21

 ジョニーの導きにより、モリュウ城の端から侵入に成功したリオンたちは、領主の妻だというリアーナを保護した。彼女の話によるとモリュウ城はグレバムによって侵入者を阻むような仕掛けを施され、さながら要塞に改築されてしまったのだという。現在はバティスタが城を占拠しているようだ。
 気になっていたジョニーの親友はフェイト=モリュウ。捕らえられて当たり前だ――この領地を治めるモリュウ家の一人息子なのだから。その妻リアーナがジョニーの知己ならば、この道化がティベリウスひいてはグレバム一味と敵対するのは疑わずとも良いだろう。まだ疑っていたのか、と言われそうだが、リオンはこっそりと安心していた。


「この城の主、ジノ=モリュウは敵の手にかかったらしい。抵抗したのか…フェイトも時間の問題かもしれんな」
「そんな、」
「ここの領民を手懐けるためにも生かしておくのでは」
「それに甘んじる奴じゃないさ」


 希望的観測もせずに、カリナの言葉を切り捨てたジョニーの目は厳しい。
 本人はおくびにも出さないが、内心気が気ではないのかもしれない。城内の仕掛けに足止めされるたび、ぎりりと拳を握り締めているのをリオンは何度も見ていた。


「最悪の事態を避けるためにも、急ごう」
「ええ。バティスタのした事は決して許されることではありません」


 スタンに続いてフィリアが決意を表す。ジョニーはそれにヒュウ、と口笛を吹いた。


「てっきり敵の一味から捕縛でもされたのかと思っていたが。自分の意思で仲間と相対してるのかい?神官とは思えないな」
「神の御意志に背く行為を、同じ神団に属している者だからこそ黙って見逃すわけにはいかないのです」
「こいつは、見た目によらず気丈なお嬢さんだ」


 胸の前で手を握り、きらきらと意志のこもった目で語るフィリア。最初に付いてくると言った時の、自信なさげでいつも辺りを気にして怯えていた姿から変わったものだ。
 その思いは、バティスタを目前にしてますます強くなっているように見える。


「ここまでくればもう一息だ。よろしく頼むぜ」


 外の騒ぎで手薄になった正面玄関で、少ない衛兵を黙らせながらジョニーがウィンクした。
 一度勝った相手とはいえ、神の眼を擁する敵はどんな手を使ってくるかわからない。自ずと緊張が高まる。
 長く続く階段に、焦りが募るのを抑えようと必死に感情を落ち着かせていた。


「来やがったな!」


 最上階の扉を開け放ったリオンたちを認めると、バティスタは好戦的な笑みを浮かべた。
 多勢に無勢だというのに、臆するどころが逃げも隠れもしないと余裕すら見せる。どこからその自信が来るのか?リオンは益々警戒を強めた。


「おい、貴様…フェイトをどこにやった」
「あのお坊っちゃんなら牢に閉じ込めてあるぜ!奴もすぐにおまえらの後を追わせてやるからな」


 厳しい声で訊いたジョニーに、バティスタはその牢屋のものだろう鍵を見せびらかした。


「ほう、そいつを聞いて安心したぜ。これで心置きなく葬送曲を奏でられるってもんだ…貴様のためにな!」
「ほざくな若僧!この俺に勝てるとでも思っているのか?」


 ガチャン、と両手に嵌めたクローナックルを噛ませて不敵に笑む僧兵と、眼光鋭い道化師が睨み合う。
 ここに来るまでのジョニーの焦りを考えれば、その思いは並々ならぬものだと容易にわかる。モリュウの領主家と縁深いのだろう。
 手遅れにならないうちに、早期決戦が肝心だ。
 ならばと手元のスイッチを握り込んだ。

 
「バティスタ、額のティアラを忘れたか!」
「!…ぐあぁぁぁぁぁぁ!」


 ハッ、と咄嗟にティアラに手を伸ばしても遅い。それにその装置は無理に外そうとすれば致死量の電流が流れる。
 敵の動きを止めようとしたことだが、その電撃に苦しむ姿にしびれを切らしたのはフィリアだった。


「バティスタ!もうやめて、これ以上は無意味です」


 喉を震わせながら叫ぶフィリアの声も、バティスタには届いていない。
 男は電流を浴びてなお立ち上がり武器を構える。


「笑わせるな!これしきの電撃ごときに屈伏する俺ではないわっ!」
「う、うそだろ…化け物かっ!?」
「ちっ、その精神力だけは誉めてやる。だが、いつまで続くかな」
「その前におまえらを殺す!一人残らずな!さぁ、来やがれっ!」


 簡単に行くとは思っていなかったが、想像よりも遥かに面倒な相手だ。
 ごくり、喉を鳴らしてシャルティエを構えた。


 バティスタが拳を打ち込んで来るたび、その軌跡にバチバチと火花が散る。辺りには焦げ臭さも漂っているというのに、この男は何故立っていられるのか?


