「おいフェイト!しっかりしろ、大丈夫か!?」


 牢に入ると、壁に身を預けた男とそれを支え水を飲ませるジョニーを見つけた。
 その男が、領主だったジノ=モリュウの一人息子フェイト=モリュウなのだろう。彼は次第に頭がはっきりとしてきたのか、後ろにいるリオンたちを認めると誰かと訊いてきた。


「ああ、彼らは運良く見つけたモリュウ城奪還の助っ人だ。そういえば…自己紹介もまだだったな」
「ふん、知ってるんじゃないのか?だがまあいい…リオンだ」
「カリナと申します」
「スタン=エルロンです」
「ルーティ=カトレットよ。で、こっちのがマリー」
「よろしく」


 フィリアのことはスタンが説明し、こちらの紹介は終わったぞ、とジョニーを見た。
 この男の身分は、フェイトらモリュウ家の者と親しげなことからも低いものではないのだろうが、なにぶん謎に包まれている。そんな疑問を知ってか知らずか、ジョニーはぱちり、ウィンクを飛ばすとまたおちゃらけた態度で答えた。


「そして俺が、人呼んで"フーテン"のジョニーだ!」


 相変わらずだな、とフェイトが笑った。また正体をはぐらかされたが、今さらリオンたちを陥れることもないだろうとため息を吐くだけに留めておく。


「助けていただいてありがとうございます。ところで妻は…リアーナは?」
「安心しな、無事だぜ」
「そうか…。みなさんには何とお礼を言ったらいいか」
「気にするな。こっちはバティスタに用があったついでだ」
「しかし、急なことだったな。なんだってこんなことに?」


 アクアヴェイル人、それも情報通らしいジョニーが首を傾げながら顎をさする。この地の人々にとっても今回のことは突然の反乱だったらしい。
 しかし事態はそれだけでは終わらない。フェイトが深刻な顔で告げた。


「トウケイのティベリウス大王がグレバムと密約を結んでいたのだ。――大王は、セインガルドへの侵攻を目論んでいる」


 ざわり、と総毛立つ。
 ダリルシェイドの街並みが戦火に赤く染まる景色が眼裏に浮かび上がり、一瞬呼吸が荒くなった。
 嫌な思い出だってたくさんあるけれど、それでも長年暮らした場所だ。それに、邸にはマリアンがいる。
 そんな場所が壊されてしまうなんて。


「おい、その大王はグレバムと一緒か?」


 睨みつけるようにして声を飛ばすと、フェイトが怪訝な顔を返す。


「おそらくそうだが…どうするつもりだ?」
「決まっている。奴を倒す」
「そうだ!セインガルド侵攻なんてさせてたまるか!」


 無茶だ!と言われるが、だったら何だと言うのだろう。指をくわえて国が蹂躙されるのを待っていろとでも言うのか?
 苛立ちから声が荒くなる。

「この国の誰か、バティスタに勝てたのか?」
「そ、それは…」
「僕たちはバティスタに勝った。グレバムだろうがティベリウス大王だろうが倒す」


 お前たちができないのなら自分たちがやる、と言外に告げる。
 こちらにはソーディアンがある。千年前に神の眼の力に対抗した武器が四振りもあるのだ。ただの軍隊よりはよっぽど有効だ。
 ないのは、そう――足だけ。トウケイ領への移動手段だけあれば良いのだ。それで上手くいく。


「しかし…」
「大丈夫だ、フェイト。こいつらならやれるさ」


 なおも渋るフェイトに、くどい、と怒鳴ろうとした時。ジョニーが間に入ってぴんと指を立てた。


「それに、この俺もついていくんだからな!」
「ジョニーさん!」
「おーっと、嫌とは言わせないぜ。なあ、大将。いいだろ?」
「あ、ああ…」


 肩をバシバシと叩かれて声がぶれる。仲間が増えるな、とマリーとスタンが笑顔で喜ぶ。
 そんな和気藹々とした雰囲気をよそに、フェイトは声を潜めてジョニーを問い詰めている。


「おまえ、もしやエレノアのことを」
「言うなよ。それに、それだけじゃない。謀反で戴冠したような奴を野放しにしておけるか」
「わかった…だが、気をつけろよ。奴はとんでもない力を味方に付けたらしい」


 とんでもない力、誰かが繰り返した。

 
「ってことは、神の眼もそいつが持ってるってわけね」
「そう考えるのが妥当だな」


 グレバムも、神の眼も、トウケイ領にある。
 ノイシュタットから行方知れずだったそれにようやく追いつけるのだ。わずかに希望が見えた。


「ともかく、行くっきゃないわね」
「フィリアにも教えてやらなきゃ」
「なるほど、みなさんはその力を追って来たのですね」
「はい!このまま放っておくと、あちこちで被害が出る。それを止めに来ました」


 清々しいまでに迷いなく、きっぱりとスタンが言い切った。
 ここはアクアヴェイルで、自分たちはよそ者――スタンに至ってはフィッツガルド出身で直接の関係はないのに、それでも力を貸したいと言う。そんな態度にフェイトは面食らい、ジョニーは愉快だと笑っている。


「なあ、フェイト。こう言ってくれるんだ。俺たちもやろうじゃないか」
「そうだな、ここで引き下がっては黒十字艦隊の名が泣く。私たちも協力しましょう」
「ありがとうございます!」


 ようやく覚悟を決めた領主に、ほっと息を吐く。どうやらトウケイ領への道は心配なくなったらしい。
 このまま戦闘準備を進めようという申し出に、事態は一刻を争うからとリオンたちだけ先に乗り込む旨を告げる。
 勇ましいな、と笑う彼は港へ船を用意する約束をした。


「それでは、できるだけ早く出発できるようにしますので」


 船の準備ができるまで宿屋で戦闘の疲れを癒そうということになった。モリュウ城内は改造や破壊をされたせいで荒れているから心苦しいけれど、とのことだ。
 先ほど残してきたフィリアの元へそのことを告げに戻ると、彼女はバティスタのぼろぼろの遺体に跪いて祈りを捧げていた。
 腕を組まされ、顔に白いハンカチーフをかけられたそれはこの後どんな扱いを受けるかわからない。けれどフィリアは、同僚への最後の手向けとしてそのように整えていたのだろう。
 グレバムはアクアヴェイルの現在の首都であるトウケイにいるらしい、と告げれば、本当ですか、と返ってきた。涙声でもない穏やかな声だった。


「準備ができ次第、乗り込むつもりだが…」


 ちら、と顔を伺う。目は少し赤かったし、眉は下がっていたが、口元はなんとか笑みをつくっていた。


「お気遣いは無用ですわ。私も参ります」
「…そうか」
「じゃ、行きましょ」


 心配する必要はなかったらしい。思っていたよりも、芯は強いのか。彼女なりに心の整理がついたのだろうか。
 しっかりとした足取りで歩き出すフィリアの背に、マリーが手を当てた。
 部屋の扉から出る前で、一瞬だけ振り返って背後を見ると、もう彼女はその悲しみを表に出すことはしなかった。






2017.03.25投稿


 
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