【幕間・ハロルド曰く-3】

 戦後処理の一端で私室兼研究室の整理をしていた時、ハロルドはあることに気がついた。


「あら?おっかし〜わねぇ…」
「どうしたんですか?」


 有無を言わさず作業に引っ張り出されたシャルティエが、手を止めて首をかしげた。


「ここに置いてあった劣化クリスタルの数が足りないのよ。ソーディアンには使えなかったけど、他の装置になら色々と使いまわせたのに」
「数が足りないって。誰かが持ち出したりしたんですか?」
「あれだけ持ってても使いようなんてないわ。売っても二束三文ね。それなりに知識があれば晶術もどきくらい使えるかもしれな――」
「ハロルドさん?」


 ハッ、としたように目を見開いてかたまる。自分の言葉に、わかってしまったことがあった。


「マナ…」
「!」
「あの子…作戦の前日に工具を取りにこの部屋に来たはずよ」
「じゃあ、彼女が晶術を使っていたのは」
「それにしたって、たかが劣化クリスタルであんなに強力な晶術を使えるなんて…まさか!」


 ダンッ!と机が音を上げる。
 ハロルドが思いっきり叩いたのだ。小物がばらばらこぼれ落ちる。


「まさか、ソーディアン・ベルセリオスの機能を停止させたのも劣化クリスタルを使って?レンズどうしを互いに共鳴させてコアクリスタルを破損させれば…」
「ハロルドさん!やめてください!」


 シャルティエが涙の混じる声で言った。


「あの時、玉座の間で…そうやってマナさんを追いつめてしまったのは僕たちなんです」
「…なるほど?あんたはあの子が飛び降りたのは自分たちのせいだって思ってるのね?」
「だって、彼女のことをあんな風に…」


 シャルティエの拳がぎりりと鳴った。
 彼が、マナのことについて考えないようにしているのは皆薄々気付いていた。作戦の少し前に二人の間がぎくしゃくしてしまって、結局そのまま和解もできなかったことを引きずっているのかもしれない。
 けれどそんなことを言ったら、ハロルドだって、アトワイトだって、もっと話を聞いていればと悔やむ気持ちがあるのだ。


「あのミクトランをかばって、ソーディアンチームと戦ったのよ。もし生きてたとしてもいいようにはならなかったでしょうね」
「そうですけど…でも」
「確かにもっと何かできたのかもしれない。けど私たちがしていたのは戦争だったのよ…マナも覚悟を持って戦った。兄貴みたいにね」
「そう、…そうですね。すみません」


 シャルティエは両の手で顔を覆った。
 ソーディアンチームの一員として、天上人である彼女に苦い思いがあるのかもしれない。
 空中都市群は海底に沈められ、神の眼は封印、そして天上人は自らが不用物廃棄に使っていた貧しい第二大陸へ流刑となった。天上は跡形もなくなる。地上人のための世界が始まるのだ。
 憎悪さえ覚える、良い思い出など一欠片もない天上について、それでも後ろめたさを感じてしまうのは彼の優しさだろうか。


「あれは天上人を護るためでもあるのよ。今まで憎悪の対象だったものをいきなり受け入れるなんて、普通の人はできないでしょ」
「でも、マナさんのことを思うと。どうにもやるせなくって」
「後はあいつらが頑張るしかないの、今まで楽してた分ね」


 突き放すように言うハロルドは、やはり天上人に良い感情は抱けていなかった。支配者として地上人を見下す彼らの態度は見ていて気分の良いものではなかったし、微かに、マナを奪ったものとして恨めしく思っているところもあったのだ。


「私たちもこれから復興に向けて忙しくなる。スタートは同じなんだから、あいつらがサボらなければ悪い暮らしにはならないわ。あれだけの技術力を持っていたんだし」
「そうでしょうか…。今までの豊かな暮らしを知っている分、自分たちの境遇をつらく感じるんじゃ」
「そこまで面倒見られないわね」


 はあ、と息を吐いてハロルドは肩をすくめた。


「マナはマナ、天上人は天上人。そうでしょ?」
「…そう、ですね」
「それにあんたがいつまでもウジウジしてると、他の連中が気に病むのよ」


 生きている人間も大切にしなさい、と兄を亡くした彼女は言う。
 嘆いている者を見て思い出してしまうからか、それとも彼女が強い人間なのか。真意を見せないハロルドの心境を正確に察せる者は、もういない。
 少しだけ、胸に冷たいものが刺さったような感覚を覚えたが、彼女は気付かないふりをした。
 だというのに、いつも一言多い彼は言ってしまうのだ。


「ハロルドさんは、つらくないんですか」


 そうして言ってから、ハッとして口をふさぐのもいつものことだ。
 その腹を軽く殴って、でも優しいハロルドは答える。


「そりゃ、ね。兄貴のことはもちろんだし。あの子はまだまだこき使ってやろうと思っていたのに。データも採れなかったし、思い残すことはたくさんあるわ」
「…っ、ゾッとしますね」


 腹をおさえながら、体を震わせたシャルティエを、はいはい、と軽くあしらう。
 そんな彼は、しばし何かを考えていたようで、誰に言うでもなく目線を逸らして呟いた。


「約束、果たせなかったな」


 ハロルドは、何も聞かなかったふりをして作業に戻ることにした。
 誰もかれも、あまりにたくさんのものを失いすぎたのだ。








2018.10.10投稿


 
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