27
ファンダリア方面からの攻撃を凌ぎ、スノーフリア港に無事に着くとあたり一面雪景色が広がっていた。セインガルドと同じ大陸にあるとは思えぬほどの異なる気候。白が埋め尽くす街並みはどこか寂しげに見える。
見送りに出てきたフェイトに別れを告げる。彼も祖国のことで忙しいというのに、その焦りを見せず晴れ晴れしく笑っていた。
「またアクアヴェイルに遊びに来てくださいね。ジョニーの奴も待ってると思います」
「はい、今度必ず行かせてもらいます」
こんなものでは感謝は足りないと、グミやボトルなどの物資も押し付けられた。
リオンもそれを素直に喜べれば良かったのに。しようとしているのは人助けではなく、まったく逆のことなのだ。
感傷に浸るには、この寒さは丁度いい。
船の中での気落ちはどこへやら、能天気に雪玉を作ってみたりしている者もいるが。
「わっ冷たい!ファンダリアに来るのも久しぶりだなー!」
「スタンさんはこちらを訪れたことがおありなのですね」
『あの時はどうなることかと思ったぞ』
「でも、そのおかげでルーティやマリーさんと会えたし。まあ、色々あったけど、こうしてみんなと旅ができることになったんだもんな」
「結局、あれから世界を一周しちゃったってわけね」
のんきに世間話をするスタンたちとは裏腹に、港の様子はどこかおかしい。チラチラとこちらの様子をうかがうような者がいたり、無気力にうなだれる者もいる。
港を出ようとして、街の方も暗い空気が漂っているのを感じた。
異様な雰囲気に注意を促すため声をかけようとパーティを振り返る。と、いつも高い位置にある赤毛が見えないことに気付いた。
「おい、マリーはどこだ?」
「えっ?さっきまで隣にいたのに…マリー!」
いっせいに頭を動かして、キョロキョロと辺りを探す。
雪が降りしきる中とはいえ、あの色彩は白の中ではとても目立つ。すぐにマリーは見つかった。少し離れた船着き場に一人立ち尽くしている。
いつもふらっと興味のあるものに近寄っていくのはままあったが、勝手にあんなに離れたところへ行ってしまうのは初めてだ。一番問題を起こさないような彼女がどうしたというのだろう。
「すまない。この景色を見ていたら、少し感傷的になってしまっただけだ…」
「マリー!もしかして、記憶が戻りそうなの?何か思い出した?」
自分より背の高い相棒の腕をつかんで顔を覗き込むルーティ。その瞳は心配に揺れている。
そんな、彼女が誰かを気遣うようなそぶりにまだリオンは慣れていなかった。そっと目を離す。
そして目をそらした先にいたのはカリナ。うっすら口を震わせてルーティたちを見つめている。
「……」
「カリナ様?」
何だか様子がおかしい気がして声をかける。ぼんやりと遠くを見つめていた彼女は、リオンの呼びかけにしばらく遅れてからハッとしたように応えた。
船の中で震えていた姿が浮かぶ。あのことをまだ引きずっているのだろうか?それにしては、あの時とはまた違う表情をしているような(気がしただけで、顔の上半分は見えないのだけれど)。触れた身体は微かに震えていた。
「具合が悪いのなら、少し休みましょう」
「いいえ…何でもありません。一刻も早くこの国の状況を探らなければ」
「でも、どうしたんですか?寒いならどこかでコートを買って…」
『とにかく、休憩するにしろ街の方の様子を見てみませんか?ほら、スタンたちも歩き出してますよ。僕たちも行かなきゃ』
「…あ、」
細い声が漏れて、掴んでいた腕が重くなった。
崩れるように地に座り込んだカリナは顔を覆って動かない。
「カリナ様!?」
『カリナさん!?』
「やめて…」
シャルティエとともに名前を呼ぶと、ますます彼女はうつむく。
「やめて…。雪、雪は嫌い。思い出したくないことを思い出させる、から。もう思い出したくないのに、忘れていたいのに!」
「落ち着いてください、カリナ様!」
「ここだけはいつも昔のまま、時が止まったみたい」
虚ろに呟く彼女の腕をとって立たせる。いつも伸びた背は力なくうなだれている。ふらふらと歩かされるカリナの肩にそっと手を添えた。
「宿屋に向かうぞ!情報収集をしてこれからの予定を立てる」
声を張り上げて前を進んでいた皆に言う。こちらを向いたスタンたちは、リオンに支えられるカリナを見て慌てて駆け寄って来た。
「どうしたんだ?」
『具合が悪いみたいです。宿屋で休ませて、その間に街の人から話を聞きましょう』
『あの時の怪我は治っているはずだけど…気候のせいかしら』
「調子悪いなら言いなさいよね!まったく」
ルーティはアトワイトを取り出すと、カリナに治癒術をかけようと詠唱を始める。
コアクリスタルが点滅し晶力が集まる。癒しの光がカリナに降り注ごうとした、その時。
「――嫌だっ!」
「!?カリナ…?」
目の前に立っていたルーティを突き飛ばして詠唱を中断させ、カリナは光から逃げるように後退った。
何が起きたのかわからない、と皆の目が見開かれる。
けれど動揺していたのは、なぜかカリナも同じだった。
「あ、わ、私…」
「…とにかく、宿屋に行きましょ。装備も整えないとね」
うろたえるカリナを遮って、アトワイトを鞘に戻したルーティが踵を返して歩き出す。
カリナの態度に怒ってはいないようだったが、少し困ったような表情をしていた。マリーのことと重なってどうにも落ち着かないのかもしれない。
顔を覆って足を動かさないカリナの背を押した。今度は確かに、震えているのがわかった。
「わからない…何も、かも」
耳元でかすかに聞こえた言葉は、とてもカリナのものには聞こえなかった。
2017.04.30投稿
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