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 ハイデルベルク城の中は神官たちと魑魅魍魎が彷徨う異様な空間と化していた。
 アクアヴェイルと似た状況だが、神の眼によってつくり出されたであろうモンスターはいや強力さを増している。その中には屍体が使われているものもあり皆を動揺させた。
 これが一度でも神に仕えていた者のすることか。同じ神殿に属するフィリアの嘆きは計り知れなかった。


「グレバムにこれ以上の罪を重ねさせるわけにはいきません」


 フィリアの強い瞳に、城の惨状を目の当たりにしたウッドロウとチェルシーも頷く。
 広い城内を案内する二人の顔は奥に進むほど暗く曇っていく。
 もしあのぐずぐずの屍体や骸骨のモンスターたちに、彼らの知った顔があったとしたら――考えて血の気が引いた。
 幸いにも原型を留めているものは殆どなく、そんな想像も当たりはしなかったようだが。


「神の眼の力には恐ろしさを感じるばかりだな」
『今も昔も、強大な力は人の毒にしかならんということだ』
『つくづく、あれは人間が扱うには過ぎたるものじゃのう』


 天地戦争時代にも相対したソーディアンたちが言う。
 彼らも神の眼を手中に収めた天上人たちと戦って、その威力を味わったのだろう。だからこそ誰の手にも渡してはいけないと、神殿に封印をして、伝承して、管理を――。


「封印した?」


 思わず漏れた声は小さくて誰にも届かなかった。いや、聞かれてしまったら拙い気がする。
 カリナは、ヒューゴたちは神の眼を欲しているのだ。
 あのソーディアンたちの言いよう。神の眼があるべきでないと言いながら千年もの間それを人の手で保管し続けるなんて。
 本来なら、神殿に置き続けるよりもそれこそ海底にでも沈めてしまうか、破壊してしまうかすればこんなことにはならなかったのに。そうできない理由があったのか?
 それに、もし無事にまた神殿に封印したとしても、今回のことが前例となって神の眼はますます人に狙われるようになるだろう。それを考えないソーディアンの面々ではないと思うが。


「リオン、どうしたんだ?」
「…何がだ。僕はどうしようもしない」
「いや、さっきから何か考え込んでるみたいだったから」
「フン。お前には関係のないことだ」
「そう言うことないだろ。グレバムと戦う時の作戦でも立てているのかと思ったんだ」
『敵がどんな手を使ってくるかもわからないのに?僕らはまだグレバムと一度も相対していないんだよ』
『あらゆる対処法を考えておくに越したことはない。我らも神の眼ならば目の前にしたことがあるだろう』


 少し敵の数も落ち着いてきたからか、スタンが隣に並んできた。
 そのおかげで考えていたことから頭が離れて再開できそうにはない。諦めて彼らの声に耳を傾けることにした。


 スタンに話しかけられたのはリオンだが、実際に会話をしているのはソーディアンたちだった。
 神の眼に近付いて、感慨深いものがあるのだろうか。彼等はもとは神の眼に対抗するために造られたものだ。


『思い出すな、千年前を。あの時もこうして神の眼にたどり着くまで長い道を戦い切り拓いた』
『ああ…そうだね。あの時には、僕たちは戦いが終われば必要とされなくなるのだと思ってたよ』
『それが一番だったのだがな。しかし今使命を果たすことができるのだ、案ずることはない』
『どうだろうね』


 投げやりなシャルティエに、ディムロスが喝を入れている。
 しかし彼もリオンと同じく明るい気持ちにはなれそうもないのだろう。生返事を返すような調子だ。
 ――それよりも。ソーディアンたちの話を聞くに、やはり神の眼が現在に残るには何か事情がありそうだった。先ほど途絶えた思考が舞い戻る。
 ディムロスについては、神の眼を持ち帰ると報酬を受け取ることのできるルーティに聞かれるのを懸念しているようだが。リオンは内心でカリナに聞こえやしないかと気が気ではなかった。
 もしもソーディアンたちに神の眼を使えなくする手があるのなら、ヒューゴに利用されるのを防げるかもしれないのだ。


「シャル、」
『わかってますよ、坊っちゃん。おしゃべりはもう止めます。ディムロスも思い出に浸るより、自分のマスターの心配をした方がいいんじゃないのかい?』
「えっ、俺!?」


 急に矛先を向けられたスタンが肩を揺らした。
 ディムロスも思うところがあるらしく、スタンにあれやこれやと指摘を始める。
 この旅が終われば彼らは離れ離れになるのだ。ソーディアン・ディムロスはセインガルドが所有しているものだから。
 リオンとシャルティエほど長い時間を過ごしてきたわけではない。けれど彼らは確かに戦友とも師弟とも言えるような関係を築いていた。ディムロスもそんなそぶりは見せないが、別れを察して饒舌になっているのかもしれない。
 ぎゅ、とシャルティエの柄を握りしめる。
 物心ついた頃から共にいて、これから先も離れることはない兄弟のような存在。その彼が感じていることなどわからないことはない。


「シャル、何を考えているんだ?」
『…ねえ坊っちゃん、神の眼がなくなってしまったら…マリアンはどうなるんでしょう』
「そんな、そんなことを…僕に選べっていうのか」
『すみません…』


 泣き言をもらしてしまいそうで、唇を噛み締めた。
 シャルティエとの間に沈黙が落ちて、途端に手の中のソーディアンを持つ感覚に違和感を覚える。
 敵だぞ、と誰かが言うのが聞こえたが、リオンの頭はうまく切り替わらなかった。
 マリアンを見捨てる道を選ぶなんて。
 彼女がいなければ、リオンにとっての世界はほとんど欠けてしまったも同然なのに。
 叫びたくなるような渦巻く感情を抱えて、リオンは叩きつけるように剣を振るっていた。







2017.07.23投稿


 
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