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『スタンは相変わらず、寝付きが良いですね』
「…能天気な奴だな」


 横になって寝息をたてるスタンの緊張感のない顔を見てため息を吐いた。
 スタンだけではない。ダーゼンと話があるとかで部屋から出て行ったウッドロウ以外の者は、皆壁にもたれたりして眠っていた。
 精神的にも肉体的にも疲労が溜まっていたのだろう。マリーもダリスの亡骸の傍らで泣きながら眠っている。
 この旅の中、こんな風に雑魚寝をすることはあまりなかった。オベロン社のバックアップがあったから旅の資金には困らなかったのだ。
 だから、たまにこうして皆で肩を寄せ合って過ごすと、騒がしくって仕方がなかった。
 噛み締めるように皆を見渡す。
 けれど、これから起こるだろうことが身に迫ってきて、寒気を感じた。


『坊っちゃん、具合が悪そうですよ』
「そんなことない。気にするな」
『でも…明日は大変ですよ。念のためグミだけでも食べておいたらどうです?』
『私が回復させられればいいのだけれど、ルーティは寝ているみたいだから…ごめんなさいね』


 アトワイトの苦笑いに、ぼんやりとルーティを見やる。彼女はマリーの側で膝を抱えて眠っていた。
 見れば見るほど、その容姿はあの広間の肖像画にそっくりだ。…こうして、黙ってさえいれば。
 今この時を逃せば、アトワイトに邸から持ち出されたという時の話を聞くことはできないだろう。問いただすべきかという考えが頭をよぎったが、唇はうごかなかった。
 ルーティについに真実を告げることはなかった。言ったところでどうなるというのか、笑われるだけだと口になど出せなかったが。このまままた他人として生きて行くのだろうか。
 けれど彼女に血の繋がりを教えたところで、これから起こることに巻き込むだけだ。だとしたら他人でいた方がいいのかもしれない。
 それに、カリナのことだってどう説明したら良いのだろう――。


「…ね、カリナ様はどこだ?」


 カリナの方を見ようとして、眠る面々の中にいないことに気付く。
 いったいどこへ行ったというのか。
 非戦闘員の彼女はリオンたちより疲れてはいないのだろうが、明日のハイデルベルグ城攻略に参加するはずだ。身体を休めておかなければならないのに。
 ファンダリアへ来てから不可解な言動をしていただけに、余計に気になる。
 けれど今この時にカリナと話すだなんて、何を言われるか。あまり二人だけになりたくはなかった。


「僕も夜に備えなければだから…少しだけ探して見よう、少しだけ」
『きっと、そんなに遠くには行っていませんよ。洞窟の奥にはモンスターも出るって話でしたし』
「…そうだな」


 シャルティエにも促されて、重い足取りで小部屋を出る。
 一歩部屋の外に出ただけで身を切るような寒さが頬をかすめた。こんな中で歩きまわるなんて、どうしたというのだろう。
 薄暗い回廊に目を凝らしながら進む。
 いくつかの角を曲がったところで、ぼんやりと先が明るくなった。


「…こんなところにいたんですか」
「……」
「準備もほどほどにしないと。明日はきっと強行軍だから」


 人気のない廊下にひっそりと光を灯すレンズ製品を置いて、カリナはなにやら部品を組み立てていた。
 静かなひんやりとした空間に無機質な音が響く。
 ためらいつつも声をかけたものの彼女からの返事は返ってこない。


「――姉さん」


 ついにおそるおそる彼女の腕を掴む。集中しているにしても、あまりに反応がない。
 ようやくこちらを向いたカリナの唇はきつく結ばれていた。
 ああ、きっとまた何か恐ろしいことを言われるのだ。そんな気配がする。
 ごくりとつばを飲み込んで身構えた。
 けれど、彼女は。


「明日は、気を付けてください」
「へ、」
「ソーディアン・イクティノスが敵の手に渡っているなら。神の眼の力で無理矢理晶術を使用するかもしれませんね」
「あ、ああ…」
「そう…厳しい戦いになるでしょう。グレバム、というよりは神の眼との対決ですね」


 意に反してカリナからかけられたのは気遣うような言葉。
 拍子抜けして上手く返事のできないリオンの方は見ずに、彼女は手元ばかりを見ている。


「私は明日、戦闘の邪魔にならないように神の眼の手前で待機しています」
「…神の眼を運ぶための処置をするのでは、」
「ええ。ですから神の眼を取り戻したらそちらへ行きます」
「そう、ですか。…その方が、安全ですね」


 今までと変わらないような、しかし素っ気ないカリナの様子にどうしても応答の歯切れが悪くなる。
 嫌な予感すら覚えて、握りしめた手に汗がにじんだ。


「リオン」


 呼ばれたと思えば彼女はおもむろに立ち上がり、そんなリオンの手を握って何かを掴ませた。
 前にもこんなことがあった…あの時は複雑な気持ちを抱えながらも彼女とわかり合おうとしていたのではなかったか。
 今では。彼女を知れば知るほどその正体の不確かさに恐怖を抱くのだ。


「リオン、明日はこれを持って行って」
「…ディスク?」
「ディスクだけれど、戦闘のためのものではない」
「じゃあ、なんで」
「グレバムが追い詰められ、神の眼を無理に使おうとすれば…あれはきっと暴走するでしょう。そうなったら使いなさい」
「……」
「あなたを守ってくれる」


 触れているカリナの手がわずかに震えた気がした。
 まだ彼女がうつむいているままでよかった。きっと今のリオンはひどい顔をしている。
 この鼓動が早くなっているのを気付かれなければいいけれど。
 手のひらに乗ったディスクが、ぬめりと不気味に光っていた。







2017.07.09投稿
2017.12.14改稿


 
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