17

 玉座の間に入る。
 ソーディアンチームのメンバーは欠けていないようだが、同行していただろう他の地上軍の部隊は一人も残っていないようだった。
 ソーディアンマスターたちも満身創痍で、皆厳しい表情をしている。
 ミクトランの様子はわからない。こちらに背を向けているが、見た限りではあまり傷を負っていないように思える。
 あのソーディアンマスター6人を相手にしてなお互角以上に戦う――マナは安堵した。


「ふん、このような者たちを相手にここまで侵入を許すなど。我が軍の者どもは何をしている?」
「くっ…、お前一人が残ったところで、地上軍は空中都市すべてを陥している!何ができるというのだ!」
「私さえいればできないことはないのだよ。愚かな地上の民と同列に語るでない」


 余裕を見せるミクトランの姿は、それだけでソーディアンチームに焦りを与える。ここだけを見れば、有利なのは天上軍でもあるように思えてしまう。
 と、一番前にいたディムロスとカーレルが互いに頷きあうのに気付いた。何かをするつもりなのだろうか。


「ディープミスト!」
「!?」


 そちらに気を取られていると、二人の背後にいたアトワイトが晶術を発動した。
 辺りに深い霧が立ち込め、視界が覆われる。続いていくつかの晶術の詠唱と剣戟の音が聞こえた。
 戦況が全くわからない不安にマナは一気に焦りを感じた。何も考えず、霧の中に飛び込む。


「ミクトラン様!どちらにいらっしゃるのです!?」


 先ほどいたはずの場所に向かったが、この混乱の中で移動しているようだ。
 戦闘の音だけが聞こえる中で、必死に霧をなぎ払う。


「ミクトラン様…!」


 滲みそうになる視界に、ふと金色がちらついた。
 そちらの方へ向かうとようやく主らしき人影が見える。
 障壁を展開して晶術を凌いでいたようだが、ディムロスに斬りかかられて剣での応戦を余儀なくされていた。
 加勢すべきか迷っていると、薄れ始めた霧の狭間で、ミクトランの背後に光るものが見えた。


「ミクトラン、覚悟ッ!!」


 黒い刃が迫る。
 ミクトランもそれに気付くが目の前のディムロスから手を離せない。
 ソーディアン・ベルセリオスを防ぐものは何もない。


「やめて――――っ!!!!」


 カーレルの刃先が一瞬鈍る。
 そこへ必死に手を伸ばした。


「マナ!?」


 アトワイトの声が聞こえる。
 もう霧は消えかかっていた。


「ミクトラン、さま」
「――マナか」
「地上軍の武器は…ソーディアン、ですっ。人格をレンズに投影した…っ!」


 ぎりり。
 どうにか止めたベルセリオスが、手の中で唸りを上げる。
 背後のミクトランに彼らの武器の弱点を伝えようとするが、防御に精一杯で息があがる。


「退くんだ、マナくん!」
「嫌…です!」
「マナさん…どうして…」
「やめて、マナ!」


 皆の声が次々に聞こえた。
 自分の名前を呼ぶ声。胸が苦しい。
 けれど。


「ほう…随分と地上軍の者と馴れ合っていたらしいな、マナ」
「……っ」
「研究の報告に来ないと思っていたら――もしやベルクラント開発チームを逃したのもお前か?」
「それは…」
「随分と余裕だな、ミクトラン!」


 答えあぐねていると、ディムロスがまたミクトランに斬りかかった。
 意識がマナから逸れたことに安堵する。が、カーレルの瞳は未だこちらを見つめたままだ。


「エレベータが動いたということは、制御室に行ったんだね。ハロルドをどうした?」
「彼女には、眠ってもらいました」
「…!」
「いえ、意識を…失わせただけ、です」
「そうか、良かった」


 そう言うとカーレルは僅かに顔を歪ませる。


「いや、余計にきみと戦いにくくなったかな。…もう一度言う、退いてくれ」
「できません!」
「なぜ、きみはそんなに…っ」


 そこまで言って、ぐっと彼は言葉をのみ込んだ。
 パチ、パチ、と周囲に晶力が集まる。


「つらいが…これは戦争だ。きみにも覚悟があるのだろう」


 手の中でベルセリオスが熱くなる。晶術が発動されるのだ。
 このまま直撃を受ければ無事では済まない。けれど、避ければ背後のミクトランに攻撃が行ってしまう。
 手の打ちようがないだろう状況で、マナは冷静に片手を懐に入れた。


「あなたにも、覚悟はありますね」
「それは…レンズ?いったい何を、」


 手に持ったレンズ――ハロルドの私室で見付けた、あの劣化クリスタルに晶力を込める。
 熱く、振動するレンズをソーディアン・ベルセリオスのコアクリスタルに当てた。


「なにっ!?」


 ベルセリオスがまとっていた晶力が霧散する。ソーディアンの機能を一時的に停止させたのだ。
 そのまま力を込め、さらにコアクリスタルを破壊しようとする。


『きゃあああっ!!』
「!…ハロルド殿、なんで」


 小さくハロルドの悲鳴が聞こえた。ソーディアン・ベルセリオスからだ。
 ソーディアンには使い手の人格が投影されていると聞いていたのに、何故彼女の声が?
 動揺して力が抜ける。
 カーレルはその隙を見逃さなかった。


