23
「ジョニーさん」
トウケイへ向かう船の中で、スタンがおもむろにジョニーを呼んだ。
それまで各々会話をしていた全員の目がスタンへ向く。
「なんだい?」
「エレノアさんって?」
「……」
苦虫を噛み潰したような、眉を変にしかめた顔で、道化師は黙り込んだ。
ちょっと、とルーティが焦ってスタンの髪を掴む。そんな様子にははと笑って、ジョニーは遠い目で語り出した。
「俺とフェイトの幼馴染でな。いや、フェイトの恋人だったか…いずれにせよ、彼女はもうこの世にはいない」
「す、すいません!変なこと聞いちゃって」
慌てて謝罪するスタンにひらひらと手を振り、いいってことよ、と告げたその目は、けれど笑ってなどいなかった。
「…だが、あの野郎だけはどうしても許せねぇ。道化に身をやつし、他人の目を欺き、俺がどれだけこの機会を待ち望んでいたか…」
「ジョニーさん、」
「おっと、湿っぽくなっちまったな。俺らしくないぜ。よーし、景気づけに一曲歌うか」
ジャラン、とリュートがかき鳴される。フィリアやマリーも拍手をしてそれを促した。
陽気に歌うこの道化師は胸に何を秘めてリオンたちに着いてくると言ったのだろう?エレノアという女性を巡って、ティベリウスと何事かあったようだが…。
そのことに想像を巡らせていると、どうしてもマリアンを思い出してしまった。
ジョニーはその女性を守れなかったのだろう。そして今復讐をしようとしている。なら、マリアンを守ろうとしているリオンは。もしも、守れなかったら?
そしてもう一人、守ろうと思った人。カリナはリオンを監視していると言った。完璧にヒューゴの側についているのに、リオンが守ることなんてないのではないか。それなら自分は彼女に何をしたかったのだろう?
ぼんやりとカリナを眺めていると、気付いたのか目が合ったようだった。マスクで良くわからなかったが、どちらにしろすぐにジョニーの方へ顔を向けてしまったので確かめようもない。
ジョニーの歌が狭いラウンジに響いている。
「♪〜、と。お次は何が聞きたい?…ん?」
「な、なんだ?」
「何かにぶつかったようですわ」
「浅瀬に乗りあげたりしてないでしょうね」
突然船が大きく揺れた。と、思えば今度はぴたりと止まってしまったのだ。
状況を確認しようと外へ出る前に、船員が中へ駆け込んできた。
「どうした?」
「も、モンスターが!取りつかれました!」
「え?」
とにかく来るようにと急かされ、カリナを残して外へ出る。
甲板では無数のうねうねとした軟体動物の足が宙を泳いでいた。戦闘員が銛のようなもので応戦しているが、攻撃が通らないようだ。
スタンが横を追い抜いて走っていった。
海の魔物クラーケンは船首へ食らいつき、時折甲板をとてつもない力で叩いていた。ミシミシ、と船板が悲鳴を上げる。この船を沈めようとしているのか。
走っていったスタンが、ディムロスに炎をまとわせその腕を薙いだ。
「燃えろおぉっ!!」
火に焼かれ、ジタバタと悶えるクラーケンの動きで船が一段と揺れる。船員たちが足をとられ倒れ伏すのに、フェイトやジョニーが退避するよう指示を出していた。
「フィリア!火属性の晶術で援護しろ!」
「はいっ!クレメンテ、行きますわよ!」
『おお、派手に行こうかの』
「ルーティは攻撃を控えて回復に徹しろ!マリーはモンスターの腕を減らすんだ!」
「仕方ないわね!」
「任せろ!」
自身もクラーケンの攻撃をしのぎながら、パーティに指示を出す。
長い腕に阻まれ中々本体に攻撃が届かないのがもどかしい。晶術に頼りたいが、スタンは前衛に必要だし、アトワイトは水属性の晶術しか使えない。
リオンも詠唱にまわるべきか?そんな思考が一瞬の隙を生んだ。
「くっ、」
「リオンっ!」
「僕のことはいい、モンスターに集中しろ!」
「でも!」
『戻れ、スタン!次の攻撃が来るぞ!』
クラーケンに足元を掬われ、絡め取られる。足首にガッチリと巻き付いた腕に引き倒されるリオンを助けようと、スタンが後ろに下がりかけたが、攻撃の手が減っては残されたマリーが危うくなる。
シャルティエでクラーケンの腕を斬り離そうとするも、弾力のあるゴムのようなそれは、無理な体勢では中々切れない。
「くそっ!」
『坊っちゃん…!』
焦ったようにシャルティエが呼んだ。捕まっただけならまだしも、このまま振り回されたり海に投げ捨てられたりしたら無事では済まない。
しかし他の者もクラーケンの相手で手一杯だ。
そんな状況を嘲笑うかのように、ズッ、と足首を掴んだ腕に引き寄せられた。
「くっ、離せ…っ!」
本体の近くに続く腕が波打つ。このまま甲板に叩きつける気か。
シャルティエを床板に突き刺し、それ以上引き摺られまいとしがみついた。
脚が持ち上げられる。
ぐっ、と衝撃を待ち構えた。
「――リオンッ!!」
「…はっ、…?」
名前を呼ばれ、次いで浮いていた脚が床に落ちる。
見下ろせば切り離されたクラーケンの腕の先端がうねうねとのたくっていた。
いったい誰が?おそるおそる目の前でうずくまる背を見やる。
「…ね、えさん?」
腕を抑えて荒い息を吐いているのは、見間違いでなければカリナだ。先ほど聞こえた声だって確かに彼女のものだったけれど。でも。
