09
ソーディアンの調整も終盤に差し掛かり、研究所の忙しさもひと段落してきた頃。
カーレルとディムロスが揃って研究所を訪れ、ハロルドと何かを話し込んでいた。
「今度の作戦ではラディスロウを使うことになる」
「エンジンも長い間使われていなかったからね。時間を見て、点検をしておいてくれないかな」
「はいはい!まったく、人をこき使うんだから」
「頼りにしているよ、ハロルド」
肩をすくめ半眼になりながらも、腕をならしてやる気をみせるハロルド。
その頼もしさに、マナも思わず気合を入れる。
「マナ、工具を持ってついて来て。他のみんなはソーディアンの作業を進めていてちょうだい」
研究室の奥にあった工具のケースを持ってくると、出口付近で待っていたカーレルが手を差し出してきた。
「重そうだね、私が持とう」
「いいえ。重くありませんし、基地まで行くのに戦闘も予想されます。邪魔になってしまいますから」
「遠慮なんてしないで兄貴に持たせておけばいいのよ〜。こっちは引っ張り出される方なんだから」
「お前にはもう少し遠慮という言葉を覚えてほしいがな」
そう言うとディムロスは、外へ出ようとしていたマナの手から工具をひょいと取り上げた。
の、だが。
「!?重い…な?」
「そうでしょうか」
すぐに腕を下げざるを得なくなった彼は、信じられないものを見るような目でマナと工具箱を見比べる。
「ふ〜ん、ディムロスの身体能力が何らかの原因で急激に低下したのかしら?解剖してみる?」
「いや、我がどうというよりも…カーレル、持ってみろ」
「うん?どれ……重いね」
かなりの力を入れて、重そうに持つ二人の成人男性にマナは首をかしげるばかりだ。
そんな顔を強張らせる二人とは対照的に、ハロルドは目をキラキラさせている。
「ぐふふ!あんた結構力持ちなのね〜。その服の下の腕はムッキムキだったりして☆」
「そんなことはありません。それよりも早く行きましょう」
「もう、ムッとしちゃって。わかったわよ」
床に置かれていた工具箱を軽々と持ち上げると、男性二人の間をすり抜けて部屋を出る。
その後も何かもの言いたげに視線を投げかけるディムロスとカーレルにうんざりしたマナが、うっかりドアの取手をもぎ外してしまったのには、さすがのハロルドもジト目を向けてくるのだった。
ラディスロウの点検をするということで、一応総司令であるリトラーに一言声をかけることになった。
司令室へ向かえば、そこではリトラーとクレメンテが何事かを話しているようだった。
「おや、ハロルドくんにマナくんか。 ラディスロウのエンジン点検のことならば話は通してある。早速取りかかってくれ」
「さっすが、仕事が早いわね!」
「こら、ハロルド!」
「さあ行きましょ、マナ」
カーレルが咎めるのも聞かず、ハロルドはひらひらと手を振って返すばかりである。
そんな地上軍最高権力者であろう人物と一兵士のやり取りを、目をまるくさせながら見ていたマナは遅れまいと慌てて一礼しハロルドを追いかけた。
「ちゃっちゃと点検してちゃっちゃと戻るわよ!早くソーディアンの調整に戻りたいんだから」
「ハロルド殿、総司令にあのような態度で良かったのですか」
「あんたまで兄さんみたいに口うるさいこと言うのね!」
やれやれ困ったもんだわ、と肩をすくめる彼女をどうすれば良いのかわからず、マナは先ほど聞いた言葉を思い出していた。
あの言葉を聞いた途端、ハロルドは少し嬉しそうな顔をして、聞き入れまではしないものの引き下がってみせたのだ。
だから、マナもそれに倣ってみることにしたのだ。
「こら、ハロルド」
「!」
ピタリと足を止めて振り返る彼女。珍しくきょとんとした幼い顔をしていた。
「なに、どうしたのマナ」
「…その、どうしたというほどのことではありませんが」
「なによ」
「あのような態度ではカーレル殿が気に病むと思います」
「はあ〜。あんなのなれっこよ、一度や二度じゃないんだから」
それもそれでどうなのだろうか。
地上軍ではハロルドのような上下関係ない態度が普通だというのでもなさそうである。
だからこそマナには彼女の態度がとても心配なものだったのだ。
「あれでは、総司令が気になさらないとしても、あなたに反発心を抱く輩が出てしまうのではないでしょうか」
上層部の者と親しく話す。それは、場合によって諸刃の剣となり得る。
ハロルドは強いから気にしないかもしれないが、気にしない故に気付かず足元をすくわれることだってあるのだ。
そう、思っていることを話してみれば、彼女はにやにやとこちらを見て笑っていた。
「マナってば、もしかして私のこと心配してくれてるの?」
きょとん。
今度はマナが驚く番だった。
「心配?」
「うんうん。あんたも他人を気にするくらい周りが見られるようになったのね〜」
ご機嫌で歩を進めるハロルドの背を、訝しげに見つめながら追いかけた。
マナ自信があまり理解していないようなことを、ハロルドが易々と見通してしまうのはとても悔しい。
「……置いていかないでください」
聞こえるかどうかの声で文句を言うと、マナよりもだいぶ小さい背が小刻みに震えた気がした。
――ラディスロウの動力部を動かす制御室へ行くと、そこには多くの管やコード、スイッチが入り乱れていた。
ハロルドは迷いもせずに端から順番に点検していく。
「左エンジンOK、右エンジンOK、予備バッテリーOK。エネルギー出力装置に伝達機関、姿勢制御システムも異常なしっと」
様々な機械を一瞥しただけで次々と結論を出すハロルド。
そのまま指差し点検をしながら制御室を一周して、はい終わりとあっさり手を払う彼女に疑問を投げかけた。
「…私がこの工具を持ってきた意味はあるのでしょうか」
「異常部分が見つかったら、あったかもね」
そんなことを言っているが、思えば自分の作ったものに絶対の自信を持つ彼女が、自ら調整したものの不具合など考えていたのだろうか。
そもそも、この工具箱だって彼女のよく使う研究室にあったのだから重いことくらいわかっていたはずである。
「遊ばれた…?」
「やーねえ!人聞きの悪い」
「ハロルド殿のことなんて一言も言っていませんよ」
「ぐふふ。まあ、いいデータとれたってことで☆」
――まったく、どうしようもない人だ。
マナは彼女にあとどれだけ振り回されることになるのだろうと、ため息をつくしかなかった。
2016.04.26投稿
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