01

 ようやく一行の足が止まった。
 顔を上げるとヒューゴがこちらを振り返る。


「これでようやく天上が復活する」


 満足気な言葉が紡がれた。しかしそれは揶揄するような響きをもってカリナに向けられる。


「そう――カリナ。お前がここで奴らを止められさえすれば、な」


 気の毒なほどに青ざめ、カタカタと震えていたカリナの肩が跳ねた。
 ヒューゴはそれさえも愉快だとでも言うかのように嘲笑する。彼女が逆らうはずはないのだと知って、尚も言葉を重ねる。


「何を今さら嫌がる?前も同じことをしただろう。もっともあの時は失敗したが」
「あ、あれは…」
「最後に役に立ってみせろ、カリナ」
「は、い」


 安っぽい小振りな剣がカリナに渡された。
 鋭利とは言えないなまくら。切るというより殴打に向いたような平たい重そうな刃。
 剣も酷ければ、扱う方も酷かった。その構え方といえば、とても見られたものではない。震えた腕が頼りなさげに剣を支えている。
 これで、追っ手の足止めをしようというのか。


「どうした、リオン」


 険しい目つきで見てしまっていたのだろう、ヒューゴの矛先がこちらへ向いた。


「何か言いたそうだな」
「……」
「カリナが心配だとでも言うのかね?だがお前がなんと言おうと、"これ"は私の所有物だ。どう使おうが勝手だろう」
「まだ、そんなことを」


 拳を握りしめて精一杯睨みつけるが、尊大な男は歯牙にも掛けない。


「よもや、お前は違うとでも思っているのか?…私は別に構わないのだよ、お前が来てくれなくてもな。私は一人でも遂行する。お前はここに置き去りにされ、滅びを待つだけだよ。もちろん、この女もお前と同じ運命をたどる事になる。それなら本望かね?」


 無理にこちらを向かされたマリアンが小さく悲鳴をあげた。
 思わず出そうになった足をその場に貼り付ける。そしてせめてもの皮肉を言うことしかできない。


「…汚いやり方だな」
「ふ、何のためにこの女を連れてきたと思っているんだ。彼女は人質なのだよ。この女を助ける代わりに私に協力するという約束、忘れたとは言わんだろう?」


 ヒューゴの腕から逃れようと、マリアンも弱々しく抵抗するが拘束は揺らぎはしない。
 きっとここにいる誰もあの男には敵いはしないのだ。以前見せつけられた力の差は歴然たるものだった。だからと言って怯みはしないが、マリアンを傷付けない保証はない。
 従うほかに彼女を助ける術はないのだ。


「エミリオ、やめなさい。私はどうなっても構わない!こんな馬鹿なことに…」


 言葉でも抵抗しようとしたマリアンにヒューゴは眉根を寄せた。手段を選ばない奴は何をするかわからない。
 必死になって制止した。


「…っよせ!マリアンに手を出すな!おまえの言う通りだ。マリアンを助けてくれるなら、…僕はなんでもやる」


 言ったあとでカリナの言葉と自分のものが重なった。
 ああ、彼女と自分はどこまでも似ていて、どこまでも似ていない。
 カリナはまだ俯いて震えていた。そんな彼女とリオンとを見て、ヒューゴは満足げに頷く。


「ふふ、わかればいいのだよ。おまえがそういう態度でいれば彼女も死なずにすむよ。どうして最初から素直になれないんだ、エミリオ?」


 静かな目でヒューゴを睨め付けた。そして男の腕の中でまだ何か言いたげなマリアンを視線で制す。
 この支配者は自分に従順でない者に容赦がない。
 先ほど言っていた、カリナへの言葉。きっと敵の足止めだなんて言葉だけで、彼女はここで見捨てられるのだ。
 道具として、捨て駒にされるのだ。


「…僕はお前に従う。だがもう一つ条件があったはずだ」
「ほう?」
「姉さんはここには残らない。残るのは僕だ」


 くっ、とヒューゴが喉の奥で笑った。
 カリナがようやく顔を上げる。


「カリナ、聞いたか?エミリオはお前の身代わりになるそうだ」
「そ、んな…」
「勘違いしないでもらいたいな。僕はそんなふらついた構えでしか剣を持てないような人に任せていられないだけだ。僕なら敵もさっさと片付けられる」


 そうヒューゴを見据えて言えば、傍のカリナが剣を捨てて駆け寄ってくる。
 ほら、そんな簡単に武器を手放してしまうなんて。やっぱり彼女には難しい。


「だめ、やめて。あなたにあんな思いはさせたくない」
「…姉さんはこの計画のためにたくさん尽くした。だから、天上の復活する瞬間を見ればいい」
「あなたがいなければ、私は…」


 リオンの胸にすがるカリナの手を離し、ぐったりとした彼女の身体を、奥にいたバルックに預けた。
 その姿を見て、彼らに背を向ける。
 リオンがここに残ればカリナは追っ手と戦うことはない。それに、リオンが無事であってもなくても、結果がわからない以上マリアンの身柄は保障されるはずだ。
 カリナはリオンを護ろうとしていたが、最後に護ることができたのはリオンの方だ。少しだけ胸が空いた。


「さあ、行くぞ」


 バルックの声の後に扉の鍵が開けられる音が響いた。
 まだカリナは抗っているようだ。
 早く行ってくれ。
 目を瞑って待っていると、かすかに別の誰かの声が聞こえた。


「ん?どうやらネズミのお出ましのようだな」


 近くなってくる声に他の者たちも気付き、にわかに騒つく。
 イレーヌが小さく声をあげた。ヒューゴは誰が追っ手としてここへ来るのかわかっていたようだが、そうでない者もいたようだ。
 ――リオンも、薄々気付いていた。
 神の眼の危機とあらば駆り出されるのはまずソーディアンマスターたちだ。


「リオン!」


 カリナがバルックの腕から逃れたのか、再びこちらへ走り寄る。


「私を行かせて、どうしようというの。マリアンを助けられるのはあなただけではなかったの」
「…僕は、マリアンと――姉さんを護りたいんだ」


 ためらいがちに伸ばされたカリナの手がリオンに触れようとして、途中で落ちた。
 唇が震えている。


「私だって、あなたを…護りたかった」
「わかっているよ、姉さん」
「追っ手は…きっとソーディアンマスターたちだから、それなら…」
「また後で追いかけるから」
「お願い、お願い――」


 Wにげて"、と。
 カリナが声なく告げた。
 そんなことをヒューゴに気付かれたらどんな目に合うか。それでもリオンにそう言ったのは本心だからなのだろう。
 リオンは絶対に逃げることなんてないのに。やっぱり彼女と分かり合えることはなかった。
 それでも――分かり合えなくても、カリナはきっとリオンを大切に思ってくれたのだろうから。


「ほら、行って」


 笑顔でカリナに別れを告げた。







2018.02.25投稿


 
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