【幕間・ハロルド曰く-1】

 マナが飛び出した後の部屋は、どこかぎこちないようなそわそわとした雰囲気が漂っていた。
 ハロルドが声をかけて研究員たちを各々の持ち場に戻したが、それでも緊張してしまった空気は戻りづらい。


「そういえばあの子、基地までちゃんと戻れたのかしら?基地に戻っていればの話だけど」
「彼女なら大丈夫だと思いますよ」
「あら、その根拠が聞きたいわね」


 ぽつりとハロルドがこぼした声に反応したのは、チームの代表であるラディッツだった。
 何かとマナについて気にかけている彼は、その少女が取り乱していたというのにどこか嬉しそうな様子だ。


「その理由は言えませんが――あの子は賢い子です、きっとすぐに冷静になりますよ」
「そうね、見かけの割に大人びた子だとは思ってたけど。だからあんな風にガキっぽいところを見せるとは意外だったわ」
「ええ。あの子は今まで天上軍の研究所にこもりきりで…反応も乏しい、感情の薄い子だったのです。そんな彼女があそこまで気持ちをあらわにするなど」


 目を細め、喜色を浮かばせる彼にふむふむと頷くハロルド。
 彼女はぴんっと指を立ててみせた。


「あの子、ずいぶんと長く研究所にいたみたいね。あなたたちにとって家族みたいに思えるほど。そうでしょ?」
「はい。私たちは彼女を自分の娘のように思っています。だからこそ、地上軍に来て、違う価値観や常識を知ってほしかった。あなた方には感謝しています」
「ふうん、そういうこと。あの子を困らせるのが私たちの役目ってわけね!腕がなるわ〜♪」
「ほ、ほどほどにしてあげてくださいね…」


 何だか急に張り切ってしまった天才科学者を見て彼は焦る。
 だが、マナの言動を思い出してはたと居住まいを正した。


「――あの子は生まれてから天上の世界しか知りません。天上人が優れ地上人は劣るなどと教え育てられて来たのです。どうかわかってやってください」
「わかってるわよ。戦争が始まる前なんて知らないような子だって増えてきているものね、そういう子が疑問を持たないのも当たり前だわ」


 私だって青い空なんておぼろげな記憶しかないものね、そう言ってハロルドはまぶたの裏にその景色を探そうと目を閉じてみた。
 だがそこに映るのは灰色の雲と雪だけ。長く目に焼きついた景色だけだった。


「早くあの広い空を見るためにも、ソーディアンたちを完成させなくっちゃ!どんな風に世界が変わるのか、楽しみだわ!」


 高く突き上げた拳で高らかに宣言する。
 天才科学者と言われた彼女は、自らの手で世界を切り拓こうとその頭脳を振るうのだった。







2016.03.28


 
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