13
一度決めてしまえば、すべきことはすぐにわかった。
ダイクロフトに着いたソーディアンチームや撹乱部隊を迎え討つには、まずラディスロウが離陸する時に中に潜んでいなければならない。しかし急にラディスロウから姿を消してしまえば当然怪しまれる。
そこで、自室に細工をすることにした。
まず、ベッドの枕元にレンズ製の音声レコーダーを置いた。
そこからコードを扉まで伸ばし、ドアノブを下げた時にレコーダーのスイッチが入るように配線する。
これで、誰かがマナを探しに来ても、中に入ろうとした時に扉の向こうからマナの声が聞こえるはずだ。
「入らないで。放っておいてください」
そう聞こえるのを確認し、外に出て扉の鍵を閉めると、そのまま鍵穴に鍵の先端が残るように奥で破壊した。合鍵があっても開けられないように。
壊れた鍵の上部は、外に積もった雪の中に埋めておいた。
――そう、地上軍のものなど、ましてや壊れたものなど、持っていても仕方ない。
「あとは、ラディスロウのどこに潜り込むか…」
ラディスロウは元々輸送艦ということもあり、隠れるスペースならばたくさんあるだろう。しかし、それも補給品や武器などを積むスペースとして使われるだろうし、必然人の出入りも激しい。それだけ見つかるリスクが増してしまう。
ならば、どこに隠れるか?
――あの部屋。
明日の作戦に参加するため、部屋が空いている可能性が高く。
様々なものが散乱していて、隠れやすく。
武人というよりも研究者であり、比較的人の気配には敏感でない。
「ハロルド殿の、部屋」
明日の作戦に向けて皆がせわしなく動きまわる中、それとなくハロルドの私室へ入るのは造作のないことだった。
本人が部屋にいたらどうしよう、と内心緊張していたが、やはりソーディアンチームやリトラーとの打ち合わせに忙しいのか姿はない。
ざっとあたりを見まわし、隠れるのに良い場所はないかと探す。ソーディアン製作の作業のためか、作業机であろう台の周りには様々な部品が散らかっていた。
隠れ場として、まずはベッドの下が目に入ったのだが、さすがにあそこで寝られたら至近距離で身を隠すことになる。その場合気付かれないようにするのは難儀に思えた。
あとは、クローゼット、鏡台、いくつかの棚箪笥…飛行機械に取り付けられるようなエンジン。
「このエンジン…」
かなりの大きさがあり、中は筒状になっている。口は狭いが、どうにか身体をねじ込めないこともない。
中を照らして覗いてみても、中途半端なところで身体がつっかえたり、浅くて入りきらないということもなさそうだ。
足から入れ、全身がエンジンの中に収まった。スペースには余裕がある。ずっと同じ体勢でいる必要はなさそうだ。
楽な姿勢をとると、持っていた黒い布を被る。人の肌は思うよりも光を反射するため、万が一にも気付かれないようにだ。
そこまでして一息つくと、部屋の扉に誰かが近付くような足音がした。
「へえ、マナが?ラディスロウのエンジンなんて治せたのね、あの子」
「ほんのわずかな部品の緩みだったらしいです。もう修理も終わって自室へ戻られているかと」
「わかったわ、行ってみる」
ハロルドの声だ。
こんなにも早く帰ってくるとは思わなかった。もう少し遅かったら間に合わなかっただろう。思わず胸をなでおろす。
と、身体を強張らせていたのだが、いつまでたっても一向に彼女が部屋へ入って来る気配がない。
もしかすると、中にいるのがわかってしまったのか?ハロルドはどこから何を思いつくか予測不能だ、十分にあり得る。
しかし、それから10分、30分、果ては一時間待てど部屋に誰かが入って来ることはなかった。
――そうしてもう明日の作戦まで戻らないのかと思いかけた頃、ハロルドがようやく部屋に帰ってきた。
さすがに疲れているのか、足音はまっすぐ部屋の奥の方へと向かう。数秒後にスプリングの音。ベッドにダイブしたのだろうか、ビョンビョンとしばらく跳ねていた。
「あ〜あぁ、これでしばらくソーディアン開発とはおさらばね。次に大きな研究ができるのはいつかしら」
誰かに話しかけているのか?いや、独り言らしい。ぼそぼそと枕でも抱えながら言っているのか、少し声がくぐもっている。
「天上軍との戦争も明日で終わり…か」
はぁ、とひとつため息をつくハロルド。
「あの子、戦争が終わったらどうするのかしら」
ぐっ、とマナの身体が強張る。
「天上軍の方に行くなら、地上軍の決定次第だからどうなるかわからないけど……。このまま地上軍にいるんだったら、私のところでしごいてあげようかしら。ぐふふ」
楽しそうな声が部屋に響く。
ハロルドは――マナが天上軍と地上軍の間で揺れていることを知っていたのだ。彼女なら気付いていると思っていた。それでも何も聞かず、何も言わずに自分の側に置いておいてくれたのだ。
それが本当に良かったのか、マナにはわからない。
今となってはさっさと牢にでも入れておいてくれればと思う。
「……兄さん…明日は…」
ハロルドの独り言は段々小さくなっていく。
彼女も研究チームとともに徹夜続きだったのだ。外見よりはずっとタフな彼女も、さすがに疲れているらしい。次第に穏やかな寝息だけが聞こえるようになった。
「…………ごめんなさい……」
小さく小さく呟くと、マナは目を閉じた。
自分も明日に備えなければ。
きっと、今までで一番長い日になる。
2016.06.14投稿
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