25
クラーケンを倒した後はこれといった妨害もなく、すんなりとトウケイ領の港へ着くことができた。
トウケイはシデンやモリュウと違い、街に人影がない。家々の窓扉は全て閉ざされ冷たい影が落ちるだけ。死んだように口を閉ざした街を見て、ジョニーが舌打ちをしていた。
「ここまで来たらもう小細工はいらん。一気に敵を突破して奴らをぶっ飛ばすぜ!」
己の手に拳を打ち付けて気合を入れる彼に頷き、一行は街の隅にひっそりと浮かんでいた渡し船でトウケイ城へと向かった。
城の中は意に反してがらんとしていて、兵士も疎らにしか見えない。それもこちらに気付いても進んで攻撃してくる様子もなく、むしろこの混乱に乗じて逃亡したり城内の金品をくすねようとする有様だ。
人の城だというのに、守るのは神の眼によって生み出されたであろうモンスターたちだった。
「まったく、ティベリウスの野郎も何を考えているんだろうな」
面倒臭いことをしてくれるぜ、と道化は頭を掻いた。
「大王の座を奪ったばかりか、セインルド侵攻まで企てて。その結果がこの城のありさまだ」
「自分の野望のためにここまで好き勝手できるなんて、とんだ大王ね」
「神よ…」
「早くティベリウスとグレバムを止めないとな。あんな静かな街…俺、はじめて見たよ」
スタンはいつにない難しい顔をしている。それほどここの状況がショックだったのだろうか。
セインガルドもグレバムに攻められれば混乱を極めるだろう。統一され、王がいて、世界に誇る七将軍がまとめるとしても。
皆が顔を俯かせる。しかしその暗い空気を切り裂くような声が飛んだ。
「神の眼を回収すれば全ておさまります。敵の武器はそれしかないのですから」
いつもの如く何でもないといった調子で紡がれた言葉にしばし面食らった。船の上で重傷を負ってへたり込んでいた姿が嘘みたいに、背筋をピンと伸ばしてカリナは立っている。
至極当然のことを言われただけ。けれどかなり困難な内容だ。それなのに淡々と言われるから、途端にそれ程難しいことではないのではと思えてしまう。
「簡単に言ってくれるわね」
「簡単か、そうでないかは問題ではありません。やらなければならないのです」
「はっは、豪気だな」
じゃらん、とリュートが掻き鳴らされる。
ジョニーがいつもの調子を取り戻してウィンクを飛ばすと、他の面々も苦笑を浮かべながらも顔を上げた。
「よぉし、敵はこの先だな!」
最深部へ続くという長い階段の前で、きりりと眉を上げてスタンが吠えた。長らく追いかけてきたグレバムにようやく手が届くのだ。リオンも短く息を吐いて神経を研ぎ澄ませた。
階段上に複数の人影が見えた。この城の数少ない衛兵と、あとの二人のどちらかがグレバムだろう。正体を確かめるためにもと、一気に残りの段を駆け上がった。
リオンたちに気付いた衛兵が警戒して槍を向けてくる。
しかしその穂先を軽くいなして、ジョニーが男に指を突きつけた。
「へへーん!世直しジョニー、ここに見参!」
「貴様…シデンの三男坊かっ!」
ジョニーを見るや苦虫を噛み潰したような顔をした壮年の男は、おそらくこの城の主人・ティベリウス=トウケイか。
その人物が吐き捨てた言葉に妙に納得した。吟遊詩人を名乗っていたジョニーは、アクアヴェイルが一領を治めるシデン家の者だったらしい。道理でモリュウ領主と親しげだったはずだ。
道化に身をやつした高貴な男は、瞳に好戦的な炎を宿している。
またそれとは対照的に、悲痛な目をしたフィリアも身を乗り出していた。
「グレバム、見つけましたわ!」
「フィリアか!お前が何故!?」
「己の罪を償うべき時です。覚悟なさい!」
クレメンテを構え、かつて尊敬とともに見つめていた相手を睨む。フィリアの足は地をしっかりと踏み立っていた。
その決意に気付くことなく、グレバムは彼女を鼻で笑った。
「罪だと?フン…ティベリウス大王、奴らを!」
「分かっている。任せておけ、刀の錆にしてくれるわ!」
グレバムとリオンたちの間に立ちはだかった男――ティベリウスは、着ていた着物を両肩脱ぎにすると刀を鞘から抜いた。
大王を名乗るからには並大抵の実力ではない。空気がピンと研ぎ澄まされた。
「余はアクアヴェイルの大王なり。余の威光に跪くがいい!」
高らかに僭王が唱える。
玉座の間に響いたその声を振り払うように、ジョニーが勢いよく長い袖を揺らした。
「親父から奪った大王の座は心地良かったかい?お前さんには、ちっと高すぎたんじゃあねえか?」
「道化が、ぬかしおるわ!」
ティベリウスの鋭い斬り込みをかわすジョニーの動きは危なげなく、やはり只者ではないことをうかがわせた。
その手にはいつものリュートではなく、年期の入った業物が握られている。怪しげな光を放つ刃は触れるだけで切れそうなほどの冴えを見せていた。