「おいおい、随分とタフな野郎だな!」
「どういうことだ?」
「普通じゃないわよ、あいつ!」


 口々に異常を訴えるが、相手は答える義理などないと笑みを崩さない。
 このままでは消耗戦になってしまう。人数が多い分有利といえば有利だが、時間がかかってしまうと囚われている人物が危うい。
 痺れを切らして、一歩踏み込む。


「ふっ…喰らいなぁっ!」
「リオン!危ないっ!」
「!?…ちっ」


 確かに死角から狙ったはずの攻撃は受け流され、一歩退いたところに黒煙が立ち込めた。まさかと思い身を翻すと取り残されたマントの端が黒く焦げる。


「ちょっとぉ!ソーディアンマスターじゃないのに、何で晶術使ってんのよ!?」
『これは、もしや…』
「神の眼の力です!高純度レンズによって晶術使用や肉体強化を行なっているのです!」


 お気をつけください、とカリナが叫ぶ。声を遮られたクレメンテがむぅと唸っていた。
 一領を任されるほどの信頼を置かれた敵の幹部だ、何らかの恩恵を受けていてもおかしくはないが――こんな力だったとは。


「持久戦に持ち込めばいずれレンズの力は尽きます…が、」
「フェイトの奴が危険なんでね!とっとと倒しちまいたいんだ」
「でしたら、フィリアさん!ルーティさん!」


 後衛にいた二人にカリナが駆け寄り、指示を出す。きっと晶術で対応しようとしているのだろう。
 ならば、とスタン、マリーと共に敵の詠唱を妨害し足止めするために斬りかかる。三人掛かりでならばなんとか抑え込めるはずだ。
 卓越した腕のマリーがバティスタの攻撃を防ぐように撃ち合う。そこに二人で攻撃を入れる。スタンの大振りだが威力のある剣技をカバーするように、リオンが素早い剣技で敵の隙を突く。
 絶え間ない連携に、さすがに余裕がなくなったのか前衛だけに集中するバティスタ。小さく舌打ちが聞こえた。


「俺を仲間はずれにしないでくれよな!」


 背後からジョニーの歌声。
 ここまでの道中での戦闘でパーティメンバーは慣れてしまったが、初めて聞くそれにバティスタは一瞬怯む。


「今だぜ!」
「任せなさい!凍れっ、アイスウォール!」


 ルーティの晶術がバティスタの足元を捉えた。地面に縫い付けられた足では三人分の剣撃を防ぐのが精一杯のようで、完全に攻撃を封じたかたちになった。


「頼んだわよ、フィリア!」
「――光よ、レイ!」


 掲げられたクレメンテの周りに晶力が集まり、頭上に収束した光が光線となり降り注ぐ。ジュッ、と床を焼くほどの熱量が襲いかかる直前を見計らい、リオンたちは後ろに跳ぶ。残されたバティスタは氷に足をとられたまま、直撃を受けた。
 電撃を受け続けていた身体にさらに晶術を喰らって、無事ではいられまい。
 光が収まった後を見れば、バティスタは地に伏せていた。


「や、やりやがったな…」


 満身創痍で倒れ伏したバティスタが呻いた。
 あれだけの攻撃を受けてまだ息があるだけでも驚愕するというのに。
 しかし、それでは溜飲が下がらないのか、ジョニーが一歩前へ出た。


「ジノのおっさんをよくも…俺が、この手でトドメをさしてやる!」


 リアーナ妃と親しげであった彼は、モリュウ家の者と家族揃って仲が良かったのかもしれない。そんな関係だった人を、突然現れた他所者に討たれたのだから、その悲しみは推して知るべしだ。
 壁に掛けられていた刀を取り、ジョニーはバティスタの首元に当てた。そして力を込めようとしたその時。


