08

 認められたいと、そう努力すると決めたエミリオはこれまでよりも勉学に鍛錬にと励んでいた。
 それは大人も驚くほどの量と集中力で、幼い彼が日々こなすには難しいものに思われた。そして実際、そうだった。


『いきなり張り切るからですよ…』
「うるさい…シャル」
『僕もソーディアンチームに選ばれた時には特別メニュー!とか言ってハードな訓練を受けましたけど。それでも坊っちゃんがやっていたよりは易しいものでしたよ』


 そのまま滔々と話し出すシャルティエの声を途中から理解できなくなるほど、エミリオの身体は疲労で参っていた。熱に浮かされながらもベッドの上で歴史の教本を読んでいたが、一向に頭に入ってこない。


『坊っちゃん!大人しく寝ていましょうよ!』
「…ただでさえ今日は剣の鍛錬ができないんだ。勉強くらいはやらないと」
『そんなこと言ってー!』


 チカチカと激しく点滅するコアクリスタルを尻目に、ベッド際の机でメモを取りつつ本を抱え込む。
 おぼつかない、矯正したての右手での書きものが体調のせいで余計に揺らいだ。


「あっ」
『…ほら、だから言ったのに』


 ついに手が滑ってペンを床に落としてしまう。すかさず飛ぶ、シャルティエのお小言。
 それを聞き流しながらペンを拾おうとベッドから身を起こすと、途端にぐらりと視界がゆれて床に座り込んだ。


「エミリオ?」
「!……姉さん」


 扉の開く音が聞こえた。僅かながら目を見開いたカリナに、何かあったのかと怪訝に思う。


「どうしたんですか?」
「どうした、はあなたの方でしょう。どこへ行こうとしていたの?」
「いえ…ペンが落ちたから、拾おうとしただけで」


 タイミングが悪く、座り込んだところを目撃されたらしい。倒れそうになっていたのだと勘違いをされていたようだ。


「熱が出ているのに起き上がって本を読むなどするべきではない」
「でも、今日は何もできないから」
「それでまた熱が上がったり治らなかったりしたらどうするの?余計に長くベッドに拘束されるだけ」
『そうですよ!言ってやってください、カリナさん!』
「ぐっ…」


 二人から諫言を受け、ついにエミリオは追い詰められた。
 それでもせめてもの抵抗に教本を抱きかかえたが、あっという間にカリナに取り上げられてしまった。


「肩まで布団に入って寝ていなさい。薬は?」
「…苦いから」
「後で粥を持ってこさせるから。食べて薬を飲むこと」
「はい…」


 渋々エミリオが起こしていた身体を横たえると、カリナが布団を掛け直してくれた。胸のあたりをとんとんと優しく叩かれてどことなく安心する。


「そういえば、姉さんは何故ここに?」
「レンブラント殿から、あなたが大人しくしてくれないと聞いたから」
「…すみません」
「聞けばここ数日無茶な鍛錬をしたりしていたとか。何かあったの?」
「……」


 そんなことまで彼女に伝わっていたなんて。もしかしたらヒューゴまで話が行っているのではと寒気を感じる。


「無理には聞かないが。体調管理までできなければそれは努力とは言えない」
「でも、早く姉さんみたいに色々なことを任されるようになりたいんです!」


 そう言うと、カリナは口を結んで俯いた。目元は見えないが、きっと渋い顔をしている。



「あなたと私では生きてきた時間が違う。そんなにすぐ追いつけるようなものなら、私のしてきたことは何だったの」
「あ…。でも、」
「それに、あなたは私とは違う役割を与えられているのでしょう。今はそれをこなせば良いのでは?」
「…はい」


 まだ納得いかないながらも、エミリオは素直に頷く。
 今のまま日々のメニューを繰り返したところで、今までよりも飛躍的に成長できるわけがないのに。

「あなたはソーディアンを持っている」
「?はい」
「それがあなたに期待されていること。優秀な剣士になること」


 わかりきったことを言うカリナに首をかしげる。


「それは、日頃から鍛錬しています」
「今はまだ明確な目標がないから、何もできた気になれないのかもしれない。それでもあなたには必ず任せられることがあるから」


 意味深なその言葉に問い返そうとしたが、もう寝ろと濡らした手巾を額に落とされた。


「どうしろって言うんだろう…」
『そのうち、ヒューゴ様から指示でも来るんじゃないですか?』
「そのうちだって、いつかわからないものを待てと?」


 まったく、とカリナのいなくなった部屋でシャルティエに文句を聞かせた。その声を聞いた彼から苦笑いの声が返ってくる。
 先日の気まずかった雰囲気も忘れて、もしかしてカリナは自分の心配をしてくれたのだろうか。慌てた様子でもなければ、いつものマスクに隠れて表情だって見えなかったけれど。でも、そうだったらいいな。
 そんなことを考えて、エミリオの頬は少しだけ緩んでいた。
 シャルティエだけがそのことを知っていた。







2016.08.02投稿
2016.10.16改稿


 
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