15

 やっとの思いで制御室へ着くと、扉の前には天上軍の兵士がまとめて捉えられていた。地上軍に制圧された後だったようだ、気づかれないうちにと生体兵器を向こうから見えない位置に待機させる。
 そうこうしているうちに大仰な音を立ててフロアに降り立ったエレベータは、その場にいた者たちの注目を集めることになった。


「敵の増援か!?ん…あんたは、ハロルド博士と一緒にいた…」


 地上軍の兵士はマナを味方だと思ったのか、持っていた剣を下ろす。
 天上軍の捕虜のうち、マナの顔を知っていたらしい者は怪訝そうにしていたが、そうでない者は地上軍が増えたと思ったらしい。


「お、おれは無理矢理、働かされていたんだ!嘘じゃない!なあ、頼むよ、見逃してくれよ」


 地上軍兵士に取り押さえられつつも、その天上軍兵士は必死に縋ろうと前に出て来た。
 そのような言い訳に、驚きとともに嫌悪を抱く。


「…天上軍の兵士が見苦しい。恥を知れ」


 言うと、また別の兵士が掴みかかるように乗り出した。


「ミクトランに逆らえば殺される…命令を拒否する事は出来なかった!オレたち天上軍側の兵士も被害者なんだ、生き残るためには仕方なかったんだよ!」
「やっぱりミクトランなんかについてったのが間違いなんだ…!」


 口々に漏らされる憤り。
 初めて聞く、天上王への不満。
 心が冷えて、頭が熱くなるのがわかった。


「言うことは、それだけか」
「なんだと!?」


 空気が抜けるように、喉の奥から声が出た。ごく自然に、その言葉は紡がれた。
 それでも尚も言い募ろうとする二人に、マナは手近にいた地上軍兵士の腰から剣を奪い取ってそのまま袈裟懸けに振り下ろす。
 誰もが呆気にとられていた。
 倒れてゆく天上軍の兵士も、目を見開いて不思議そうな顔をしていた。


「――お、おい、お前!天上軍は本部へ引き渡すことになって…ぐっ!?」
「なんだと、何故味方を!」


 剣を奪った地上軍兵士に肩を掴まれたが、それもそのまま後ろ手に腹部を薙いだ。
 両方の兵士からどよめきが聞こえる。それもマナには何の感傷も呼ばない。


「攻撃をしなさい」


 一声かければ待機させていた生体兵器が姿を現し、術で地上軍の兵士たちを一掃する。強力な攻撃に床は抉れ、焼け焦げた金属から煙が上がる。
 白煙が収まり攻撃が終わると、後には物言わぬ地上軍と唖然としたままの天上軍が残っていた。


「マナ様…ですよね?」
「ええ。中は、制御室には敵の侵入を許したの」
「も、申し訳ございません。少数の部隊でしたが、何分こちらも人数が少なく」
「ここは私が奪還する。先にそのメイガスを連れてエレベータ室への応援に向かいなさい」
「り…了解しました!」


 先ほどの絶望の表情に、僅かに生気の戻った顔で兵士たちはエレベータ室へ向かう。
 去り際にマナが斬った二人の天上軍兵士を暗い目で見ていた者も数人いたが、彼らは地面に転がされたままだった。
 その様子を無感情に眺めていた。壁に取り付けられた無線からノイズの混じった音声が聞こえてくる。


「AブロックからJブロックまで陥落!」
「敵部隊さらにMブロックに浸入!来援を乞う、至急、来援を…!」
「ミクトランさまはどこにおられる!?くそッ、連絡はとれんのか!?」
「我が部隊、損害多数、降伏を許可されたし」


 悪い状況だ。
 早く、制御室を取り戻して戦況を回復させなければ。
 それだけを思って、人のいないフロアから機械の唸る制御室への扉に足を踏み入れた。


「待って、ベルクラントにもロックをかけておくわ。また起動されちゃたまんないから」
「しかし、向こうで戦闘音が…」


 背を向けて制御室のモニターにかじりつく小さな人影があった。
 ――ハロルドだ。
 そうか、こちらは撹乱部隊だったのか。


「よっし、終わったわ♪さあ行きましょ、私たちはこのまま撤退よ!」
「……どこへ行くのですか?」


 マナが声をかけるのと、ハロルドたちがこちらを警戒して武器を構えるのは同時だった。
 現れたのがマナだとわかると彼らは一瞬ほっとしたようだが、それもすぐに強張る。


「マナ。何でこんなところにいるの?あんた、確か地上で待機だったでしょう」
「言わなければわかりませんか」
「……いくらすることがなくなったからって、こんなところまで散歩しにきちゃ危ないわよ」


