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「ヒューゴ!」

 スタンが吼えたのを皮切りに、皆はベルクラントへなだれ込んだ。
 制御室のモニター前にはヒューゴと――カリナがいる。彼女の顔半分は相変わらずマスクに覆われていたが、ルーティたちをしばらく見つめると小さく口を開けた。


「――リオンは、」
「ここまでたどり着いたということは、エミリオめ、失敗したな」


 カリナの言葉を遮るようにヒューゴが嘲笑う。
 その態度にカッとなって、ルーティはアトワイトを構えると真っ直ぐ壇上に立つ男へ向けた。


「悪行の限りはここまでよ!残念だったわね、ヒューゴ」


 やはり血は争えない、ということか。そんなことを彼は漏らした。何を言っているのだろう?ルーティの前にも誰かがそう言ったのだろうか。顔も知らないお母さん?それともリオン?
 そんなこと、訊けやしない。
 この男が自分の父親だったとしても許せないことがある。いや、父親だからこそ許せない。


「多勢に無勢では勝ち目はあるまい。すべてを捨てて降伏するんだな」
「降伏?馬鹿な。お前らはこの私には勝てはしない」
「負け惜しみはよせ!」


 挑発的なヒューゴにスタンが言い返す。しかしその笑みはおさまらない。
 どうしてこの戦力差で余裕でいられるのかと訝しげにしていると、中空から黒い刃の剣が現れた。しかも、アトワイトと同じように喋ったのだ!
 失われたはずのソーディアンだという禍々しい剣は構えただけで圧を感じる。


「どうだね、私は天地戦争における最強のソーディアンを手に入れたのだ。それでも勝てると言うつもりかね?」
「それでもやるんだ。イレーヌさんと約束した。お前の勝手にはさせない!」
「ほう、イレーヌとね」


 怯まず言葉をぶつけるスタンをおもしろそうにヒューゴが眺めている。
 ちらりとカリナを盗み見たが、彼女は拳を握りしめてイライラしているようだった。こんな不機嫌そうな様子を見せるだなんて、旅の間ではわからなかった。
 旅の最初、カリナのことはオベロン社総帥の娘だと聞いて良く思っていなかった。けれどそのことを謝罪しても彼女の態度は変わらなかったのだ。
 今思えばあの時にもっと話をしていたらと思う。だって、リオンはルーティのことを生き別れの姉だと言っていた。ヒューゴが父であるなら、カリナもルーティの家族かもしれないのだから。
 こんなことになってもまだ未練を捨てきれない自分にちょっと呆れる。
 カリナの様子をうかがっていると、ヒューゴが手を差し出した。


「そうだ、私と手を組む気はないか?共に新しい世界を築こうではないか」


 にやりと口角を上げているが、その表情は決して友好的なものではない。その瞳には嘲りが宿っている。
 ウッドロウがその提案を当然の如く跳ね除けたので、自分を奮い立たせるように同意を示した。
 ヒューゴの笑みは面白そうに深まるばかりだ。



「おやおや、つれないね…実の親が頼んでいるというのに」
「あ、あんたなんか、親だと思ったことなんて一度もないわ!」
「それを聞いて安心したよ。全員まとめて地獄に送る決心がついた」


 高らかにヒューゴの声が響いた。
 カッと顔が熱くなる。
 こんな奴のせいで、リオンは――弟は、死ななければならなかったなんて!


「許さない…許さないよ、ヒューゴ!リオンの仇は討たせてもらうからね!」
「ああ、俺たちは負けるわけにはいかないんだ!」
「だったら私を止めてみろ!この世界を命がけで守ってみるが良い!」


 黒い刃が闇を纏って空を切る。
 これはもうルーティだけの戦いではない。地上の命運が託された一戦だ。
 いつもよりピリピリと肌を刺す緊張感に、強くアトワイトを握りしめた。




『やったな、スタン!』
「どうだ、ヒューゴ!俺たちは約束を守ったぞ!」
「外殻は消滅させてもらう。これで元の平和な世界に戻るのだ」
「あなたの野望もここでついえたのです」
「自業自得だわ!」