その一閃が、隙を突いてティベリウスの胴を薙ぐ。
「おまえに追われ、玉座を失った親父!そして傷心のままに死んでいったエレノア…!己の悪事の代償を――今、その身に受けるがいい!」
渾身の想いを込めた一撃。
重い、重いそれは宿敵に膝をつかせるには十分な威力を持っていた。
唸りとともに、ティベリウスは地に伏した。
荘厳な玉座の間にしばしの沈黙がおりる。ただ荒い息の音が空間にこだましていた。
――いや、何か別の音が聞こえる。
風のうねりのような、工場の機械の駆動音のような。気付いた時は小さかったそれは、段々と大きくなってゆく。
そして辺りの様子を観察して、ハッとした。
「待て、グレバムはどこだ!?」
「いなくなってる!」
外よ、というルーティの声に促されて、慌てて奇怪な音のする外のバルコニーへと駆け寄る。
ティベリウスと戦っている間も通路はリオンたちが塞いでいた。姿を消すとしたらそっちへ行くしかない。
外への大窓からの風が強くなっている。
身体が前へ進むのを阻むような抵抗を受けつつ、急いで外へ出た。
頭上から大きな影が落ちる。
「あれは…!」
「飛行竜が!」
何度か見たことのある、厳つい図体が、見た目にそぐわぬ速さで遠ざかって行った。
かつて地上軍のものだったという飛行竜が、今は地上を混乱に貶めようという者に使われ神の眼を運ぶ。なんと皮肉なことだろう。ソーディアンたちから悔しげな呻きが聞こえた。
『おのれ…っ』
「逃げたのか!?」
「戻ってきなさいよ、卑怯じゃないの!」
「くそっ、せっかく追い詰めたっていうのに!」
スタンが悔しげに拳を握り締める。
グレバムはどこへ行ったのか。アクアヴェイルによるセインガルド侵攻を企んでいた奴が、大人しく逃げるだけのはずがない。
「…まだ手段はある」
言い聞かせるように吐き、マントを翻した。
室内にはまだなんとか息のあるティベリウスが転がっていた。
その首にシャルティエを突きつけ、グレバムはどこへ逃げたのかと訊く。
「知らん…と言いたいところだが、もはや俺には関係ない。奴はファンダリアだ」
「ファンダリアだと?」
ふ、と苦く自嘲の笑みをもらしたかつての大王は、戦闘前の威気高な調子もなくして弱く視線を寄越すだけだ。
「謀られたわ。奴め、はなから俺を捨て石にするつもりだったか」
「今頃気付いたの?」
「…こんな男が、アクアヴェイルの大王か!ザマねぇな、ティベリウス!」
チッ、と舌打ちの音が鳴る。
ジョニーの目には嘲りよりも落胆の色が濃く浮かんでいる。
「親父を蹴落として、その程度とはな。失望したぜ」
「何とでも言うがいい。奴の、神の眼の力を利用しているつもりで、その実、利用されたのは俺のほうだったようだ」
「セインガルド侵攻などという夢物語に躍らされやがって!」
叩きつけるような怒鳴り声に言葉を失うかと思われたティベリウスは、意に反して大きく首を振って吠えた。
「夢物語!?…違うな」
「なに?」
「これは近い将来にやってくる現実だ!」
どこにそんな力が残っていたのか、ティベリウスが勢いよくリオンに向き直った。
目は血走り、おかしな光を反射している。
そして焦点の合わない瞳のまま、大王だった男は吠えた。
「くく…、暴走する悪魔を止められるか?セインガルドの少年剣士よ!奴はすべてを巻き込み、破壊し、食らい尽くすぞ」
「黙れっ!」
どく、どくと鼓動がうるさい。
一体、誰のことを言っているというのだ?
振り払うように叩きつけた言葉はティベリウスにかき消された。
「たとえ俺の命がここで果てようと、セインガルドもすぐ後を追うことになる。グレバムと神の眼によってな!くはははは…」
「黙れ下衆野郎!」
止まない嘲笑に苛立ちと焦りを抑えきれず、床に転がるティベリウスの喉元目掛けてシャルティエを振るった。
ばっ、と辺りに血しぶきが散らばる。
荒くなった呼吸音がうるさくて、咎めるようなスタンの声も、悲鳴のような誰かの声もよく聞こえなかった。
ただ、視界の端で息を吐き出したジョニーを認めて、そういえば彼の仇敵を自分が屠ってしまったのかとなんともいたたまれなくなった。
「…悪いな、ジョニー。おまえの獲物だったな」
「はは、いいってことよ。手間が省けたぜ」
口惜しげに手を握ったり開いたりしながら、道化は笑顔を見せた。
こんなつもりはなかったのに。
ティベリウスの言葉に思い出してしまったのだ。
セインガルドを破壊するのは、グレバムではなくて、きっとヒューゴとそれに従わされるリオンだ。
2017.04.16投稿
2017.12.08改稿
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