09

 スノーフリアの港から、一面の雪景色に興奮する皆を引き連れ、やっとハイデルベルグへたどり着いた。そう遠くはなかったはずの道のりを思い出してジューダスはこっそりとため息を吐く。
 道中巻き込まれた雪合戦のせいで、マントが重く湿っている。これからファンダリア王に謁見だというのに、こいつらは忘れてしまったのだろうか?まだ和気藹々と騒がしくしているカイルたちの服はもっとびしょ濡れだ。
 もっとも、何の先触れもなく訪れて王に会わせてくれなどと言っても簡単に通りはしないだろうが。
 そんなことを考えもしない、カイルの能天気な声が響いた。


「ここがハイデルベルグかぁ!さすが、英雄王が治めるだけあってでっかい街だなぁ!」


 キョロキョロ辺りを見回しながら、あれはなにこれはなに、と尋ねてくる。忙しない目線に口の端が少し上がった。
 そうこうして城の前まで来ると、興奮に開けっ放しだった口をさらに大きく開けて感動しつつ、そのまま城門をくぐろうとしたものだから驚いた。もちろん兵士に止められるが…こいつはあの両親二人でもしそうにないことをたまに仕出かす。

「謁見の約束は、取りつけているのか?約束のない者への謁見は数週間先になるぞ」
「数週間!?じょうだんじゃない、そんなに待ってられないよ!」


 案の定、門兵に止められたカイルは、謁見の待ち時間に驚きを隠せずにいる。どうしよう、とリアラと顔を見合せている彼の肩をたたき、ロニが俺に考えがあると得意げに言った。


 「約束は取りつけてないんだが…ためしに、陛下に話を通してもらえないか?Wスタンの息子の、カイルが来たWそう言ってもらえれば、わかるはずだ」


 耳に届いたその言葉に、思わず眉をしかめた。
 こんなことをして無理に謁見の約束を取り付けて…カイルのみならず、スタンまで貶めることになるとわからないのだろうか。いや、貶めるとかそういうことを気にする状況であったことがないのかもしれない。
 それにしても、自分には特に嫌悪を覚えるやり方だ。


「ずいぶんと、姑息な手を使うな」
「な〜に、会えたらそれでオッケーなんだ、カタいこと言うなよ」
「…つきあいきれんな。僕は、しばらく時間をつぶしてくる。おまえたちだけで、会ってこい」


 悪びれないロニの言に、ジューダスは踵を返した。待ってよ、とカイルが呼んだ気がしたが気付かないふりをする。
 とはいえ元々ウッドロウに会うつもりなどなかったから、半ば口実のようなものだ。18年経っているとはいえ、自分が彼の前に姿を現わすのは極力避けたい。
 確か街の中にあの騒乱についての資料館があるらしい、今さら知ってもどうとなる情報ではないが、何かの役にはたつかもしれない。そこで時間を潰していよう。
 ザクザクと雪の上を歩く足音に、少し早い調子の音が後からついてきた。後ろを振り返れば、城門の中へ入っていくカイルたちとは別に、マナが後ろを歩いていた


「…どこかへ行くのか?」
「……」
『マナさん!』


 彼女は、ジューダスとシャルティエどちらの声に反応したのかはわからないが――わずかにこちらを見やって、すぐに興味でも失ったかのように進行方向へ身体を向けた。市街地の方へ行くようだ。
 落ち込んだような言葉を漏らすシャルティエに何を言うでもなく、気持ちのもやつきを振り払うよう歩き出す。とにかく建物の中へ入ろう。ここは寒い。



『天地戦争時代の史料も集められているんですね』


 資料館に入ってまず見えた模型の数々に、当時を生きていたものはそう言った。


『よくもまあ、これだけ集めたものです。この辺りに地上軍の基地があったから色々見つかったんですかねえ』
「地上軍の基地…」


――聞いて。あなたが逃げるなら、逃げたいなら…ここしかない。
――ハイデルベルグの側に、天地戦争時代地上軍の拠点だった場所がある。
――そこは今オベロン社が調査管理している。その地下には封印された飛行挺が――



「飛行艇が、あるのか」


 かつての旅の途中、ファンダリアに来た時のマナの言葉を思い出す。必死でリオンを逃がそうとしていた。
 その時に地上軍の基地跡がこの近くにあると聞いたのだ。
 シャルティエもあの時のことを考えていたらしい。


『ええ…そうです。イクシフォスラーが…移動させられてなければ、きっと』
「彼女は乗ったことがあるのか」
『…いいえ。イクシフォスラーが完成したのはマナさんの死後…戦後のことですから』
「それは…彼女は戦死したということか?」


 ついにシャルティエが口ごもった。
 長年心の底にしまい込んでいたことを、ここで掘り返されるとは思わなかったらしい。


「シャル、聞かせてくれないか。彼女のことを」
『そうですよね…だって、マナさんはカリナさんかもしれないんでしょう』
「その可能性が高い、と思っている」
『僕もそう思います。そう考えると色々とつじつまが合う』


 はあ、と深呼吸ともため息ともつかない吐息のような音が聞こえた。


『何から話せばいいかな…ううん。そう、まず彼女は天上人なんですよ』
「天上人…?じゃあ、ずっとヒューゴに――ミクトランに従っていたのはそういうことなのか」
『どうも二人は顔見知り…というよりもっと、親しい感じがしましたね』
「なんだか要領を得ないな。それにそんなミクトランに近い立場にいたなら、どうしてシャルティエと知り合ったんだ?」