 ヒューゴはベルセリオスを床に突き刺して、膝を折っていた。
 これでもうベルクラントは撃たれない。地上は助かったのだ。
 これから父がどうなるのか、それを思うと複雑だけれど――きっと、今までまったく関わったことのない家族なんてなんとも思わない。きっと。
 そう自分に言い聞かせていると、倒れ伏したヒューゴがルーティの方へ顔を向けてきた。


「おぉ…ルーティよ…」
「なによ!」
「すまなかった…」
「な、何を言い出すつもりよ!?」


 先ほどまでの態度とは急変した突然の謝罪に、ルーティはどうにかしてしまいそうだった。何故だか涙が溢れて声が引きつった。
 この後に及んで何を言うつもりだというのか。
 ヒューゴは絶え絶えに、力を振り絞るようにして言葉をかけてくる。


「…ベルセリオスの…支配を…お前を…巻き込み…無かった…すまない…」
「ヒューゴ?」
「我が娘よ…もう一度…もう一度…だけ…顔を…」
「お父さん?」
「…頼む…」
「お父さん!」
「…ルーティ…本当に…すま…なか…」
「だめ、死なないで!」


 ぱた、と伸ばされていた手が落ちた。
 ヒューゴへ駆け寄るルーティを皆が止めようとするのが見えたけれど、もしかしたら演技なんじゃないかだとか、不意打ちで攻撃されたらどうしようだとか、そんなことは気にしていられなかった。
 駆け寄って、アトワイトにありったけの力を込めて癒しの晶術をかける。
 それでも父の体は動かない。


「アトワイト!力を貸して、お願い!死んじゃう…」
『…もう、手遅れよ、ルーティ』
「うそよっ!そんなことない!」
『死んでしまった人間を生き返らせることは不可能なのよ』
「アトワイト…」
『わかってちょうだい、ルーティ』
「嫌よっ!そんなの嫌ぁっ!」


 許さないだとか、親だなんて思ったことがないなんて言ったのも放り出して泣き喚いた。
 ほとんど謝罪だったけれど、ヒューゴの言葉は確かにルーティへの愛情があった。今まで知らなかった、親からの言葉だった。
 なんだってこんな時に。邸で会った時はまるで他人行儀だったくせに。
 そんな、今頃になって優しい言葉をかけるなんて。
 ヒューゴの胸に突っ伏して泣くルーティの肩を、優しくスタンが叩いた。


「ヒューゴは…最期に君の顔を見れて、きっと幸せだったんだよ」
「スタン…」


 顔を合わせたのなんて今が初めてじゃないのに。
 やるせない思いに唇を噛む。
 と、床に刺さったままのソーディアン・ベルセリオスから声が聞こえた。


『そう、確かにその男は幸せだったよ』


 その言葉は、声こそ違うものの今まで聞いていたヒューゴの話し方と同じものだった。
 ハッとして声の方を見ると、ソーディアン・ベルセリオスが膨大な晶力を纏って光を放っていた。嫌な予感がする。
 良からぬ気配を察したのか一人冷静なウッドロウがベルセリオスに手を伸ばそうとした。だが、その指がソーディアンに触れる前に見えない壁のようなものに弾かれてしまう。


「触るな」
「カリナさん!?」
「なんでなのよ!なんであんたが!」
「……その剣に触れることは許さない」


 良く目を凝らすと、ソーディアン・ベルセリオスの周りを障壁のようなものが覆っているのがわかった。
 まさか。この状況でそんな行動をするのはカリナしかいないはずだけれど。でも、彼女は戦えなかったはずだ!


