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セインガルドに着くと、あらかじめカリナがヒューゴに報告していたのだろう、出迎えのオベロン社員が王城へ行くようにと言伝を寄越した。
一刻も早く神の眼を確認したいとの王の意向なのだろう。ヒューゴの手の者かもしれないが。とにかく真っ直ぐに謁見の間へ連れて行かれることになった。
それにしても、首都ダリルシェイドを歩くのは久しぶりに思える。
そしてそれは、同じだけの時間マリアンに会えていなかったということだ。途中通り過ぎる邸の方を恋しく見つめる。
飛行竜の中では結局、微睡むこともなくベッドで思考を巡らせるだけだった。戦闘をしたわけでもないのにどっと疲れた気分だ。
けれど少しは冷静になれた気もする。
「ただいま帰還しました」
落ち着いたいつもの声音で帰還を告げると、セインガルド王は労いの言葉を返した。
スタンを始め、ルーティもフィリアも達成感に顔を緩めている。
そんな明るい雰囲気の中、鋭い声が空気を裂いた。
「セインガルド王にお聞きする。その神の眼、今後はどうなされるおつもりか?」
「ん?貴殿は?」
「ファンダリア王イザークが子、ウッドロウと申します。既に父はこの世には亡く、ファンダリアは、神の眼の力により荒廃いたしました。二度とこのような過ちを繰り返すわけにはいきません」
堂々とした若き王の立ち姿に、セインガルド王は目を細めた。緊張関係にある国の王族とはいえ、賢王イザークは一目置くに足る人物だったのだろう。その嗣子が赴いたとあればこの国にとって悪い相手になることもない、という希望を見ているようだ。
王は優しげな目で頷いた。
「案ずるなウッドロウよ。神の眼が、二度と表舞台に出ることはあるまい。城の地下に安置封印し、未来永劫に使われることも決してないだろう」
「その言葉、果たして信じられますかな?」
疑ぐり深いことだ、と王が笑った。ならばどうするかと問われたウッドロウは、神の眼の非使用およびファンダリアとの同盟を、毅然とした態度で要求する。
柔らかいものだったセインガルド王の視線は、途端に真剣みを帯びて若き統治者に降り注いだ。
「それは新たなファンダリア王としての発言か?」
「そう取っていただいても構いません」
「よかろう。同盟締結の調印書ともども、用意させていただこう」
「ご英断、感謝いたします」
二人はしっかりと目を合わせ、頷き合う。
王たちの間で張り詰めていた空気が解けると、次に視線が向けられたのはスタンだった。
「おぬしのソーディアン、ディムロスだが…その剣はわが国の調査団が発見、発掘し、輸送中に紛失したものである。よって返却を願いたいのだが」
え、でも…、とスタンが目を丸くして言う。
すっかり離れ難くなってしまった旅の間の相棒。その柄を握りしめる。
リオンだってシャルティエが取り上げられてしまうのだと考えただけでゾッとする。スタンたちと過ごした年月は遥かに違うから、本当に彼が何を思っているのかはわからないけれど。
ソーディアンを無言で見つめるスタンに、カリナがヒューゴの影から声をかけた。
「ソーディアンたちは眠りにつきました…神の眼が我らの手に戻ったことで。呼びかけても、応えないでしょう?」
「うん…」
「彼らは再び危機が訪れない限り目覚めることはありません」
カリナの言葉にも躊躇していたスタンは、その危機は王国が存続する限り来ないと保証する、というセインガルド王の言葉にも促されてゆっくりと頷いた。
「…わかりました。お返しします」
そう言いつつも彼はまだ名残惜しそうに、兵に回収されていくディムロスを握っていた手を眺めていた。
どこかぼんやりとした様子のスタンに構わず、王は囚人用のティアラを外すようにと告げる。
「やっと生き返った感じね」
ルーティが腕を上げて伸びをする。ちらり、と横目でリオンの方を窺っていた。もう電撃を受けることがないとわかった途端に。しかしもう手元のボタンは効かない。
これで旅のすべてが終わったのだ。
どこか寂しそうな様子は、きっとスタンだけではない。
「見事に任務を遂げた以上、こちらとしても約束していた報酬を出さねばなるまい」
旅の締めくくりとでも言うように、王の側に控えていたヒューゴがルーティに向かって声をかけた。そいつの正体も知らず、あからさまに眼を輝かせる彼女には呆れさえする。
