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 件の詰所は兵士の数も少なく、しかも皆酔いつぶれているという有様だった。アクアヴェイルでもそうだったが、グレバム軍の統率はあってないようなものだ。これでは戦闘もなにもない。
 地下牢の鍵もとられたソーディアンたちも、机の上に無造作に転がされていた(ディムロスがぞんざいな扱いだと文句を言っていた)。
 呆れながらも無駄な労力を割く必要がなかったと前向きに考えて地下牢へ向かう。
 思い出されるのは、ハーメンツの村から彼らを連行した後のこと。ちょうど捕まっているメンバーも同じだ。彼らは地下牢に何か縁でもあるのだろうか?
 そんなことを考えながら階段を下りていると、地下だからだろうが、奥から声が響いてきた。
 どこへ行っても呑気な会話をする彼らの正体は言うまでもない。


「なんか、思い出すよな」
「何を?」
「だれかさんのせいで、前にも牢屋に入れられた事があったな、ってね…」


 考えることは同じか。彼らもセインガルド城でのことを思い出していたらしい。
 いつになく不満げなスタンの言葉に、ルーティが声を上ずらせて慌てる。


「なっ、なに言ってんのよ!あ、あれは、ほら、あたしのせいじゃないわよ!だいたい、あの時は、あのクソガキが悪いのよ…」


 ぼそぼそとした声だったが、リオンにははっきりと聞こえた。
 誰が悪いだって?恥ずかしげに言うようなことでもないのに。きまり悪げに、言い訳でもするように。
 そんなルーティの態度に無性にイラッとして、彼らの居場所を示す探知機についていた電撃のボタンを押す。
 しばらく聞いていなかった悲鳴が地下牢に響いた。


「な、な、なにすんのよ!」
「リオン!?」
「…口のきき方に気をつけろ。助けにきてやったと思えばこれか?まったく、馬鹿どもが」


 目を丸くしたまま、スタンが牢からこちらを覗いている。その鍵を開けてやればぽかんとしたまま外へ出てきた。
 ウッドロウとフィリアも声をかけているが、その間抜けな顔は戻らない。
 ちょっと気分が良かった。


「…どうしてここが?」
「ふん、おまえらの額のモノを忘れてるんじゃないのか?」
「あ、そうか。それで」


 ぽん。納得したとスタンが手を叩く。
 そんな調子の彼とは対照的に、ルーティは電撃のしびれから復活すると切羽詰まった様子で牢から飛び出してきた。


「そんなことより、マリーの後を追って!ダリスとかいうのにどっかに連れてかれたわ!」
「そうだった!」


 ひと安心したという雰囲気が、また固いものになった。
 ルーティは今にも一人で飛び出してしまいそうだ。今まで二人で旅をしていたというから、リオンには知れぬ絆があるのだろう。マリーの様子にピリピリしていたところを見ても、心配でたまらないようだ。
 そんなルーティの険しい表情に構わず冷たい声が響く。


「彼女を追って余計な時間をかける余裕はありません」
「カリナ!?」
「こうしている間にも神の眼はグレバムに利用されているのですよ。一人のために危険を冒すなど合理的ではない」
「――あんた、マリーがどうなってもいいって言うの!?」


 ルーティがカリナに掴みかかろうとするのを、スタンとフィリアが止めた。
 皆いつも周りに気を配るカリナからそんな言葉が出たことに驚きを隠せないが、誰よりも唖然としていたのはリオンだろう。
 あの船の上で見せた優しさなど微塵も感じられない平坦な声は、感情が削ぎ落とされたようなもので。いつものヒューゴにそっくりなあの声よりもよっぽどおそろしかった。


「敵の将の目がマリーさんに引きつけられているなら、それこそ侵入する好機だとは思いませんか」
「…っ!!」
「まあ、待ちたまえ」


 整然と紡がれるカリナの言葉を遮ったのはウッドロウだった。
 彼の顔も気のせいか強張っているように思えた。


「君の意見にも一理ある。しかし、このままマリーさんを見捨てて行けば皆の気持ちは落ち着かず戦闘にも集中できないだろう」
「そ、そうですわ!心配で、気が気ではありません。どうか、私たちにマリーさんを助けに行かせてくださいませんか」


 フィリアの加勢もあり、カリナがしばし考えるそぶりを見せる。
 そこにすかさずスタンも身を乗り出した。


「それに、あのダリスとかいう人は操られているかもしれないんだろ。だったら、マリーさんと話せば俺たちを助けてくれるかも!」
「…逆は考えないのですか」
「逆?」
「マリーさんがあの男のために私たちと敵対する可能性もないとはいえません。その時あなたたちは彼女に刃を向けられますか」


 ――後で彼らと敵対してつらい思いをするのはあなただから。

 ノイシュタットで二人の時、カリナがリオンに行った言葉を思い出した。
 あの時は彼女が自分のことを疑っているのだということばかりに気を取られていたが。再び同じような言葉を聞いて、ひっかかりを覚える。


「敵の情報を集める必要もあります。上の階に行って様子をみるだけでもしてみましょう」
「…そう。そこまで言うのなら止めません」
「早く、行くわよ!」


 まだ釈然としない様子のカリナに構わず、ルーティは地下牢から飛び出した。スタンとフィリアが慌ててその後を追う。
 カリナは軽くうつむいて足を動かさない。
 ウッドロウが鋭い瞳で他の者に追いつこうと促した。
 先へ行かせた彼女の背は細かく震えている。何かを恐れるかのように。
 その感情が伝染したかのようにリオンにも緊張がはしる。
 嫌な予感が拭えなかった。







2017.06.11投稿
2017.12.11改稿


 
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