか」


 この国じゃ土地勘もないしさ、と珍しく正論を返されて思わず顔をしかめる。フィリアも先ほどの言葉に感じるところがあったのか、スタンに賛同してしまう。


「だからといって、そんな素性も知れないヤツを…」
「さっき助けてもらったのに。まだそんなことを言うのか?」


 だから怪しいというのに。あの兵士たちとグルじゃないなんて保証はない。少しは警戒心を持て、と言いたくなる。
 そんなスタンは見たくない気がするけれど。
 それに、割と、こいつの人を見る目は確かだ。フィリアもそうだし、道中でそんな勘ともいうようなものに救われているところもある。
 だから、スタンの言うようにしてみても良いのかもしれない――そう、思った。


「…わかったよ。だが、バティスタを倒すのが先だ。人質の救出はその後にしてもらう」


 腕を組んで、不承不承といった雰囲気を醸し出す。仕方なさげに了承してみせる。
 それを汲んだのかジョニーが無理を言ってすまないな、と苦笑をもらした。
 視界の端で、ルーティやフィリアが少し驚いたような顔をしていて、いたたまれなくなって顔を背けた。







2017.02.28投稿


 
back top