29
街を出てティルソの森へと入る。
曇り空は背の高い木々に覆われて、重い空をより暗くしている。
道こそ踏み固められて、足が埋まるようなことはないが、それでも歩きづらいことには変わらない。体力がすぐに奪われそうな悪路を一行は黙々と進んでいた。
スノーフリアの街の雰囲気も沈んでいたが、この国に入ってから皆の間に明るい空気などなかった。
カリナのことはもちろんだが、港でうわの空だったマリーまでが度々ぼんやりしているのだ。そんなマリーの様子にルーティがソワソワする。ルーティを気遣い声をかけるスタンやフィリアに、不安からか少し強い言葉を返してしまい彼女自身また苛立ちが積もる。
『士気に関わりますよ、こんなんじゃ』
「…仕方ないだろう」
いつもはそんなことを言わないシャルティエがこぼす。それほどパーティの雰囲気は最悪だった。
だが、いつもより皆の口数が少なく静かなのは、今はありがたかった。冷えた空気も思考を落ち着かせるのにはちょうど良い。
リオンだって皆のことは言えない。カリナの言葉に惑わされて冷静ではいられないのだ。
『ねえ、坊っちゃん。カリナさんの言っていたことはおそらく本当ですよ』
「何がだ」
『地上軍の拠点にイクシフォスラー…飛行艇が遺されていることです』
「だからって、シャルまで僕に逃げろっていうのか?マリアンや――姉さんを見捨てて?」
リオンが一人逃げたところで、カリナがどうにかなるとは思えない。けれどマリアンは?
ヒューゴがリオンにそれ程まで手間をかけるかはわからないが、何かの気まぐれに彼女が害されないとは言い切れない。万が一にでもマリアンを危険に晒すようなことは、リオンにはできなかった。
だからと言って、スタンたちとマリアン、二つとも失わない道なんて見つけられないのだけれど。それでも、自分の一番近くにいてくれた人を守る手段があるのならそれに縋らなければならないのだ。
「付き合うことはないんだぞ、シャル。お前だって…」
『やめてくださいよ。言ったでしょ、どこまでもお供しますよ』
また不安に駆られ、弱音を吐くとシャルティエは苦笑いのような、呆れたような、けれど優しい声で諭してくる。
その言葉に少し気分が落ち着いて、ありがとう、と聞こえるか聞こえないかくらいに呟いた。
シャルティエのコアクリスタルがゆっくりと点滅する。
『それにしても、カリナさんはいきなりどうしてあんなことを言ったんでしょうね』
「…わからない。でも、ファンダリアに来てから様子がおかしいな」
雪の舞う空を見上げて息を吐いた。真っ白だ。
むき出しの頬を冷気が襲う。
セインガルドとはまったく違う気候に、随分と遠くに来たものだ、としみじみ感じた。
客員剣士としてセインガルドのあちこちを訪れたことはある。しかし他国の、港や主要都市以外などに足を運ぶ機会なんてなかった。皆机上の地図の中の風景だったのだ。
カリナはこの景色を知っているようだったけれど。ここだけではなく、カルバレイスも。彼女はどれだけリオンの知らないものを知っているのだろう。
ふ、とカリナのいる方向に目をやる。
「――カリナ様?」
慌てて声をかけた。
何故か一人、皆の行く道から逸れて別の分かれ道の方へ向かっているのだ。
呼び止めても歩みを進める彼女に急いで駆け寄った。
「何かあったんですか?はぐれたら大変…」
「声が、します」
「え?」
「誰かが追われているような…喧騒が」
言われて耳をすませば、確かに怒声のようなものが聞こえる。
他のメンバーを呼び、警戒を促すとそちらへ向かった。
森の奥へ進むと、がらの悪い、兵士らしからぬような軍勢が誰かを追っていた。
逃げる人物は二人、青年と少女。どちらも満身創痍といった様子だ。
「あ、あれは…まさか!ウッドロウさんっ!」
スタンが青年に向かって叫ぶ。
しかしその声に気付いたのは兵士たちの方だった。
「見られたか、目撃者は殺せ!」
「もうっ!スタン、何やってるのよ!」
「黙ってなんていられないだろ!」
襲いかかってきた敵を、文句を言いつつ次々と倒す。
正規軍のような訓練されたような動きでもない兵士たちは相手にならず、捨て台詞とともに去っていった。
「ふん、逃げ足だけは早い奴らだな」
「まったくだわ」
彼らが見えなくなるまで警戒していたが、どうやらだまし討ちということもなさそうだ(引き際のあまりの良さに、一応疑いはしたのだ)。
雪の上に倒れていた青年と少女にスタンが駆け寄る。
「ウッドロウさん!チェルシーまで!しっかりしてください」
「あんたの知り合い?」
「俺の命の恩人だ!」
「気を失っていますわ」
『とても衰弱しているようね。このままでは応急手当では間に合わなくなるわ。街まで運びましょう』
かつての軍医の一声で、スノーフリアへ引き返すことになった。
スタンがチラッとこちらをうかがったが、大方リオンがそんなことより、と先を急かすのではと思ったのだろう。
そんなことをするものか。
スタンは知らないようだが、ウッドロウといったらファンダリア王家にそんな王子がいた。先ほど追われていたことからも本人で間違いないだろう。
この国の情勢を知るにはうってつけの人物を目の前にして、放っておくことなどできるわけはないのに。
「時間が惜しい。さっさと街へ行くぞ」
「ああ!ウッドロウさんは俺が運ぶよ。チェルシーはリオン…うーん」
「おい、何でそこで迷うんだ」
「私が運ぼう。リオン、いいだろう」
「好きにしろ!」
スタンは、リオンの頭のてっぺんから足下まで目線をやると首をかしげた。言外にも言いたいことがありありとわかって不愉快だ。
スタンとリオンは歳だって離れているし、これから背が伸びる可能性だってあるのに…!
怒りを感じとったのか、スタンはマリーに少女を任せるとさっさと先頭へ進んでいった。
背にウッドロウを背負っていなければ電撃を躊躇なく食らわせてやったのに。
ため息を吐いてリオンも足を動かす。
シャルティエがこっそり笑っていたのでコアクリスタルを軽く殴った。
2017.05.21投稿
2017.12.11改稿
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