「ミクトラン…っ!!」
「やめて…やめて!!!」


 マナをすり抜け、カーレルは一直線にミクトランの背に刃を向ける。
 今度こそ、手を伸ばしても届かない。


「くっ…!ウィンドアロー!」


 苦しまぎれに放った、不完全な晶術。威力のとても弱いそれは、カーレルの足をわずかにすくっただけだった。


「いや――――――――ぁっっっ!!!!」


 ミクトランの背から、ベルセリオスの黒い刃が見えた。
 腹から急所を狙った一刺し。
 あれでは、たとえ天上王とはいえ、いくらなんでも無事ではいられない。


「やめて、いや…いやだっ、ミクトラン様!」
「待てっ!」


 足をもつれさせながら駆け寄ろうとしたが、背後からイクティノスに拘束される。こんな状況でも、冷静に判断をして行動する彼が今は憎い。
 なす術もなく、ただもがいて死にゆく天上王を見せつけられるだけの状況。涙があふれ、力が入らなくなってくる。


「ミクトラン、さま…」
「決着はついたな」
「くっ…、下賤な地上人め…私とて天上の王と呼ばれた男…ムダ死にはしないッ!」


 ずっ。
 湿った音が響いて、カーレルの身体がよろめく。

 
「ぐああああぁっ!」
「カーレル!?」
「カーレルさん!」


 自分に刺さったベルセリオスの柄を握りこみ、ミクトランは右手の剣で深くカーレルを突き刺した。
 しかし、カーレルはなおもソーディアンを離さず、力を込める。


「…離しは……、離しは…しない!」


 どこにそんな力があったというのか。彼は機能していないソーディアンで、ミクトランの腹を横に薙ぐ。
 地面に赤が飛び散った。



「うぐあああぁぁーーッ!!!!」


 赤と、白と、金色。
 床に広がった色に、マナは膝をついた。


「……あ、あぁ…うそ、」


 イクティノスは他の皆とともにカーレルに駆け寄って行く。拘束はもう解けていた。
 ずるずると力の入らない身体を引きずってミクトランの元へ行く。


「あ、ミ…、と……さ、」


 涙があふれ、喉が引きつる。
 倒れた主に縋りつくが、体温が刻々と冷たくなってゆくのを感じるだけだった。
 広がる血が、服に染み込んで重い。


「………っ、……」


 呆然としてその場にうずくまっていると、視界の端で何かが光った気がした。
 そちらを見やれば、カーレルを囲むソーディアンチームのメンバーと目が合う。彼らがどんな瞳をしているのかは、よくわからない。


「うっ…く、」
「カーレルさん!しっかりしてください!」
「シャルティエ…もうカーレルは…」
「そんな!せっかくミクトランを倒したのに、こんな!」
「いい、んだ…。ああ…けれど、最期に…一目、ハロルドに……会いた、か…」
「カーレル…!」
「カーレル!」


 途切れ途切れの言葉に、皆が彼の名前を呼ぶ。
 しかしそれは届いていないのか、カーレルはふとあらぬ方向に微笑むと、そちらに腕を伸ばした。
 その手は宙を掻くように指をさまよわせると、萎れるように、腕から落ちた。


「カーレル…っ!
「カーレルさんっ!!」
「そんな…」


 口々に悲嘆の声が彼らから漏れる。
 膝をついてカーレルの肩に涙を落とすディムロス。彼に寄りかかって瞳を伏せるアトワイト。立ったままやるせなさそうに顔を背けるイクティノス。シャルティエは座り込み、ただただ涙を流し、クレメンテはその肩に手を置いて瞑目している。


「カーレルを地上に連れて帰ってやろう。ハロルドにも会いたいじゃろうしの」
「はい、公…」
「アトワイト、カーレルの傷口に包帯を。終わったら俺が背負っていく」
「ベルセリオスも持って帰らなければ。これが少しは慰めになればいいが…」
「ベルセリオス…ハロルドさんをお願いしますね」


 カーレルの手からソーディアン・ベルセリオスを持ち上げたシャルティエが、涙声で話しかける。
 だが、そのコアクリスタルは静まり返って何の反応も示さない。
 一同は俄かにどよめきたった。


「ベルセリオス…?何故、返事してくれないんですか?」
「どうしたんだ?」
『これは…ベルセリオスの機能が停止している』
「なんですって!?」
「そんなはずが…いや、まさか。ミクトランを刺した時に術を使わなかったのも」
「その前の戦闘では晶術は使えていたはずだ!急に使えなくなるなど…」


 ハッとした顔でディムロスがこちらを見る。
 それにつられて、全員がマナに視線をやった。


「…マナ?」


 茫然と主の亡骸を抱きしめるマナに視線が集まる。空を見て涙を流すばかりだったマナは、自分が呼ばれたのだとゆっくりと理解をして彼らを見上げた。
 困惑と、不審と、すがるような何かを含んだたくさんの瞳に見つめられる。何も考えられずにしばらくそのまま眺めていたが、彼らの目が責めるようなものに思えてきて、苦しくなった。


「――見ないで…」


 じり、と彼らから後ずさる。


「――来ないで、」


 彼らが何かを言っているが、もはやそれも耳には入らなかった。
 マナにはもう、縋る縁はない。さっき、消えてしまった。
 天上王の亡骸からすらも離れ、じりじりと移動し、背が壁に当たる。この壁は一際厚い。
 ラディスロウの時と同じように、晶術を展開して壁を溶かす。


「――マナさんっ!?」


 意図に気付いたのか、彼らがこちらに駆け寄ってくる。
 手が迫ってくる。
 逃げなければ。
 空いた穴に向かって、背を思いきり反らした。
 彼らの苦しそうな顔。
 悲鳴。


「ごめん、なさい」


 そう呟いて、少女の身体は空に投げ出された。






2018.07.01投稿


 
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