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 冷たい思い出が広がる銀世界に別れを告げる。
 チェルシーがまた遊びにきてください、と皆が乗り込んだ飛行竜に手を振っていた。

 飛行竜の内部は広い船といったところだ。個室も全員がそれぞれ休めるだけの部屋はある。セインガルドに着くまでの数時間、各々休むことになった。
 リオンは部屋から出る気にはなれず、ベッドに腰をかけてうなだれていた。
 頭の中を整理しようとしても取り掛かりが見つからない。
 ヒューゴの思惑、カリナの言動、シャルティエの質問…すべてがわからない。考えようにも材料がない。ただただリオンは暗い道を歩かされていてるのだ。


「なあ、シャル…黙っていないで教えてくれないか。あの時なんであんなことを言ってたのか」


 ベッドに立てかけてあったシャルティエに話しかける。
 この相棒はたまに拗ねて何も言わなくなることはあったが、基本的に気が弱いため長くは続かない。それなのに、今回に限ってはリオンの呼びかけに頑なに応えやしないのだ。


「シャル、何をそんなにヘソを曲げているんだ?いつもだったらもう観念している頃だろう」


 不満を示すようなコアクリスタルの点滅もなく、ひたすらに沈黙するシャルティエ。さすがに様子がおかしいと持ち上げてみても反応がない。
 まさかと思って晶術を発動させようとしたが、やはり何も起こらなかった。


「なんだ、これは!シャル!どうしたんだ?お前がいなくなったら、僕は…」


 喉が詰まって、何も言えなくなって、大きく息を吸い込んだ。
 突然のことにシャルティエを持つ手が震える。
 ソーディアンはコアクリスタルを破壊される以外では死ぬことはないというのに。いきなりどうしたというのか。
 あのグレバムとの戦闘中、いくら気が散っていたからといってシャルティエへのダメージを見逃すはずがない。
 それならば、何がソーディアンの機能を害したのか。
 思い出せる限りのことを思い出し、一つのことに行き当たる。
 気が付いたらリオンの足は部屋を飛び出していた。


「あのディスクは何だったんですか!?」


 部屋に入るなり怒鳴ったリオンを、カリナは眉ひとつ動かさずに出迎えた。
 こうしてリオンが訪ねてくることも予想していたのだろうか。彼女にさえ弄ばれているというのか。
 怒りがふつふつとこみ上げる。
 それでもカリナに掴みかかるのだけは堪えた。握りしめた拳が痛い。


「シャルに、シャルになにを…!」
「落ち着きなさい、リオン」
「落ち着けだって?よくもそんなことを!」
「彼は眠っているだけ。ダリルシェイドに着いたら元に戻してあげる」


 シャルティエに異常はないと、その言葉に安心する。だがそれと同時にカリナがリオンを欺いていたことがわかり、憤りはますます膨らむ。
 言いたいことはたくさんあるのに、ありすぎて喉から出てこない。
 ギリギリと爪のくい込んだ手のひらから血が滲んだ。


「リオン」


 その拳を、細く冷たいものが包んだ。


「…っ!」
「あなたにわからなかったとは思えない」


 握った拳をほどこうとカリナの指がリオンの手を撫でる。
 そんな優しさを今見せられてもと頑なに手を硬ばらせるが、だんだんと力が抜けていくのに抗うことができない。
 わずかばかりの抵抗と、カリナの言葉に何のことだと問い返す。


「ソーディアンチームは神の眼を破壊しようとしていた」
「……」
「あれがこわされてしまえば、困るのはリオンも同じでしょう?それに、あの場にいるあなたが破壊に加担したともとられかねない」
「僕のことを、護ったとでも?」


 ええ、とカリナが頷く。
 だめだ。
 くらくらと世界がまわったような気さえした。
 なんて傲慢な人なんだろう。


「僕は、僕は……。誰かに護られるほど、弱くなんて、ないっ」


 乱暴にカリナの手を振りほどいた。
 驚いている気配がするけれど、そんなことも気にしていられないくらい頭に血が上っていた。
 知らないところで様々なことを解決し、自分の力を見せつけて、当然のようにリオンをか弱い存在にしてしまった彼女に。
 なんて残酷なんだろう。護りたいと思った人に護られることがどんなに絶望することなのか。


「リオン、」


 逃げるように飛び出したカリナの部屋から、扉に遮られてくぐもった声が自分を呼んだが、そんなものは聞こえなかったのだ。
 不安を和らげてくれる相棒も話せない今、リオンには鍵もかけられない自室のベッドに潜り込むことしかできなかった。
 飛行竜の駆動部からの振動がやたらに響くおかげで、そのせいで気持ちが悪い。
 目を瞑ってもとりとめのない苛立ちと不安が頭をめぐる。
 この拷問が早く終われと、眠れることもなくダリルシェイドまでの航路を息を詰めて過ごすしかないのだ。







2017.08.13投稿


 
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