01

 屋敷に戻った日から2ヶ月ほどは、以前と変わらぬ日々が続いた。
 神の眼はセインガルド城地下に再び封印されている。封印したといっても、主導したのはオベロン社――カリナが指揮を執っていたのだから、持ち出そうと思えばいつでもできるのだろう。
 すぐに行動をとらなかったのは、偏に天上都市復活のための準備を気取られて邪魔されないようにするため。
 城の警備が手薄になる、故フィンレイ将軍の葬送式典まで計画を待っていたのだ。
 皮肉なものだ、と思った。オベロン社からこの国を護ろうとしていたかの大将軍が、死してヒューゴの計画を手助けすることになってしまうとは。
 眉をしかめて、尊大にリオンの前に立つ男を睨め付けた。


「さあ、神の眼を取って来い」


 まるで犬かなにかにでも命令するようにヒューゴは言う。
 しかしもう反抗心も起こらない。
 今のリオンは、極限まで己を殺して息を潜めさせたものなのだ。
 ただ一人の、けれど母でも姉でも愛する人でもあるマリアン。リオンの世界のすべてを護るためならば何でもできる。命を投げ捨てることも。


「マリアンは無事だろうな」


 重く暗い声で問えば、嘲笑が返ってきた。


「もちろんだとも。あのメイドはレンブラントが世話しているよ」
「…ならいい。もし彼女に何かあったら、」
「どうするというのだ?」
「……」
「ハッ。さっさと行け」


 軽く手を振って追いやられる。ますます自分が野犬じみて思えた。
 けれど目の前にぶら下げられた餌に抗う術も持たない自分は何が違うのだろう。
 過去の、国のためにと心躍らせていた自分は何と思うだろう。
 今こうして城の中を自由に歩けるのも――その時の自分のせいだけれど。


「さすがにこうまで警備が手薄だと、心配になってくるな」
『封印してあるから大丈夫ってことなんじゃないですか?その辺の賊なんかには持ち出せませんし、使い道もわからないでしょうしね』
「それだけオベロン社が…ヒューゴが信用されているということか?馬鹿馬鹿しいな」


 改めてオベロン社の影響力を実感して苦言を吐く。
 そんなものに、何も知らないまま囚われてしまったマリアンを護れるのはリオンだけだった。


「…行くぞ」


 渡された封印解呪の道具を手に城の地下へと続く階段を降りる。
 響く足音が鼓膜を叩いて、段々と鼓動が早まってゆくのを感じた。
 光の入らない薄暗い場所を歩けば歩くほど何も感じなくなる。無心で足を動かす。
 それほどの感慨も悲嘆もないまま、リオンは神の眼を運ぶための準備を続けていた。






2017.12.17投稿


 
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