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「過ぎたる力を制御できず、己の身を滅ぼすか…皮肉なものだな。イクティノスは返してもらうぞ」


 雪の上に、一時の主人を失ってソーディアン・イクティノスが横たわっている。まだ他人の気配が残る宝剣を手に取り、ウッドロウは呟いた。
 グレバムはもういない。
 神の眼から更なる力を引き出そうとして、その限度を見誤ったのだ。
 各地に混乱を落として行った男の最期にしてはとてもあっけないものだった。
 戦闘は厳しかったが、ルーティとフィリアに後衛を任せてのスタンとの共闘はもはや慣れたものだった。そこへチェルシーとウッドロウが加わったのだから、負けるはずもない。
 しかしリオンにとっては、もがくような、泥を斬りつけるような腕の重さがまとわりついて全力を出せたものではなかった。いや、そんなことすら考えることもできないほど、心ここに在らずでがむしゃらに剣を振るっていただけだった。
 戦っていた記憶も、勝った実感も、胸の穴からすり抜けて消え去ってしまったようだ。


「ついにやったんだ!」


 そんなリオンと反対に、勝利を確かめるようにスタンが明るい声で叫んだ。
 他の皆も、つられたように顔を上げて喜びの言葉を交わそうと笑顔を浮かべ――そして、


『喜ぶのはまだ早いぞ!』


 ディムロスの怒声が響いた。
 途端に神の眼から閃光がほとばしる。


『いかん、オーバーロードじゃ』
『このままでは爆発するわ』
「爆発ですって!冗談じゃないわ!」


 歓喜の表情は消え、皆顔を青ざめさせる。
 簡単に人一人を灰と消してしまえるほどの威力を持ったものが爆発するとしたら、被害がどれほどの規模になるか。想像しただけで恐ろしい。
 あれを、リオンはヒューゴに渡さなければならないのた。


「…これも、予想のうちか」


 ――グレバムが追い詰められ、神の眼を無理に使おうとすれば…あれはきっと暴走するでしょう。そうなったら使いなさい。
 カリナの言葉がぼんやりと脳裏に響いていた。
 これもわかっていたことならば、あのディスクは本当に暴走を抑えるためだけのものなのか。彼女の意図のようなものを感じる気がして、使うのに抵抗が生まれる。
 けれど他に神の眼を落ち着かせる方法などリオンは知らなかった。


「くそっ、…仕方がない!みんな、このディスクをソーディアンに付けろ!」
「え、え?」
「いいから早くしろ!」


 鈍く光るディスクを迷いつつもスタンたちに渡す。
 受け取ったものに戸惑いを浮かべる彼らに、できる説明も少なく、とにかく装着しろと急かした。

 
「こんなもので何をしようってのよ!」
「いいから、四方に散ってソーディアンを掲げるんだ!」


 半信半疑の様子でおそるおそるソーディアンが掲げられる。
 手の中のソーディアンがわずかに振動しているような気がした。そのまま光を放つ神の眼を見つめていると、チカ、チカ、数瞬の速い点滅の後、スッと輝きが収束した。


「落ち着いた?」
「まさか…本当にあれで?」
「ちょっとあんた、どんな手品を使ったのよ?」


 ディスクを観察しながら各々もの問いたげな視線をこちらに向ける。
 しかしそんなこと、リオンだって知りたかった。
 一体彼女は――カリナは、この状況をどれほどまで予想していたというのだろうか。


「オベロン社の秘密兵器ですよ」


 皆の質問に曖昧な答えをもたらす淡白な声が後ろから届いた。
 まだ熱気の残るその場には似合わぬ冷たいものだ。
 雪の積もる上だというのに、コツコツと彼女の靴音がやけに聞こえる。


「おつかれさまです。あとの神の眼の処置は私にお任せください」
「カリナ、さま」
「神の眼を王の元へ運べば、皆さんは晴れて釈放となります。良かったですね」
「これでやっと報酬が受け取れるのね」
「よし、早速運び出そう!」


 何の懸念もなくなったと、彼らは高揚感そのままに剣を納めた。晴れ晴れとした顔のスタンたちは戦闘で負った傷の手当てをしようかと道具を取り出す。
 ウッドロウだけが難しい表情で神の眼を見つめている。考え込むように結ばれた口は、チェルシーに声をかけられてやっと開いた。


「待ちたまえ」
「どうかしたんですか、ウッドロウさん?」
「君たちも神の眼の威力は見ただろう。これは人の手にゆだねるべき物ではない。今すぐこの場で破壊してしまうべきだ」
「ええっ!ちょっと待ってください」
「そんなことをしたら報酬がもらえないじゃない!」


 抗議の声を上げる二人にかまわずウッドロウは一人神の眼に近付いた。
 翳されるソーディアン・イクティノスに、リオンは激しい焦燥と不安に胸を鷲掴みにされる。
 あれがなくなってしまったら、もしも持ち帰ることができなかったら…マリアンはどうなる?
 神の眼がなくなればヒューゴの野望は阻止できる。そんな思いもちらりと頭をかすめたけれど、それよりも見せしめにでも彼女が害される危険の方が恐ろしかった。


「よせ、無駄だ!」


 シャルティエを下げた腰に手が伸びそうになって、すんでのところで声だけにとどめる。
 ウッドロウは神の眼に斬りかかっていた。


「どういうことだ…何故なにもできない?」


 息を呑んだまま見つめていた顛末は、唖然とした呟きでもたらされた。
 ソーディアン・イクティノスの一撃は神の眼を破壊するどころか、傷一つつけることができなかったのだ。弾き返されていたようにも見える。
 ソーディアンほどの武器が何もできないほど神の眼とは強大な力を持ったものなのか…信じられない思いで黙っていると、再びカリナの声が飛んできた。


「神の眼を壊すことに力など貸しませんよ。とは言え、ソーディアンの力くらいでは傷などつかないでしょうが」
「なんということだ…」
「殿下、セインガルド王と総帥をご信用ください。神の眼は責任を持って管理し、決して悪用はさせません」
「…わかった。だが、私も同行させてもらう。セインガルド王が信用に値する人物か、この目で確かめたい」


 ウッドロウは疑惑を含んだ目をカリナに向けていた。
 その後ろで、リオンは神の眼が破壊されなかったことへの安堵と、いつもより饒舌な彼女への不信感で顔を歪ませる。
 話はまとまった、とルーティが真っ先に歩き出しても、凱旋だと興奮気味に言うスタンがそれに続いても、リオンの足はすぐには動かなかった。
 こちらに顔を向けないカリナに何か声をかけようとして、何も言えない。
 雪に隠された何かを溶かそうとするには、リオンの持っているものでは熱さがきっと足りなかった。








2017.08.06投稿


 
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