 なんと説明するべきか迷っているらしく、彼はしばらくうんうん唸っていた。
 そんなに複雑なのか、と首を傾げる。
 ひとまず最初から離してくれ、と促した。


『最初――初めて会った時は、それこそ今みたいな無表情で。ああ、まずどうして会ったかですよね。ダイクロフトに、囚われたソーディアンチームのメンバーを救出しに行った話はしましたっけ』
「聞いた覚えがある」
『ベルクラント開発チームっていう研究者の一団が地上軍に亡命してくることになったんですけど、彼らを迎えに行ったクレメンテとアトワイトが敵に捕まってしまって。それで彼らを助けるためにダイクロフトへ乗り込んだんです』
「研究者の…」
『彼女はその研究者たちと一緒にいたらしくって。天上軍の武器開発にも関わってたって言ってましたね。とにかくその時――開発チームのリーダーに促されて、地上軍に来ることになったんです』


 武器開発に携わるような重要人物だったのか、とか、それならば何故地上へ来ることになったのか、とか。疑問に思うことは多々あれど、まずは先を聞きたい。


『それで…彼女は地上軍でハロルド博士に付いてソーディアン開発を手伝っていたんです。他にもアトワイトとか、僕とだって段々打ち解けてきて』


 そこで一度、呼吸をしなおすように言葉が切られた。


『でも、そもそも認識が違ったんですよね。マナさんは地上軍が天上軍に敵うはずなんてないと思っていた。実際にダイクロフトに乗り込むだなんて、思ってもいなかった』
「地上軍は作戦を隠していたのか」
『ええ。彼女には言うなって』
「じゃあ、作戦の時は――」
『何も知らせないで、彼女は置いて行きました』


 だとしたら、突然の危機に#ナマエ#はどうしたのだろう。
 為すすべもなく天上にとっての反逆者になってしまったとでも言うのだろうか。


『確かに、彼女は知らなかったはずなんです。それなのに…神の眼の間で、ミクトランを庇うようにして僕たちに相対した』
「置いて行ったのに?どうやって…」
『わかりません。でもとにかく彼女は僕たちと戦った。僕たちとっていうか…実際はカーレル中将としか戦ってなかったかな。でも、その戦闘でソーディアン・ベルセリオスは破損して機能停止に追い込まれました』


 千年経っても機能し続ける武器、というだけでもその頑丈さがわかるというのに。その機能を停止させるなど…開発に関わっていたのなら可能だというのだろうか。
 彼女にシャルティエを預けたこともあるだけに、ぞっとしない話だった。


「それなのに何故姉さんは戦えないだなんて」
『どうしてでしょうね…でも#ナマエ#さんもそう言っていたんですよ。だからまさかあんな風に乗り込んでくるなんて』
「それで、結局彼女はどうなったんだ?」
『…………』


 しばしの沈黙。
 その間がどれだけシャルティエに辛い思いをさせたのかを物語っていた。


『今でもはっきり覚えているんです』


 まあ、ソーディアンだから忘れることなんてできないんですけど。痛みを隠しきれていないような声音で彼はそう言った。


『ミクトランがカーレル中将と相討ちになった後…僕たちを拒絶するように、あの空の上から、外へ身を投げて……』
「………そうか」
『遺体は見つかりませんでした。でも、あんな高さから落ちて無事だとも思えないって』
「わかった、よく話してくれた」


 もう何も言わなくていいと、やんわりと遮った。
 誰かの大切な者を奪ったこと、自分たちが拒絶されたこと。そのせいで誰かが命を捨てたこと――いくら戦時中とはいえ、悲しいことは悲しいのだ。


『もし本当にマナさんがカリナさんと同一人物だったのなら…本当は僕は気付くべきだったんですけど。でも、なんで一言もそう言ってくれなかったのか聞きたい、と思います』
「そうだな…」


 返事をしつつも、彼女がそんなことを答えるのだろうかとか、何か想像もつかないようなことになってしまうのではないか、という不安がチリチリと頭の隅で踊っていた。
 未だにあの海底洞窟での別れ、彼女の震える声、瞳…全てが脳裏に鮮やかに焼き付いている。
 ひどく彼女にとって残酷な別れ方をしてしまったから。
 それでも再び会えたのならまた――そう願ってしまうのは罪深いことだろうか。
 鬱々とした気持ちだけが募る。
 ジューダスは長く息を吐いて、振り払うように顔を上げた。


「…そろそろカイルたちの様子を見に行ってみるか。それほど長くはかからないかもしれない」


 もしもまだ終わっていなかったら、そうしたらマナを探してみよう。何か話せるとも思えないけれど、それでも彼女についてひとつでも聞き出せるかもしれない。
 探りを入れて、警戒されてしまう恐れもあるが。
 いずれにしても一度終わったはずの身の上だ。これからどうなろうと失うものなんて、きっとないのだから。
 ――かつての旅の仲間たちが描かれた肖像画が、壁に並んで笑顔を浮かべている。18年前の名残に少しためらって、ゆっくりと建物を後にした。




2019.12.09投稿


 
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