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ソーディアン完成の興奮冷めやらぬまま、チームのメンバーたちは晶術の説明を受けていた。
以前データを採るために使用していたシャルティエとディムロスですら以前との威力の差に驚いている。ましてや、他のメンバーといえば急に高火力の術を使えるようになり、コントロールに手間取っているようである。
そんな面々の様子を重たい気持ちで眺めていると、ハロルドがマナに声をかけてきた。
「マナ、ちょっと司令にソーディアン完成の一報を届けてちょうだい。向こうも準備しないとだしね」
それ以上そこにいたくなかったこともあり、マナは素直に従うことにした。
シャルティエと全く話せなかったことが気がかりではあったが、そこにこだわってどうにかなるということでもなかったのだ。
仕方のないことなのだ、きっと。
「それでは、私はラディスロウへ行きますので。失礼します」
「気をつけて行くんだよ」
カーレルの声を背に、ソーディアン研究所に背を向けた。
扉の向こうでは賑やかな声が聞こえる。
ベルクラントに撃たれたという物資保管所は、ソーディアン研究所を除けば後はボロボロ廃墟だ。その瓦礫を乗り越え、外へ出る扉を開ければ一気に視界は白に埋め尽くされた。
「ソーディアン…意思を持つ、剣」
ぽつりと呟いた言葉は白い呼気となって空中に霧散する。
それらをひろいあつめたくて、胸の前でぎゅっと手を握った。
「彼らはあれを使って何をする?ダイクロフトに突入して、中枢部を抑える?そうしたらあの方は、ミクトラン様は…?」
考えたくはない、最悪の事態ばかりが頭をよぎる。
あの時、ベルクラント開発チームを逃したりしなければ。マナが天上軍の、自分の境遇から逃げようとしなければ。彼らを止めていれば――こんなことにはならなかったのではないか?
「わ、たしの、せいで…」
膝から力が抜け、その場に座り込んだ。
頭が真っ白になり、胸から首までがすっとなくなったような感覚がはしる。雪のせいではない寒さで全身がガクガクと震える。
「どうにか、しなければ」
絞り出した声と共に何とか立ち上がると、足を引きずるようにして前に進んだ。
外殻が落とす影に入るたび、心臓を掴まれたような心地になりながら。
荒い呼吸に気づかないふりをしならがら。
なんとかラディスロウにたどり着けば、作戦室ではリトラーが兵士たちと打ち合わせをしていた。
彼はマナを認めると、手をかざして部下との話を打ち切りこちらを向く。
「マナくんか。ソーディアン研究所の様子はどうだね?」
「完成、したようです」
ひゅうと空気を吸いながら何とか答える。
リトラーはその朗報に目を輝かせると部下に素早く指示を出す。そして、その様子を顔面蒼白のマナが見ているのに気付くとこう言った。
「君も疲れているだろう…あとはソーディアンチームの仕事だ、ゆっくり休みたまえ」
確かにもう、研究チームの一員としての作業はない。考えを整理するためにもとラディスロウを後にすることにした。
そうして、自室への雪道を重い足どりで歩む。
と、ラディスロウの傍の方から兵士が出てきた。
「あの、もしかしてハロルド博士のお手伝いをしていた方ではありませんか」
「そうですが…何か?」
「ああ、よかった。ラディスロウを浮上させるための機関がちょっと不安定になっていて。ハロルド博士に診てもらえればいいんですけど、今は忙しいでしょう?」
「ええ。それで…私に、どうにかできないかと言うのですね?」
困り顔で相談してくる兵に、とりあえず機関部を見せてもらおうと案内してもらう。
作業があるなら、していたい。手持ち無沙汰だと余計な考えが頭で渦巻いて重い気分にしかならない。
機関部に着いてみると、確かにレンズエネルギーの出力を表示するメーターがぐらぐらと左右に振れていた。
「ああ、どこかエネルギー伝導部が緩んでいるだけのようですね。これならば私にも治せそうです」
「本当ですか!?良かった」