『これは…ソーディアンと同系統の晶術だと!?』
『ただの杖で使えるものではないはずじゃ!』
『まさか彼女もソーディアンを持っているのか?』
「天上の技術があれば容易いことだよ」


 驚きに声を上げるソーディアンたちに、再び聴き慣れない男の声が返事をした。
 どこから聞こえているのか?
 正体を探していると、少し離れたところに光が集まった。それは段々と人の輪郭を成すとついに表情がうかがえるまでにはっきりと形をつくる。


『まさか、そんなこと…』
「久しぶりだな、ソーディアンの諸君。それとも天上の王たる私の事など忘れてしまったかな?」
『ミクトランかっ!おまえは確かに倒したはず!』
「そう、私は天地戦争で死んだ。だが…これがベルセリオスの答えなのだよ」
『精神だけベルセリオスの中に逃げていたか!』
「ご名答。さすがに地上軍随一の知将だけのことはあるよ、クレメンテ」
「お前がヒューゴを操っていたのか!」
「そうだ。だから言ったではないか。その男は幸せだった、とな」


 ミクトランと呼ばれた男は、堂々と歩いてくるとソーディアン・ベルセリオスを床から引き抜いた。
 誰も攻撃できなかったのは未だ展開されている障壁のせいだ。
 カリナの唇は引き結ばれたままかたちを変えない。


「カリナ、なんでなの!?そいつはヒューゴを――お父さんを操っていたのよ!」
「ええ」
「…っ、だって!あなたはヒューゴの娘って!」
「私は地上人などの…ヒューゴ・ジルクリストの娘などではない」
「うそ、」


 痛くなるほど目を見開いた。
 何も言葉が出てこない。
 ヒューゴがカリナのことを娘だと言っていて、リオンはヒューゴのことを父だと言った。だったらリオンもルーティの弟で、カリナだって…。


「あたしたちを騙してたの?」
「嘘を言ったことはない」
「だったらどういうことなのよ!」
「あなたたちに話す義理はない」


 冷たく言い放つと、カリナは杖を構えなおした。
 動揺も何もしない彼女に憤りだけが募る。
 リオンとどういう関係だったかは知らない。けれど、何の感慨もなくヒューゴの娘ではないと言い放つ態度を見過ごせるほど、リオンに対して関心がないわけではなかった。


「っ、そんなんであたしが引き下がるとでも思った!?聞き出すまで諦めないから!」
「……ミクトラン様、どういたしましょう」
「ふん、くだらんな。虫けらどもの相手などお前一人で十分だろう」
「虫けらだと!」


 ルーティがカリナに向き合っている隙に、スタンはミクトランへと剣を向けていた。
 軽んじられているのが許せないというわけではないだろう。けれど敵の挑発に乗ったのは、地上人の誇りとか、ソーディアンマスターとしての使命とか、そういったものをまったく無視されたからかもしれない。
 背を向けるミクトランへ、真っ直ぐに、ディムロスと共に走って行く。
 そんなスタンを横目にルーティはカリナに聞きたいことで頭がいっぱいだった。
 しかし、次の瞬間膨らみ上がった圧力に一気に血の気が引いた。


「ならば思い知るが良い。私の本当の力をな!」
「ベルセリオスがっ!?」


 どす黒いオーラを纏ったソーディアンは、その闇をゆっくりと吸収し妖しく光を増した。刀身すら成長している気がする。
 どく、どくと脈打つように点滅し、圧倒的な力を周囲に振りまくそれはとてもアトワイトと同じソーディアンだとは思えなかった。


「どうだね、これがソーディアンの第二形態だよ」
『第二形態じゃと!?』
「なんというプレッシャーだ!」
「ベルセリオスは進化したのだ。さて、旧式ソーディアンで我々二人を相手にどう戦うつもりかな?」


 ミクトランの言葉を受け、カリナが再び盾になるように前に出てきた。
 あくまでこちらに対する気持ちは変わらないらしい。
 やはり戦うしかないのだろうか。何も聞けないまま?
 躊躇していたのはルーティだけではない。フィリアもカリナの姿に唇を噛み締めている。
 先んじて一歩前に踏み出したのはスタンとウッドロウだった。