当然ながら、ウッドロウやフィリアは辞退していたが。リオンも受け取る側だと思われていたらしく、それを興味がないと一蹴する。ヒューゴなどからそんなものを貰ったところで嬉しくもない。
「ふーん、それじゃ、あたしたちだけで頂きましょ。ねぇ、スタン」
「……」
「スタン?どうしたのよ?」
「俺もいりません」
「スタン!何、言ってんのよ?」
「全部ルーティにあげてくれませんか?」
似合わず、穏やかな表情で静かにしっかりと語る。そんな顔は会った時からは想像もつかないものだった。
「俺が旅に出ようと思ったのはお金が欲しかったからじゃないんです。もっと強くなりたかったし、いろんなものを見たかった。それに、お金じゃ絶対に買えないものも、この旅でたくさん見つけました。だから、これ以上、俺はなんにもいりません」
欲のないことだ。それは初めからかもしれなかったけれど。
リオンが欲しいと願っていたもの、すべて彼はこの旅で手に入れてしまったのかもしれない。
じっ、とスタンを見つめていたら、気付かれたのかこちらに視線を寄越した。その微笑みすら大人びて見える。
彼は再び声をかけられて、前を向きなおした。
「飛行竜で皆さんをお送りできますが、いかがいたしますか」
例によってフィリアとウッドロウは断り、ルーティも家は近くの街だからと飛行竜は必要ないと言う。一人遠いスタンだけが飛行竜を使うことになった。
準備に時間がかかるらしい。外で待つように告げられると、その場は解散となった。
城から出ると、あたりは夕陽で染まっていた。感傷的になるには十分な景色に、思わず、ふ、と笑った。
「これで晴れて自由の身だな」
寂しいとかではなく、そんな言葉が口を突いて出た。
それが祝福なのか、羨望なのかはリオンにもわからなかった。事実を言ってみただけかもしれなかった。
ただ素直に笑む気にはなれなくて、口の端が変に歪んだ。
何も知らないスタンはリオンの言葉を笑いとばす。
「誰かさんには散々こき使われたけどな。なぁ、リオン!」
「…自業自得だ。だが、実際、おまえらもよくやってくれた」
「かわいげがないわね。ありがとう、って一言がなんで言えないのかしら?」
「ふん、知るか」
ルーティまでもがご機嫌にリオンを茶化した。
その後ろでフィリアとウッドロウが静かに微笑む。
ソーディアンたちは眠ったままだったが、彼らが話せたなら何と言っただろう。千年ぶりに集った仲間は知らぬうちに離される。
段々と足元の影が濃くなってきていた。
「また、会えるといいな」
スタンが言う。
皆も口々に訪ねて来いだとか、きっと会える気がするなんて言葉にするけれど、リオンはもう会いたくなかった。次に会う時にそれが喜ばしいこととは限らない。
だから何も言わなかった。
飛行竜の準備ができたと、船員が呼びに来た時も、早く行ってしまえと思ったのだ。
「それじゃあ、みんな…また」
「ええ、お気をつけて」
「元気でな、スタン君」
名残惜しげな皆を尻目にさっさと踵を返そうとすると、隣でルーティがうつむいていた。
声をかけられてもなんでもない、と返す。けれど彼女の様子は何事もないようなものではなかった。横顔の、髪の隙間から食いしばった口元が見えた。
「何でもなくないだろ?」
「うるさいわね、とっとと行っちゃいなさいよ!」
「ちょっと待てよ」
「いいから、早く行って!」
「どうしたんだよ」
「あんたなんか最低よ!女の子の涙を見たがるなんて趣味悪すぎるわよ!」
少しくぐもった声で叫んだルーティを、皆は驚いた顔で見つめた。それもすぐに微笑ましげなまなざしになる。
状況の読めないスタンを置いてけぼりにして、今度こそ彼らに背を向けた。
ウッドロウとフィリアも、二人の間の雰囲気を慮ってその場を後にした。
石畳に響く足音が少なくなって行く。
――ルーティの、あの涙声を聞いた瞬間に思ったのだ。彼女は顔も知らない家族などいなくても生きられる。知らないものに縋らずとも、歩いて行ける。
この決別は彼女にとってそう辛いことではないはずだ、きっと。そう思いたいだけかもしれないけれど。
黄昏時の冷えた空気が頬を撫でる。
刻々と不明瞭になる人々の顔を眺めながら、リオンは邸へと足を引きずって行った。
2017.08.27投稿
2017.12.16改稿
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