緑が一面に生い茂る壁に囲まれてその場所は少し陰鬱な気配をかもし出していた。
かつては植物生成プラントであったというこのクラウディスは、1000年の時を経て実験植物が繁茂してしまいあちらこちらから木々が生えている。
驚くべき生命力というべきか。海底に沈んでなお現在まで生命を紡いできた植物たちには感服する。生えては枯れ、それを肥料にまた新たな芽を出す。
けれどバルックがその生命の循環から連想するものといえば――悪や、悲しみの連鎖や、そういったものだった。
やはりこの世の中を正すには根本からやり直さなければならない。それが彼の信念だ。
今迫る敵とはその信念の違いだけ。いつの時代も意見のすれ違いが争いを生む。
「それにしても思った以上に敵の勢いは凄まじいな。ついにヘルレイオスまで陥したか」
あの都市の守備はイレーヌだったはず。まだ決意のできていないようだった彼女のことだから、自分から都市を明け渡したのかもしれない。各都市の防衛のため通信が制限されている今は彼女の生死も確認のしようがないが。
「ヘルレイオスのソーディアン開発施設が起動したのを確認しました。…あの娘。装置だけは破壊しろと言っておいたのに」
「ソーディアン開発施設が?では、彼らは破損していた…ソーディアン・イクティノスを修理したのか」
「地上軍ならば必ず修理します。更にあの施設で防御を破壊するものでも造られたら…ダイクロフトが裸の城になってしまう」
「そして残る障害である守護竜を止めにここへ来る、か」
いつも無口でいるカリナがこれだけ饒舌なのは、バルックでも久しぶりに聞いた。平静を装っているようでこの状況に心乱されているのかもしれない。
――いや、取り乱したさまなら海底洞窟でも見たか。
今までヒューゴの命令には一もなく二もなく従っていたあのカリナが、初めて抵抗して、自分で行動した。そう、他人のために。
こんな状況でなければ笑って頭でも撫でてやるところだったのに。弟ができたな、と言って。
「ソーディアンに私の力がどこまで通用するか。それとも話し合いでどうにかなればいいのだが」
「話し合いなど、」
「まあ、それが無理だからここまで来てしまったのだろう。各々の理想の方向が違っただけだというのにな」
不安に肩を揺らす姿だけ見ればまだ幼い少女だというのに。ここまで追い詰められてしまったのにはなにがあったのだろう。
ヒューゴはカリナの感情を煽って動かすのがとても上手い。海底洞窟でリオンに彼女を庇うようなかたちで残らせたのも、きっと罪悪感と捨てられることへの恐怖を募らせるためだったのだろう。カリナがマリアンを逃がそうとしていることなどとうに知っていたのだから。
けれど、ただそれだけでもない気がする。
カリナがバルックに預けられてカルバレイスにいたのはもうずっと前のことだったが、その頃から異様に何かに怯えていた。
「なあカリナ、聞いたことはなかったが…お前は何故ヒューゴ様の元にいるんだ?」
何を今さら、と彼女の目が眇められる。
と同時に、その緑眼の奥にわずかな恐怖が宿ったのが見えた。
「理由を聞いて、あなたに何の利益があるのです」
「ないさ。ただ、妹分の話を聞きたかっただけだ」
「…バルック殿とそう変わりませんよ。真の理想郷の実現。そしてあの方へのご恩返し。そうでしょう」
目を合わせることなく返ってきた答えはどことなくぼんやりとしていた。
本当に理由がそれだけかはわからない。カリナだって気が付いていないのかもしれない。自分に言い聞かせるように紡がれた言葉に、バルックは曖昧に微笑むことしかできなかった。
「まあ、そうだな。ヒューゴ様の創る世界のためなら私も覚悟はできているさ」
「……そう、そうですね」
「ヒューゴ様を頼んだぞ」
ぽん、と頭に手を乗せるとカリナの震えが伝わってきた。
この雛鳥のように弱い彼女を一人にしてしまうのは忍びないことだが、どうしようもないことだ。
バルックの心情を察したカリナが、ついに耐えきれないとばかりに白衣を握りしめた。
「許さない、私からみんな奪ってしまう地上軍の者なんて」
「奪い、奪われることがこの世界の常なんだ。その連鎖をなくすためには計画を成功させなければ」
「そんなのわかっている、けれど」
澄んだ瞳がバルックを見上げた。
純粋ゆえに彼女は意外とわかりやすい。
けれど、そんなカリナが訴えることに応えるには、もう状況は許してはくれなかった。
2018.04.23投稿
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