【幕間・ハロルド曰く-2】
ソーディアンチームに晶術の指導を終えたハロルドは、地上軍拠点に戻って来ていた。物資保管所からの道のりで新兵器の実地訓練も兼ねて戦闘をしてきた一行は、少なからず息をきらしている。
とりあえず他のメンバーは休ませ、ハロルドは現状報告をするために一人でリトラーの元を訪れた。
リトラーは他の兵士と明日の打ち合わせをしているらしく、手が空くまで少々待たされることとなる。そうしてしばらくすると、やっと彼はこちらを向いた。
「ハロルドくん、ご苦労だった。ソーディアンチームの仕上がりはどうかね」
「今、晶術をコントロールする練習をしているところ。でも明日には十分作戦にうつれるわ」
「そうか、ようやくだな。これで天上軍を…ミクトランを討つことができる」
「あとは兄貴たちの頑張り次第ね。ま、なんとかなるっしょ」
ウインクをしながら言えば、彼も憂いもなく笑む。地上軍の勝利を確信しているのか――いや、勝つしかないのだ。
明日行われるのは、すべての物資、人員、技術を投入して行われる、最後の決戦なのだ。
圧倒的戦力差を、不利な方が覆す。ハロルドの腕の見せどころであり、最も胸の高鳴る状況。彼女の気は昂ぶっていた。
「…しかし、一つ気になることがあるのだが」
先ほどの惑いひとつない顔から一転、地上軍総司令は気難しげな顔をする。
「なあに?この私がつくったソーディアンに何か不安なことでもあるっていうの?」
「いや、ソーディアンやソーディアンチームには何も憂えてはいないさ。だが…」
「司令にしてはもったいぶるわね」
「うむ…」
どうにもはっきりしない。この男がこんなにも難しい顔で口ごもるなど、余程難解なものか、それとも確信が持てていないのか。
それでも彼は、気になったのだが、と前置きをして話し始めた。
「マナくんの最近の様子はどうだね」
「どうって…普通だと思うけど」
「そうか。いや、変なことを訊いたな」
「あの子が地上軍の害にならないか心配しているのかしら?一応、作戦の詳細は話さないようにみんなで気をつけてはいるけど」
なおも歯切れの悪いリトラーに質問を突きつける。ハロルドはまわりくどい話は効率が悪くて嫌いだった。
「それはやはり、ベルクラント開発チームのメンバーからの提案かね?」
「そうよ。あの子は天上軍を裏切って来たわけではないから、天上の不利になるようなことはしないだろう。もし不利になるようなことがあれば阻止するかもしれない、ってね」
「君やアトワイトくんたちと打ち解けたと聞いて、地上軍に味方してくれるかと思ったのだが…イクティノスくんへの情報提供ははぐらかしたらしい」
「ああ、ダイクロフト中枢部の構造を聞き出そうとしたあれね。はぐらかしたっていうならこっちになびいてる感はあるけど」
「それに、先ほど…」
そこでリトラーは眉根を寄せた。明日の作戦にかかる不安要素は全て取り除いておかなければならない、総司令としての責任からだろう。
「先ほど、彼女がソーディアンの完成を報告しに訪れた」
「ええ、私が頼んだのよ」
「その様子がどうもおかしかったのだ。顔色がとても悪く…微かに震えているようだった」
彼女にとって天上軍とはそんなにも大切なものなのだろうか?ハロルドは疑問に思った。
マナをそこまで多くの時間見ていたわけではない。だが、彼女の置かれていた環境が本人にとってそう喜ばしいものではなかったように思えるのだ。
それなのに、何が彼女をそんなにも天上軍のためと突き動かすのだろうか。
命題を解くための要素が足りない。ハロルドはその材料を探しに行くことにした。
「マナは明日まで、私が気をつけて見ているわ。作戦に支障は出させない」
「ああ、くれぐれも頼んだぞ」
ハロルドはマナの部屋へ真っ直ぐ足を運んだ。
マナの部屋は、一般兵たちの宿舎の端にある。研究チームたちはまとまってそのフロアに部屋が与えられているらしい。
地下に穴を掘ってつくられている部屋が並ぶ通路を歩くと、ラディスロウ内の自室よりも湿気を感じた。こんなところにぬいぐるみや服を放り出しておいたら、すぐにカビてしまいそうだ。ハロルドは少し眉をしかめた。
「ねえマナ、いるんでしょ?厨房で干した果物もらってきたの。一緒に食べましょう」
ドア越しに、ガサガサと甘味の入った袋を振ってアピールする。ここへ来る途中におしゃべり材料として調達してきたのだ、とびきりの貴重品を。
それでも、マナの部屋から返事はない。
「ちょっと、聞いてるのー、マナ?この私を無視しようだなんて、いい度胸ね!」
ガチャガチャッ。
反応のない扉が開いてはいないかとドアノブを掴んで押したり引いたりしてみるが、しっかり鍵がかかっている。ラディスロウと違い素朴な作りの地下宿舎は、鍵までアナログなのだ。
と、扉の向こうから声が聞こえてきた。
「入らないで。放っておいてください」
きょとん。
ハロルドは言われた言葉に目を見開いた。
少し震えたような、かたくて細いマナの声。
いや、それよりも。以前に研究室で声を荒げ飛び出した後、アトワイトが訪ねた時は難なく入れたというのに。誰にも会いたくないほどにあの子は思いつめていたというのか。
いったい何が彼女に天上を想わせるのだろう?科学者の好奇心がくすぐられてしまう。
「話してごらんなさいよ、この天才科学者ハロルド・ベルセリオスが解決してあげるから☆」
ドンドンと扉を叩き、これでもかと詰め寄る。
しかしそれでもうんともすんとも言わない扉に、近くの部屋で徹夜明けの睡眠を堪能していた研究チームの一人から絞り出すような声で止めてくれと言われたこともあり、ハロルドは匙を投げるしかなかった。
語らない相手を説得はできない。それに、何も聞かずそっとしておいた方がいいこともあるのだろう――先ほどまでの行動は置いておくことにした――と、マナが出てきたようなら知らせるように隣の部屋に言い置いて去ることにしたのだった。
それにしても、アトワイトの時は招き入れて自分は門前払いとは。
「いい度胸じゃない?明日帰ってきたら、覚えておきなさいよ!ぐふふ」
悔しいような、ムズムズする想いを抱えながらも、ハロルドはマナの部屋を離れることにした。
明日すべてが終わったら、お仕置きと称して色々と実験をさせてもらおう。そのためにも、もう部屋に戻って休むのだ。
マナはどんな反応をみせてくれるだろう?ハロルドの胸は明日の決戦とその後のお楽しみで高鳴るのだった。
2016.07.11投稿
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