彼女はリオンのことなんて。いや、そもそも非戦闘員だからと船室に残してきたはずなのに。
「どうして…」
「何をぼうっとしているの!?まだ戦闘は終わっていない!」
『坊っちゃん、スタンたちが!』
言われてクラーケンの方を見ると、スタンたちが苦戦している様子が窺えた。
未だに座り込んだままのカリナを放っておくのに躊躇したが、本人に行けと強く促されたので、後ろ髪を引かれつつも前線に戻った。
「リオン、良かった!無事だったんだな」
「あ、ああ…」
「よしっ、一気に叩くぞ!」
振り払うだけで精一杯だったクラーケンの無数の腕も、人手が増えてまともに太刀打ちできるようになった。二人も数を減らしてくれていたようだ。
今度は体勢も危なげなく、攻撃で動きを封じ怯ませることができる。その隙を突いてフィリアが火属性の晶術を浴びせた。
あちこちを焼かれ、クラーケンは力尽きたように腕を縮ませて海に沈んでいく。
「やれやれ、だったな」
「皆さん、ありがとうございます。これ以上邪魔をされないように、一気に敵の海上防衛戦を突破します!」
船の被害は極々軽微なものだったらしい。船首に取りついていたモンスターさえいなければ、と航海速度をぐんと上げた。
厄介な相手だったが、敵の妨害のおかげで神の眼がまだこのアクアヴェイルにあるのだとわかった。それは朗報だ。
『グレバムめ、神の眼の力を使いこなしてきているようじゃな』
『今までのモンスターとは比べものにならなかったわね』
『あんなのがいっぱい出てきたら、それこそ普通の軍じゃ歯が立たないよ』
『被害を防ぐためにも、一刻も早くグレバムを討たねばならんな』
ソーディアンたちが危惧しているのは、敵がどこまで神の眼の力を引き出せるのかということだった。
バティスタに与えられた力といい、先ほどのクラーケンといい、戦力は確実に強大になっている。一国を手中に収めるほどの軍に匹敵するほどになるまでは時間の問題らしい。
「あんなのに街が襲われたら…」
「想像するだけで怖ろしいですわ」
「それを阻止しに行くんでしょ。さ、怪我してたら治すわよ」
アトワイトを手にルーティが言った。先ほどの戦闘では手を出せなかったため余力があるらしい彼女は、次々と治癒術を施していく。
「これで全部かしら?」
「待て、ね…カリナ様がまだだ」
「えっ?あの子船室にいたんじゃないの?」
「カリナならそっちで手当てを受けているぞ」
マリーが指差した方には、まだ床に座り込んだままで腕に包帯を巻かれているカリナがいた。
側には何かの機械と、黒く焦げた物体が転がっている。
リオンの足に絡みついた触手をどうにかして切ったようだったが、いったい何をしたのか?
「カリナ!あんた、何してんのよ?」
「すみません。少し火傷をしてしまって」
診せなさい、とルーティが包帯の巻かれていない方の腕を取る。
小刻みに震える手は赤く腫れ、皮膚が破けて血が滲んでいるところもあった。余りの痛々しさに眉を寄せる。
「どうしたらこうなるのよ…」
「ん?この機械は何だ?」
「対モンスター用の電撃を出す装置です。護身用に持っていたものが役に立ちました」
「まさか、これでクラーケンの腕を焼き切って…」
あの時、カリナは腕を抑えていた。剣では弾かれるあの触手も電撃の力を借りれば切り離せたのかもしれない。けれど、そんな強い電撃を発するものを腕に持って強く押し付けたのだとしたら。
「馬鹿っ!下手したら死んでたわよ!」
「一応、救命用のゴム浮輪で挟んで…本来は地面に置いて使うものですから、直接触れないようにはしたのです。全ては防ぎきれませんでしたが」
「見た目に反して、エキセントリックなお嬢さんだ」
「無茶するよ…」
ジョニーやスタンでさえ呆れた様子でカリナの手を眺める。
治癒術をかけられたが、見た目よりもダメージは大きかったようで、衝撃で立つこともままならないらしい。ぐったりとした様子が、いつかの重傷の姿と重なった。
「トウケイ領に着くまでそんなにないが、ベッドで横になってな」
「じゃあ、俺が運ぶよ」
「いえ…そこら辺の壁にもたれていてば大丈夫です」
「無理をなさらないでください」
口々に休むよう勧められるが、大したことないと遠慮するカリナ。
動けもしないのに。
ならば、と問答無用でその小さな身体を持ち上げた。
『おやまあ』
「リオン様?お、降ろしてください」
「トウケイ領に着いたら抱えて移動するわけにもいきません。今のうちにちゃんと休んで回復させてください」
見た目よりは軽くなかったが(リオンが非力なわけでは決してないはずだ)、普通に持ち上げられる程度の重さで。改めて脆い身体の女性なのだと思い知った。
思惑はどうだったにせよ、リオンを助けようとしたのは事実なのだ。その借りは返しておかなければ。
各々休むよう告げると、割り当てられた船室の一つに彼女を運んだ。
その顔は近くにあったけれど、とても覗き込むことなんてできなかった。
2017.04.02投稿
2017.12.07改稿
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