 いつもの調子で、杖を下ろしてハロルドは言う。
 しかし隙はない。
 いつでも戦うことはできる姿勢だ。


「あなたならば、わからないことなどないでしょう、ハロルド殿」
「マナ…」
「けれど、あなたは…負けてしまう」
「理由を聞いても?」


 地上にいた時には見なかった厳しさがハロルドの瞳に浮かぶ。
 退かない。彼女も、軍人なのだ。


「あなたは天才で、不可能なことなどないように思える。だけど…」
「……」
「だけど、あなたには情がある。私はそんなあなたが好きでしたよ、ハロルド殿――……いや、ハロルド=ベルセリオス」
「!」


 平坦な声で言って、未だ血に濡れた剣を彼らに向ける。
 兵士たちはハロルドを庇うように後ろに隠した。彼女の視線が外れたことに安堵するが、それもつかの間で、兵士をかきわけてハロルドはマナの前に出てくる。


「戦えないっていうのは嘘だったのね。隠しごとの多い子だとは思っていたけど…ねえ、私を心配していたマナも嘘だったの?」
「…私たちには時間が足りなかった」
「!」
「私も、あなたも、ここで退くに足るだけの理由は見つけられなかった。そういうことでしょう」


 時間をかけることね、そう言ったハロルドの言葉が呼び起こされる。
 あの時に願ったことは、叶わなかった。


「制御室を返していただきます。降伏するのなら見逃しましょう」
「マナ、」
「一人で来て何を言うか!総員、戦闘態勢をとれ!」


 ハロルドの声は遮られ、今度こそ彼女は地上軍兵士たちの壁に埋もれて見えなくなった。


 ハロルドの頭脳は、地上軍の最も大切な財産のひとつである。
 その彼女を護るための兵士たちは迷いなく、死してもの覚悟で挑んで来るだろう。
 けれど、それはマナも同じことだった。


「――サンダーブレード!」


 迫る剣に構わず詠唱をし、その鋒が届くギリギリの位置で術を発動した。
 出現した雷の刃に触れた兵士が、呻き声を上げながら次々と倒れる。
 元々少なかった部隊の数が減って全滅するのも時間の問題だった。


「こんな晶術…何で生身の人間に発動できるのよ!?やっぱりデータとっておくんだった!」
「ただの人間ではない。私は天上人なのだから」
「なによ、それ!それより、あんた…そんな術使って身体への影響とか半端じゃないんじゃないの?」
「……その怪我で、私のことが言えるのですか」


 マナが兵士たちに向けて放ったいくつかの術は、後方にいたハロルドにも掠めていたようだ。手脚に火傷や裂傷が散らばっている。
 思わず、目をそらした。


「こんな傷、前線にいる兄貴たちに比べたらどうってことないわよ。私にだってやるべきことがある…護りたいものもね」
「だからここは渡せないと?」
「当たり前でしょ」


 満身創痍で杖を構え、なおも瞳に強い光を宿してマナを見据える。ハロルドのその眼差しがとても痛い。


「…っ。私にも、あなたがカーレル=ベルセリオスを護りたいように、護るべき方がいるっ!」
「ミクトランのこと?あんなヤツのために戦うなんて、どうかしてるわね!」
「あなたにはわからない!私は退かないっ!」


 ハロルドの杖とマナの剣がぶつかり合う。
 金属と金属が擦れ合い、火花が散った。
 ギリギリ、と嫌な音がしたと思えば、ハロルドの杖は真っ二つに折れてしまう。
 そこを逃さず、剣の柄で彼女の首を打った。


「相変わらずの、馬鹿力…ね、」
「……」


 力なく倒れこむハロルド。
 とても小柄な彼女が、いくつもの重荷を背負ってつくりあげた兵器が天上軍を脅かしている。
 後のことを考えればここで命を絶っておくべきなのだろう。
 重たい剣を持ち上げて、両手でハロルドの上に掲げる。
 どうしてだろう。手が、震える。


「…………できない、私には……どうしても、できない…!」


 ガチャ。
 下げた腕からすべり落ちた剣を拾う気にもなれず、もう手の中にない柄を握りしめた。
 あれだけ戸惑いなく、他の兵士は攻撃できたのに、何が違うというのだろう。
 ――わからない。


「そうだ、エレベータを動かさないと…」


 今は余計なことを考えるよりも、行動しなければならないことはたくさんある。
 制御室の操作盤に向かい、落とされていたシステムを起動する。


「ハロルド=ベルセリオス…つくづく…」


 ロックが厳重にかけられた、あらゆる施設や装置が浮かび上がる。全てを解除していたら膨大な時間がかかってしまう。それを短時間でやりのけてしまう彼女の、何と恐ろしいことか。
 一先ず神の眼の間に繋がる通路に行くことができるエレベータだけを起動させた。
 早く、行かなければ。
 後ろ髪を引かれて、最後に一度だけ振り返った。


「お元気で、ハロルド=ベルセリオス…短いけれど、楽しい時間でした」








2017.01.31投稿


 
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