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 一度決めてしまえば、すべきことはすぐにわかった。
 ダイクロフトに着いたソーディアンチームや撹乱部隊を迎え討つには、まずラディスロウが離陸する時に中に潜んでいなければならない。しかし急にラディスロウから姿を消してしまえば当然怪しまれる。
 そこで、自室に細工をすることにした。
 まず、ベッドの枕元にレンズ製の音声レコーダーを置いた。
 そこからコードを扉まで伸ばし、ドアノブを下げた時にレコーダーのスイッチが入るように配線する。
 これで、誰かがマナを探しに来ても、中に入ろうとした時に扉の向こうからマナの声が聞こえるはずだ。


「入らないで。放っておいてください」


 そう聞こえるのを確認し、外に出て扉の鍵を閉めると、そのまま鍵穴に鍵の先端が残るように奥で破壊した。合鍵があっても開けられないように。
 壊れた鍵の上部は、外に積もった雪の中に埋めておいた。
 ――そう、地上軍のものなど、ましてや壊れたものなど、持っていても仕方ない。


「あとは、ラディスロウのどこに潜り込むか…」


 ラディスロウは元々輸送艦ということもあり、隠れるスペースならばたくさんあるだろう。しかし、それも補給品や武器などを積むスペースとして使われるだろうし、必然人の出入りも激しい。それだけ見つかるリスクが増してしまう。
 ならば、どこに隠れるか?





 ――あの部屋。
 明日の作戦に参加するため、部屋が空いている可能性が高く。
 様々なものが散乱していて、隠れやすく。
 武人というよりも研究者であり、比較的人の気配には敏感でない。


「ハロルド殿の、部屋」




 明日の作戦に向けて皆がせわしなく動きまわる中、それとなくハロルドの私室へ入るのは造作のないことだった。
 本人が部屋にいたらどうしよう、と内心緊張していたが、やはりソーディアンチームやリトラーとの打ち合わせに忙しいのか姿はない。
 ざっとあたりを見まわし、隠れるのに良い場所はないかと探す。ソーディアン製作の作業のためか、作業机であろう台の周りには様々な部品が散らかっていた。
 隠れ場として、まずはベッドの下が目に入ったのだが、さすがにあそこで寝られたら至近距離で身を隠すことになる。その場合気付かれないようにするのは難儀に思えた。
 あとは、クローゼット、鏡台、いくつかの棚箪笥…飛行機械に取り付けられるようなエンジン。


「このエンジン…」


 かなりの大きさがあり、中は筒状になっている。口は狭いが、どうにか身体をねじ込めないこともない。
 中を照らして覗いてみても、中途半端なところで身体がつっかえたり、浅くて入りきらないということもなさそうだ。
 足から入れ、全身がエンジンの中に収まった。スペースには余裕がある。ずっと同じ体勢でいる必要はなさそうだ。
 楽な姿勢をとると、持っていた黒い布を被る。人の肌は思うよりも光を反射するため、万が一にも気付かれないようにだ。
 そこまでして一息つくと、部屋の扉に誰かが近付くような足音がした。


「へえ、マナが?ラディスロウのエンジンなんて治せたのね、あの子」
「ほんのわずかな部品の緩みだったらしいです。もう修理も終わって自室へ戻られているかと」
「わかったわ、行ってみる」


 ハロルドの声だ。
 こんなにも早く帰ってくるとは思わなかった。もう少し遅かったら間に合わなかっただろう。思わず胸をなでおろす。
 と、身体を強張らせていたのだが、いつまでたっても一向に彼女が部屋へ入って来る気配がない。
 もしかすると、中にいるのがわかってしまったのか?ハロルドはどこから何を思いつくか予測不能だ、十分にあり得る。
 しかし、それから10分、30分、果ては一時間待てど部屋に誰かが入って来ることはなかった。
 ――そうしてもう明日の作戦まで戻らないのかと思いかけた頃、ハロルドがようやく部屋に帰ってきた。
 さすがに疲れているのか、足音はまっすぐ部屋の奥の方へと向かう。数秒後にスプリングの音。ベッドにダイブしたのだろうか、ビョンビョンとしばらく跳ねていた。


「あ〜あぁ、これでしばらくソーディアン開発とはおさらばね。次に大きな研究ができるのはいつかしら」


 誰かに話しかけているのか?いや、独り言らしい。ぼそぼそと枕でも抱えながら言っているのか、少し声がくぐもっている。


「天上軍との戦争も明日で終わり…か」


 はぁ、とひとつため息をつくハロルド。


「あの子、戦争が終わったらどうするのかしら」


 ぐっ、とマナの身体が強張る。


「天上軍の方に行くなら、地上軍の決定次第だからどうなるかわからないけど……。このまま地上軍にいるんだったら、私のところでしごいてあげようかしら。ぐふふ」


 楽しそうな声が部屋に響く。
 ハロルドは――マナが天上軍と地上軍の間で揺れていることを知っていたのだ。彼女なら気付いていると思っていた。それでも何も聞かず、何も言わずに自分の側に置いておいてくれたのだ。
 それが本当に良かったのか、マナにはわからない。
 今となってはさっさと牢にでも入れておいてくれればと思う。


「……兄さん…明日は…」


 ハロルドの独り言は段々小さくなっていく。
 彼女も研究チームとともに徹夜続きだったのだ。外見よりはずっとタフな彼女も、さすがに疲れているらしい。次第に穏やかな寝息だけが聞こえるようになった。


「…………ごめんなさい……」


 小さく小さく呟くと、マナは目を閉じた。
 自分も明日に備えなければ。
 きっと、今までで一番長い日になる。








2016.06.14投稿


 
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