「待って!」
「フィリア!?」
「バティスタ、グレバムはどこなの?正直に話せばあなたの命は保証します」
「なっ!」


 後衛の離れた場所にいたフィリアが、戦闘の疲れからか息を切らしつつもバティスタに駆け寄る。
 刀を振り切れない場所に来られてしまったため、ジョニーも手を引っ込めるしかなくなってしまったが、フィリアの言葉を聞くと目を丸くした。
 そんな彼女の必死な態度に、なおもバティスタは嘲りの笑みを浮かべる。


「フィリア、甘ちゃんだな。世の中、優しいだけじゃ生きてけねぇぜ…」
「優しさをなくしてしまったら、私は私でなくなってしまうわ」


 なんだって、と男が零す。
 瞳に涙を浮かべながらも、きっ、と毅然とした態度で強く言う。リオンにはその横顔しか見えなかったが、彼女が少しだけ、美しいと思った(もちろんマリアンには敵わないが…少しだけ)。
 決して大きくはないけれど、震えることもなくはっきりとした声で、フィリアは言う。


「私は私のままよ。あなたの指図なんか、もう受けないわ」
「強くなったな…フィリアよ」
「自分に正直になっただけよ。さぁ、グレバムはどこなの!」


 ふ、とバティスタが初めて嘲笑以外の笑みを見せた。
 目を細めて、憑きものでも落ちたかのような険のない表情でフィリアを見上げる。


「…ここじゃねぇさ」
「だったら、どこだ!」
「ふっ…。おい、こいつを受け取りな」


 懐に手を入れ、男はゆっくりと立ち上がった。
 膝に手をつき、身体を支えるのも精一杯といった様子だ。しかし晶術もある。皆の間に緊張がはしった。
 そんな中、ポンとジョニーに投げられたのは重たげな鍵の束。


「おい、お前…何のつもりだ?」
「かなり衰弱しているからな。急いだ方がいいぜ」
「フェイトがかっ!」

 途端に血相を変えたジョニーはここは任せたぜ、と踵を返した。牢の場所は知っているのだろう。バティスタから目を逸らさずに軽く頷いておいた。
 そんな様子を見て、諦観したようにバティスタは俯いた。


「自分に正直に、か」
「バティスタ?」


 様子がおかしいとフィリアが近寄るも、それを拒むように突き飛ばされる。ルーティが慌てて前に出ようとしたが、その後のバティスタの行動に足を竦ませた。


「あばよ」


 カッ。
 目の前が凄まじい光で埋め尽くされる。思わず目を庇って、視界が収まるとそこには――。


「そんな、バティスタっ!」
「リオン!なんで!」


 黒煙を上げて倒れる男の身体。
 その力無い音から、もう生きていないことなど疑いようがなかった。


「…僕じゃない、自分でティアラを外したんだ!勝手に自滅しただけだ!」
「じゃあ、」
「致死量の電流です。生存は見込めません」


 カリナの冷静な声に、フィリアが男の名を震える声で呼んだ。
 返事はない。
 涙こそ見えないが、肩を震わせて座り込む少女は先ほどの凛々しい雰囲気など見られなかった。
 見かねたのか、ルーティが声をかける。


「ほら、行くわよフィリア」
「……、」
「フィリアってば!」


 返事がないのに焦れたのか、肩を掴もうと伸ばされた手を、リオンは遮った。
 自分でもらしくはないと思ったのだが。
 もう城内の敵はあらかた倒し、この辺りも安全だ。少しならば一人でいても大丈夫だろう。


「な、なによ」
「デリカシーのない女だな」
「なんですって!」
「いいからとっとと来い…一人にしておいてやれ」
『わしもついておる、先に行っておいておくれ』


 文句を言いつつも、ルーティもめずらしく素直に部屋を出ていった。
 後ろでスタンがフィリアにすぐ戻ると告げていた。

 こんな調子ではカリナに情が湧いたと疑われても仕方ないのかもしれない。それでも。
 あれだけ臆病だったフィリアが見せた強さの、その先を見てみたかったのかもしれない。あの強さが男の運命を変えるところを。
 それが及ばなかったフィリアに、今はかける言葉など見つからなかった。
 カリナがこちらに視線を向けていた気がしたが、気付かないふりをしてジョニーたちの後を追うことにした。







2017.03.14投稿
2017.12.04改稿


 
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