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 シャルティエとの間に微妙な空気が漂ってから、それをどうすることもできずに幾日も経っていた。
 いよいよソーディアン完成の最終段階まで来ており、マナも開発チームと共に徹夜で研究所へ詰めていたのだ。


「さあ、後はソーディアンチームの連中の人格をコアクリスタルに投影すれば完成よ〜☆」
「ようやくここまでたどり着いたな、皆ご苦労だった」
「いえいえ、まだ投影させてからの作業もありますよ」
「最後まで気が抜けないな」


 一息つき、口々にねぎらい合うチームの面々。
 そんな彼らをよそに、マナは重い気持ちでため息をついていた。


「どったの、暗い顔しちゃって?」
「ハロルド殿」
「あ、また天上軍がどうとかいうのはなしね」
「それは…もう人前では言いません」


 あの時のことを思い出して目蓋をふせる。
 気にしていないと言ったのに、また持ち出してくるとは何とも彼女は意地悪だ。
 いたたまれず黙り込んでいると、彼女は唐突に言った。


「シャルティエのことならあんたが悩まなくても、兄貴やディムロスたちが何とかしてくれるわ」
「!どうしてそれを」
「そうねえ。理由はあんたの目の動きから呼吸の深さ、今朝食べたものの順番まで53通りはあるけれど…一番はカンね」
「そんなもので私を判断しないでください」
「あら!女のカンはカオス理論をも超えるって言葉、知らないの?」


 すべてを知った顔で胸をはるハロルドが、今のマナにはとてもうらやましく思えた。


「私、シャルティエ殿を励ましておきながら…結局何も言えなかったんです」
「あんたと私たちじゃ、過ごしてきた時間が違うのよ。あいつの扱い方だって兄貴たちの方がよく知ってる」
「私では役に立たないと?」
「適材適所ってやつよ。ここは男どもに任せて、あんたはまず自分のことをどうにかしなさい」
「私?」
「似てるのよ、あんたたち二人。だからお互い余計に心配になるし余計に気に障るの」
「そんな…」
「どっちかが変わらないと、歩み寄りようもないじゃない。時間をかけることね」


 どこまでも楽天的なのか、ハロルドはこれからたくさんの時間がマナにあるように言う。
 地上軍は天上軍に攻撃をしかけようとしているというのにだ。


「変わらなくても…変わらなければ、いいのに。いつまでもこの時間が」
「マナ?」


 無意識のつぶやきは、小さすぎてハロルドには聞こえていないようだった。
 それでも、マナの耳にはその自分の言葉がこびりついて離れなかった。


「いよいよソーディアンが完成するか」
「天上軍との戦にクサビを打ち込むことができる…」
「これで、最後の決戦に向かえますね!」


 ソーディアン研究施設として様々な機械の置かれた物資保管所の一画が、興奮と熱気に包まれる。
 既に装置の台座におかれたソーディアンたちは、それとは反対に厳かに刃を光らせながら鎮座していた。
 ――ソーディアン。天上軍を倒すために造られたという武器。
 マナは未だにそれらがどう使われるのかを知らされていなかった。それが、やけに不安にさせる。
 心なしか早くなったような鼓動に胸を握りしめる。


「――んじゃ、ちゃっちゃと終わらせますか。それぞれ位置についてちょうだい」


 ソーディアンチームの6人がそれぞれの剣の前に立つ。
 設置された装置によって各々の人格が読み取られ、コピーされ、コアクリスタルに投影されるのだ。
 もちろん失敗する可能性も0ではないだけに、そこに立つ全員の間に緊張が走る。


「これでよし…と。いくわよ!」


 ハロルドのかけ声とともに、まばゆい光が部屋に発せられた。
 目を開けることも困難な程の光量の中、マナはその誕生の瞬間を見逃すまいと目を凝らしていた。


「…上手くいった、のか?」
「ソーディアンチームの皆さん、どうですか!?」


 研究チームのメンバーが固唾を呑んで結果を待つ。
 それに応え、ソーディアンマスターたちはそれぞれの剣を手に取った。


「…驚いたな、データをとる時に使った試作品よりもはるかに使いやすくなっている」
「本当だ…握っただけで、すごさがわかります!この剣があれば、誰にも負ける気がしません…」
「これは本当に剣なのか?持っている感覚さえない。まるで自分の手の一部のようだ」


 驚きを顕にする、ソーディアンチーム。
 どうやら完全に成功したようだ。研究チームの面々もほっと胸をなでおろしたり、涙を流したりしている者がいる。
 そんな皆を見て、ハロルドは得意げに言った。


「この程度で驚かれちゃ困るわ。ソーディアンにはもっとすごい力があるんだから!」


 そう言ってカーレルからソーディアンを受け取ると、頭上に掲げて詠唱をする。
 空気がピリッとはじけたような感覚がしたと思えば、次の瞬間には大きな音とともに部屋の隅にあった装置が爆発四散していた。


「あちゃ〜、やりすぎちゃったかな



 ハロルドはそう軽く言うが、そのエネルギー量は半端なものではなかった。天上軍の兵器だって、あのような高火力の術は使えない。
 あんな力を持つ兵器が、6振りもある。どんな属性でも対応できる。
 マナは、ソーディアンの力を目の当たりにして、天上軍が負けるかもしれないと――初めて思った。


「まったく、おまえは天才だよ。我が妹ながら、時々そらおそろしくなる…」
「あら、今ごろ気づいたの?まったく、兄貴ってアホね」


 今ごろ気づいたの?その言葉はマナの耳にやたら大きくはっきりと聞こえた。
 このままでは、取り返しのつかないことになる。
 彼女は、地上軍は――不可能を可能にしてしまえるのだ。








2016.05.23 投稿


 
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