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 街へ引き返し、宿の戸を叩いた一行を、主人が怪訝な目で見た。
 厄介ごとを持ち込んできたのではと疑われたのかもしれない。
 気づかないふりをして、たくさんの湯を用意するように言う。そのまま用意された部屋を入ると、運んできた二人をベッドに下ろして手当をした。


「怪我はたいしたことないわ。追われてたみたいだし、気を張ってたのかもね」
「そっか。無事で良かった」


 一先ずの処置を終え、大事には至らなかったようだと胸をなでおろす。アトワイトの治癒術も施され、回復したのか青年の方はすぐに目を覚ました。


「ここは…、」
「ウッドロウさん!大丈夫ですか?」
「君は確か…」
「スタンです。雪山でウッドロウさんに助けていただいた」
「ああ、あの時の…そうだ、チェルシーが一緒にいなかったか!?」


 血相を変えて身体を起こしたウッドロウは、指し示された隣のベッドを見て安堵のため息をもらす。
 その声に起こされたのか少女も目を開けた。


「あれぇ…ウッドロウさま。私たち、どうなったんですか」
「スタンくんたちのおかげで助かったんだ」


 まだはっきりしない眼を擦りながら、チェルシーと呼ばれた少女は深々と頭を下げた。
 聞けば、ハイデルベルグから二人落ち延びて来たらしい。その道中少女の祖父とはぐれてしまったらしく、それをひどく心配していた。


「大丈夫だ、アルバ先生の腕はチェルシーも知っているだろう」
「でもぉ…おじいちゃん…」


 今にも泣き出しそうなチェルシーをなだめるウッドロウ。
 彼もまた街の状況を思い出しているのか、眉間に皺を浮かべている。


「ハイデルベルグはそんなに混乱しているのか?」
「ああ…」
「グレバムの手がもう首都にまで及んでいるなんて」
「そうだ、グレバムは?神の眼はファンダリアにあるんですか?」


 スタンの言葉に、"神の眼"だけではわからないだろうと説明しようとしたが、思いがけず彼は心当たりがあるようだった。


「神の眼?あれは神の眼というのか。おそらく王城にあるだろう。だが、いまや城は奴等の拠点となっている」
「王城に?あんた見たの?」
『もしやおぬし、王家の血か?ソーディアン使いなのか?』


 スタンやディムロスの驚く声がする。他の者も少なからず、ウッドロウの身分には吃驚させられたらしい。
 彼はそんな皆の反応に苦笑する。


「資質だけは受け継いでいる。山小屋では嫌われていたようだが…まぁ、よろしく頼むよ、ディムロス君」
『あ、ああ…』
「じゃあ、俺の名前がわかったのも」
「ディムロス君の声が聞こえたものでな。だますつもりでは無かったのだが」


 しどろもどろに返事をするディムロス。何があったかは知らないが随分いたたまれないような様子だ。
 しばし漂ったのんびりとした雰囲気は、シャルティエがらしくなくそれを遮って発言したことで打ち消された。


『ねえっ、イクティノスは?』
『ファンダリアにはイクティノスがおったはずじゃが?』
「…残念ながらイクティノスは敵の手に渡ってしまった」


 イクティノス。シャルティエから聞いたことがある。
 確かソーディアンチームの一員だったはずだ。と、するとソーディアンの一振りか。


『グレバムにソーディアンマスターの資質があるとは思いたくないのう』
「神殿には神の眼の他にも、ソーディアンの文献もあったはず。グレバムが使用法を見つけていてもおかしくはありませんわ」
「そうか、厄介だな…向こうもソーディアン持ちか」


 飛行竜、神の眼、そしてソーディアン。強力な武器を持つ敵の戦力を想像するだけで嫌になる。
 ファンダリアの陥落と共にまた敵は強大になってしまった。


「ハイデルベルクへ行こう!神の眼のありかがわかってるんだ!」
「そうね…こんなチャンス、滅多にないじゃない!」


 懸念を浮かべたリオンに、スタンとルーティの明るい声が向けられる。
 こんな時に、なおも楽天的というべきか。顔を曇らせることもなく奮起する彼らを見ていると、どうにかなってしまいそうな気さえする。
 はあ。口から出た吐息は呆れからか、もしくは別のものか。


「やれやれ、あきれた能天気どもだ…わかったよ、付き合ってやる」
「うん、リオン!今度こそ神の眼を取り戻そう!」
「それでは私も同行させてもらおう。少なくとも君らよりは、ファンダリアの地理に詳しいはずだ」
「私もおともします!ウッドロウさまとどこまでも一緒です!」


 先ほどまで倒れていた二人の申し出に一抹の不安を覚えたが、この際休んでいろとも言えない。
 準備を整えると、すぐに宿を出ることにした。


「ウッドロウさま、お身体は大丈夫ですか?」
「ああ、心配ない」
「僕の足を引っ張るなよ。こいつらだけでも面倒が多いんだからな…」
「わかっている。せいぜい、気をつけよう」


 ちら、とスタンたちの方を見ながら言えば、案の定文句の声が飛んできた。
 このやり取りもきっとあとわずかだ。
 扉を開けると、勢いよく寒風が吹き込んできた。







2017.05.28投稿
2017.12.11改稿


 
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