「やってみなけりゃわかんないだろ!」
「ああ、我々にも譲れん理由があってな」


 二人の闘気に背を押され、フィリアもクレメンテを構えた。
 ルーティも歯を食いしばって二人へ向き直る。きっと真実を知るにはこうするしかない。
 いや、そんなことを言っている場合ではないのかもしれない。ソーディアン・ベルセリオスから溢れ出る晶力は濃密すぎて窒息してしまいそうだ。やらなければ、生き残れない。
 ソーディアン4振りと対峙してなおミクトランは余裕を崩さない。こちらが立ち向かう姿勢を見せると嘲りの笑みはより深まった。


「ならば身をもって感じ取るが良い。第二形態の威力をな!」


 彼がソーディアンを掲げると、重く空気が動いた気がした。
 肌を撫でる薄ら寒い空気に身を震わせるが、手も足も動かない。
 これが力の差か。
 悔しさの前に純粋な恐怖が心を支配する。
 視界を黒が覆った。


「――来たれ死の翼よ、ブラックウィング」


 叫び声をあげる間もなく、ルーティたちは倒れ伏した。あちこちが切り裂かれて、身体を動かそうとしても痛みに阻まれた。
 早く、皆に回復術を施さなければ。
 アトワイトをなんとか握りしめて晶術を詠唱しようとするが、傷のせいで集中が続かない。
 動けもしない彼らを見て笑うミクトランが憎い。目だけは仇を睨みつけるがそれ以外に何もできない。


「どうした、もう終わりか?威勢のよかった割に大したことがないな」
『スタン、しっかりしろ!』
『ルーティ!お願いよ、頑張って!』


 ソーディアンたちも声をかけてくれるけれど、上体を起こすこともできない有様ではなす術がなかった。
 上機嫌なのはミクトランだけ。彼はルーティたちに背を向けるとカリナに向けて合図を送った。


「せっかくだ。世界が闇に閉ざされる所を見るが良い――カリナ」
「…………はい」


 カッカッと頭が痛くなるような神経質な足音が空間に響く。
 カリナは緩慢に部屋の奥へと歩いて行った。モニターの前の、何か機械の操作盤のようなものが並んだところ。
 一瞬ためらうように指を固まらせて、けれどその後には止まることなく打鍵音が紡がれた。


「…ベルクラント、起動します」


 一際大きな音をたてて最後のキーを打った彼女は無感情に言った。


「ソーディアン諸君も見るが良い。天上世界の勝利の瞬間をな!」
『やめるんだ、ミクトラン!』


 床の下の方からけたたましい駆動音が鳴り響く。
 ガチャガチャと頭に響いてうるさい。脳内をかき回すような機械の唸りで、何もまともに考えることも許さない。
 止めないと。あいつは許さない。思い通りにさせるものか。身体が動かない。お父さん。
 いくつもの思考がぐちゃぐちゃに頭の中を巡る。
 定まらない視線がカリナとミクトランをぼんやり仰いだ。
 何かを言おうとして口を開いたが、痛みから来る呻きしか上がらなかった。
 そんなルーティを嘲笑い、尊大な男は高らかに言った。


「ベルクラント、発射だ!」


 一瞬、ふと見上げたカリナがこちらを向いた気がした。けれど確かめることはできなかった。
 床が大きく揺れて身体が宙に跳ねる。
 激痛に苛まれる中、男の声が鬱陶しく耳に刺さった。
 

「今の私にとって、すでにお前たちは殺すにも値しないな。ベルクラントと共に海中深く沈むがいい」
「くそ…ま、待て…」


 誰かの呻きが聞こえた。それに促されるようにルーティの喉が震える。


「どうして…カリナ…っ」


 モニターに向かったままの背中は動かない。
 霞む視界の中、彼女が拳を握りしめているのだけは見えた。
 ああ、こんなところで。真実も知らないまま死ぬのは悔しい。
 ギュッとアトワイトを握りしめて衝撃に耐える。
 お父さん、お母さん――リオン。
 祈るように顔を思い浮かべて歯を食いしばった。


「では。さらばだ諸君」


 その声を最後に視界は暗転した。







2018.05.13投稿


 
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