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 上下に揺さぶられるような振動。
 暗闇の中でずっと息を潜めていたマナは、その衝撃でようやく目を覚ました。辺りの気配をうかがってみたが部屋には誰もいない。もうハロルドは作戦室へ行ったのだろうか。
 とすると、この振動はラディスロウが離陸したためのものにしてもずいぶんと揺れる――。


「っ!?」


 唸るような機械音。
 かすかに聞こえたリトラーの声。
 大きな揺れ。
 悲鳴。


「ベルクラントが発射された…?」


 あの機械音には聞き覚えがあった。以前は制御室で聞いたものだが、それと同じかもっと近いくらいの距離かもしれない。
 ラディスロウに向けての攻撃か。この機体はどうなったのだろうか。
 考えている間に、ぐんっ、と身体が重くなる。
 この様子だと、ベルクラントの砲撃を避け、次の発射までにダイクロフトへ強行突入するために速度を増したのだろう。
 状況を把握するためにも隠れていたエンジンの中から出る。見渡したハロルドの部屋は、棚の上からあらゆるものが振り落とされてひどい惨状だった。


「……」


 ――ラディスロウが、墜ちてくれればもう何も考えずに済んだのに。
 そうは思えど、ラディスロウは速度を増すばかり。そして再びの大きな衝撃とともに完全に停止する。


「始まってしまった…、行かなければ。私が、止めないと、」


 ぐっと歯を食いしばり、拳を握る。
 外へ出よう。
 ここからだと司令室からの扉でしか外へは繋がっていないが、いないはずの自分がすんなりと出て行けるとは思えない。
 ならばと、司令室から外へ続く扉の真下にあたる位置に立つと、そこの壁に手を当てた。


「…はあっ」


 足下からふつふつと黒い炎が立ち上る。熱によってドロドロと壁が溶け出した。
 外が見えるまで溶けると、辺りの喧騒も聞こえるようになる。ラディスロウの警備に当たっている人数はそう多くはなさそうだ。
 最低限に空いた穴に身体を捻り込み、そこから少し離れた足場へしがみつく。ダイクロフトのフロアとの段差がありそこも登らねばならない。ぐっ、と手と足に力を込めて一気に駆け上がった。


「だ、誰だ!?」
「あれ、君はハロルド博士のところの…?」
「なんだ、味方か」
「いや、でもどうしてこんなところに?もう博士たちは…」


 戸惑い、何も言わないマナをちらちらと窺う地上軍の兵士たち。
 マナを知っているということは、言葉を交わしたことがあったのだろうか。何か関わったことがあっただろうか。
 それを思い出そうとしても、詮無いことだ。


「どいてください。ソーディアンチームを追います」
「一緒に行くのに遅れたのか?しかし…」
「待て、非戦闘員が何故ソーディアンチームの方々と行動を共にする必要があるのだ」
「答えるつもりはありません」
「おい、どういうことだ?」


 兵士たちは話し合ったり質問をしてきたりしているが、このまま問答を続けていても時間を食うだけだろう。このままリトラーに話が行きでもすれば、それもまた面倒だ。


「もう一度言います、どいてください」
「目的を言わないならば通せない。それか司令に話すんだな」
「そうですか」


 そう、彼らがどいてくれないのならば仕方がない。
 一度瞑目し、またゆっくりと目蓋を持ち上げる。重たい腕をまっすぐ伸ばすと、兵士たちの姿を隠すように目線に翳した。


「――ブラックホール」


 空間にじんわりと闇が広がり、兵士たちを呑み込んでいく。彼らは苦悶の表情を浮かべ空気を求めるように口を動かしていたかと思うと、眼を見開いて次々と絶命していく。
 その様子を無表情で眺めていたマナは兵士たちがいなくなったのを見届け、何ごともなかったかのように息を吐いた。
 邪魔になった亡骸を避けつつ、ソーディアンチームの行き先を探る。


「あの方のところへ行くなら、この転移装置を使うはず」


 この転移装置からならば神の眼の側へ続く通路に出られるはずなのだが、何故かそこは起動していない。
 先に、ダイクロフトの制御室を制圧されてしまったのだろうか。


「……」


 制御室へ向かうためのエレベータがあるフロアへ最短で向かう扉も瓦礫で塞がれている。おそらく地上軍は少し遠まわりをして行ったはず。


「追いつけるかもしれない」


 瓦礫を取り除き、エレベータ室への階段を駆け下りる。
 蒼白く輝く壁とところどころに繁茂するつる草。見慣れた世界、いつもの空気のにおい。
 ――帰ってきたのだ。
 生まれてからずっと過ごしてきた日常に。
 逃げられるはずも、他の何かになれるはずもなかった。マナは天上人なのだ。
 スッと開いた扉へ飛び込む。


「誰だっ!また地上軍の新手か?」
「――マナ様!?」


 久々に見たエレベータ室は、大量の兵器と地上軍兵士の亡骸が散乱する凄惨なものだった。
 その中で生体兵器に護られつつ地上軍に応戦している天上軍の数人の兵士が、マナを見つけて声をかけてきた。


「マナ様だと!?地上軍に拐かされたのではなかったのか?」
「その情報は誤りです。それよりも地上軍の動向を教えてください」
「しかし…」
「私が彼らを止めます。どこへ行ったか教えなさい」


 ピリッと空気に緊張がはしる。マナの投げかけた視線で兵士たちが唾を飲み込んだ。


「現在エレベータ室を制圧しようとしている部隊とは別に、制御室へ向かった一隊がいます」
「我々は応援で駆けつけたので、制御室前の我が軍と、攻めてきた部隊がどれくらいかはわかりかねます」
「そうですか、それでは私は制御室へ応援に行きます」


 制御室へのエレベータの前には地上軍が陣取っている。先に行った部隊への挟み討ちを阻止するためだろう。
 それを突破して行くため、生体兵器を何体か渡してもらう。


「エレベータ室は渡してはなりません。このまま死守しなさい」
「…はっ!」


 彼らの敬礼を確認すると、マナは生体兵器を盾にするようにして地上軍の攻撃の中を突破した。
 制御室へのエレベータは下から戻ってきていないようだったので、操作盤を叩いて急いで呼び戻す。
 時間が惜しい。地上軍がラディスロウで乗り付けた場所は、神の眼に近すぎた。
 突入地点がいくら神の眼の近くとはいえ、そこまでには長い通路がある。そこで地上軍の足止めができていればいいが、ソーディアン――あの晶術の威力があれば、天上軍の兵器があってもすぐに蹴散らされてしまうだろう。
 それまでに、彼らに追いつかなくては。
 エレベータは下へゆったりと向かう。時間が惜しい。何も、考える時間などいらなかった。








2016.09.27投稿


 
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