「ただ、工具が…ハロルド殿の部屋にあるでしょうか。取ってきます」
そう言って兵士と別れると、一度ラディスロウの中に戻る。中では突入作戦に備えてか居住スペースだったところからの民間人の退避や、資材の整理などが行われていて人が入り乱れていた。
その中でハロルドの部屋を見つける。以前シャルティエと話した時に場所は教えてもらっていた。
そこは個人のラボも兼ねているらしく、様々なレンズ機器の試作品があちこちに置かれていた。その多様さはそのまま彼女の能力をあらわしている。
「これは、」
その中に、見覚えのあるものがあった。
ソーディアン――試作品だろうか、誰のものともかたちが違う作りかけのものだ。
そしてその傍らには。
「コアクリスタル…?いえ、ずっと純度が低い、これは…劣化クリスタルか?」
表面はなめらかだが、全体にうっすらと曇りがある。コアクリスタルとして使うには足りなかったのだろうそれ。
天上軍でも見たことがあった。同じようなソーディアンを作ろうとしていたのかはわからないが、地上軍のソーディアンに天上軍の技術が使われていることがありありとわかってしまった。
「何か、止める方法は…」
劣化クリスタルを手のひらでもてあそびながら呟くが、答えなど返ってこない。
マナはどうしようもなく部屋を後にした。
当初の目的通り工具箱を持って機関部へ向かう。
そこは細く狭い通路に様々な装置が詰め込まれた空間で、ラディスロウの制御部と繋がってはいるものの静かで寂しい場所だった。
その隙間にうずくまって作業をする。
と、ふと一つの考えがよぎった。
「このまま不具合を残しておいたら…不具合を作ってしまえば、彼らは飛べない」
そうすれば――と思ったが、良く考えれば不具合などすぐにハロルドに見つけられてしまうだろうし、少しの時間稼ぎにしかならない。
それに何より、機械をいじって調子を悪くさせるなど研究に携わるマナにはとても抵抗のあることだった。
「だめ。もっと…何か」
「……すの…とさ……る…」
「!?誰かいるのですか?」
不意に聞こえてきた話し声。
それにハッとしてあたりをみまわすが、誰もいない。それどころか機関部にも人がいない。
普段ならば誰か詰めているはずなのだが。
「…ぃ…ち……くと」
それでもなお聞こえてくる声を辿れば、壁に金属の丸いふたが並んでいるのが見つかった。そこから声がわずかにだが聞こえてくる。
伝声管だ。司令室にも繋がっている。
つまり、司令室でリトラーが誰かと話しているのだ。それが伝声管を伝って漏れ聞こえている。
マナは全身の神経を集中させてその会話を聞き取ろうと研ぎ澄ました。
「…ディアンチームの仕上がりはどうかね」
「今、晶術をコントロールする練習をしているところ。でも明日には十分作戦にうつれるわ」
「そうか、ようやくだな。これで天上軍を…ミクトランを討つことができる」
「あとは兄貴たち次第ってわけね。ま、なんとかなるっしょ」
ハロルドだ。
それよりも、彼らは何と言っていただろう?
明日?ミクトランを討つ?
思ったよりも時間は少なく、ことが重大だったことを思い知らされた。
――ハロルドは敵撹乱部隊として戦いに出向くと聞いたが、マナを含め研究チームは地上に待機することになっている。彼らを止めるには、ラディスロウを止めるか、それとも彼ら自身を止めるか、それしかないのに。
「地上で彼らに挑んでも、慣れない環境ではきっと向こうの方が有利。でも…」
ダイクロフトに来るのは"少数精鋭"。
人数が少なければ、マナにも何とかできるかもしれない――。
「皆と、戦うことができるのか」
地上軍で過ごした時間は、わずかながらとても充実したものだった。
そんな彼らと、対峙した時に自分は攻撃をすることができるのか。
「…………私は、天上人だもの」
初めから、それしか答えはなかったのだ
2016.06.02投稿
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