07

 アトワイトに連れられハロルドに謝りに行くと、そこには手術用メスを構えた彼女がいた。


「今忙しいんだけど、何の用?」


 そんな彼女の言葉を聞いて、マナは素直に謝ることに少し抵抗を覚えてしまった。思わずアトワイトの後ろに隠れる。


「あら、ずいぶんと懐かれたみたいね。私なんてすっごい警戒されてたのに」
「ハロルド、どうせあなたもそれを煽ったりしたのでしょう?」
「んっふふ〜!だっておもしろいじゃないの♪」
「おもしろいとかそういう理由で他人に危害を加えようとしないでくださいよ!」


 部屋の奥から聞こえてきた声に身体を乗り出す。
 相手もこちらに気付いたようで、軽く会釈をしてきた。


「マナさんじゃないですか」
「先日はお邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした」
「邪魔?いえいえ、そんなことないですって!こちらこそ何だかマナさんの気に障るようなことを言ってしまったんじゃないかと…」


 彼はそう言うが、マナには覚えがなかった。首を傾げていると勘違いだったのかと青年がホッとする。


「良かった。急にどこかへ行ってしまったから心配してたんですよ」
「…あれは、ただあまり見つめられたことがなかったので」
「えっ」
「まったく、あんたたち男どもって本当に不躾なんだから」
「ハロルドに言われるようではしようがないわね」


 口々に女性から責められるシャルティエ。いたたまれなくなってしまったのか慌てて弁解をしていた。
 そんな仲の良い様子に入り込めず、三人からぽつんと溢れてしまうマナ。手持ち無沙汰に側の机に置いてあった剣を手に取ってみる。


「もうすぐ、完成か…」


 ソーディアン。この剣が戦争を終わらせるのだと、皆は言っていた。
 たった6振りの剣で、どうやって天上軍の膨大な兵器を相手取り勝利を掴むのか、マナはまだ知らなかった。


「何か気になるところでもあった?」
「!?」
「ま、私の作ったものに不具合なんてあるわけないんだけど〜」
「でも、マナさんは天上軍で兵器開発に携わっていたんでしょう?」


 突然話しかけられて、手にしていた武器を落としかける。
 すかさず溢れた剣をシャルティエが受け止めた。


「危ないですよ、もう刃は入れてあるみたいですから」
「ありがとうございます。その…ただ、見ていただけです」
「すぐ使うから鞘もまだ作ってないのよ。取り扱いには注意してちょうだい」


 ハロルドはソーディアンからマナを遠ざけるようにして机の前に立つと、その上から布を被せてしまった。
 関係ないものだと、手に負えないものだと言われたようで少しムッとする。


「それよりもマナは私に何か用があったんじゃないの?」
「そうだわ。さ、ハロルドに謝りに来たのでしょう?」
「え?逆じゃないんですか?」
「あんたはいつも余計なことを口に出しすぎるのよ!」


 またもや和気藹々と言い合いを始めてしまった二人に、マナはどうしようもなくなってしまう。
 しかし、背後にまわったアトワイトが優しく背を押して促してくれた。


「ハロルド殿」


 ようやく絞り出した声はとても震えていたが、本人にはかろうじて聞こえたようだった。


「私…、私」
「頑張って、マナ」


 アトワイトの手が背中に添えられる。
 その手のあたたかさに、喉の奥の突っ掛かりが消えたような、力の抜けるようなそんな気がした。
 そうして口から言葉が溢れる。


「私、あなたが羨ましかった」


 ポツリと出た言葉に、目を丸くするアトワイトとシャルティエ。
 ハロルドは動じずに腕組みをして立ったまま。それさえも、どうしようもなくて。


「天上軍では、私も兵器開発に携わっていました。でも、良い結果なんて出せなくて」


 多くを求められ、その期待に応えられないジレンマに押しつぶされそうになっていた日々。
 努力をしてもどうにもならない、焦りと不安。
 全てが苦しかった。


「地上軍は劣った人種だというから、そんな人たちがラディッツ殿たちを迎えたところで何もできないだろうと思っていたのです。だから、その結果を見て、安心しようと……」


 あまりにもあさましかった。
 自分勝手な理由でふらりと地上軍に来たのに、そうとは知らず優しく接してくる人々。
 苦しみから逃れてきたはずなのに、ますますそれは重苦しくなって胸に堆積した。


「でも、来てみたら私よりもはるかに優秀な人がいて。能力も、何もかも、ずっと」


 そしてその人は、マナのことなど歯牙にもかけなかった。


「あなたに嫉妬していたんです、私。負けたくなかった。若い、それも同じ女の人に、負けたくなかったのに」
「マナさん…」


 素直に吐き出してしまった気持ちと、その内容の勝手さにいたたまれなくなって俯く。
 沈黙がシクシクと肌に突き刺さって、逃げ出したくなってしまった。


「まあ、しょうがないんじゃないの」
「ハロルド?」
「そういう風に思われることには慣れてるわ。だって私、天才だし」


 沈黙をあっけらかんと破り、気にしていないとばかりに言うハロルド。
 これには、今度はマナの方が目を見開いてしまった。


「それで?あんたはこれからどうするの?」
「どう、する?」
「そうよ。私に負けたくないんでしょ?だったら、そのために何をしてみせるのか気になるじゃない」


 で、何をするの?と問いかけてくる彼女に唖然とした。


「もしかして、何もしないつもり?」
「そ、そんなこと…!」


 ないとも言えず黙り、そして実感した。
 これが彼女と自分の差だ。
 ただ負けたくないと言うだけで、勝つために何をしようかと考えもしなかった自分。
 ハロルドならば、そこで立ち止まらず進むために何かをするのだ。


「…負けません」
「ふーん?」
「必ず、ハロルド博士を追い抜いてみせます。私の方が優れた研究者だと証明してみせます」
「ぐふふ。そうこなくっちゃ♪」


 楽しくなってきたわ、と相変わらず嫌な顔一つしないハロルドには、やっぱりどうしても敵う気がしなかった。
 それでも、ここで何もしなければ今度こそ完全に負けてしまうように思えて。
 一歩前に進むと、ハロルドに手を差し出した。


「ん?どったの?」
「先だっては配慮のないことを言ってしまいました。申し訳ありません」
「ふむふむ」
「どうか、私にあなたと競う機会を下さい。私は私の実力であなたに勝ちます」
「そういうこと。んじゃあ、よろしくね☆」


 握り返された華奢な手を、ちょっと強く握ってしまった気がするけれど。
 ハロルドが気付かないようだったから、気のせいなのだとマナは思うことにしたのだった。







2016.04.05投稿


 
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