08


 黙り込んだままうつむいて喋らない二人を交互に見てから、カイルは大急ぎで船をまわった。いなくなったジューダスと話をしなければいけない。こんな風にお別れしてしまうのはよくない気がした。
 どこに行ってしまったのだろう、キョロキョロしながら歩いていると、通りかかった船室からマナが出てきた。


「あっ、ねえマナ!ジューダス見なかった?」
「………?」


 首を傾げて見つめられたのでだいたいの事情を説明する。彼女は困ったような顔をすると、カイルを先導するみたいに歩き出した。
 今まで部屋の中にいたようなのに、どうしてジューダスの行き先を知っているのだろう?少し疑問に思ったけれど、今はそんなことを考えている場合じゃないと足を早めた。
 マナの迷いない歩みに導かれて、何度か階段を登った先、人気のないテラスの端に漆黒の影を見つけたのはすぐのことだった。


「探したよ、ジューダス!もう、突然いなくなっちゃうんだもん!」


 声をかけても黙ってこちらを見ない彼に、明らかな拒絶の意思を感じて言葉がつまる。
 だけど、ここで何も言わなかったらきっと後悔する。まだ彼と一緒にいたい。


「オレ、信じてるから!」
「カイル…?」
「ジューダスが、何歳だろうと、だれだろうと、関係ない。オレは、ジューダスを信じてる!だからさ、いっしょに行こう!旅、続けようよ!」


 彼はまたカイル、とびっくりしたような目で言った。
 見開かれた瞳はすぐに細められて、なんだか苦しげにこちらを見つめている。


「…なぜだ?どうして僕を信じられる?なにも明かそうとはしない僕を…」
「なぜって…う〜ん、そうだなぁ…ジューダスが好きだから…だと思う」
「…好き?」
「好きだから、いっしょにいたいって思うし、ジューダスのこと、信じられるんだよ」


 ジューダスの顔が背けられた。
 眉間には深いシワが寄っている。母さんならグリグリ指で押してくるような、そんな感じのシワだ。
 思わず手を伸ばしそうになって、でも仮面に当たってしまいそうだと諦める。
 彼はそんなことも知らずにため息をついた。


「僕は、おまえに対してなにも教えてはいないんだぞ?そんな相手を、好きになるなんてことは…」


 カタン、その瞬間後ろで音がした。
 そこらへんに積んであった木箱か何かを、マナが引っ掛けたみたいだ。いつもは静かに佇んでいる彼女が珍しい、と思った。
 ジューダスもその時まるで始めて彼女がいることに気付いたかのように、やっとこちらを向いた。だからカイルはそのまま彼の瞳を見て言った。


「あのさ、ジューダスは相手のヒミツ、全部教えてもらったら好きになれるの?」


 それは…、といつにない力のない声が返ってくる。


「そうじゃないよね。ヒミツがあってもなくても、関係ないんだ。そいつが、好きかどうかってだけさ。――だから、ジューダスもそうだよ。ヒミツがあっても…いや、ヒミツがあるところ、ぜ〜んぶ含めてジューダスが好きなんだよ!」


 すべて言い終えたカイルに、ジューダスは視線を上へ、下へ、もう一度上へ動かす。


「カイル、僕は…」


 そう言ってまた何かを言おうと、何も言えないでいる彼を遮って、にかっと笑った。


「それが、言いたかっただけ!じゃあね!」


 カイルが背を向けると、後ろにいたマナも少し遅れてついてきた。
 自分の気持ちを素直に伝えたから、きっとジューダスもわかってくれる。一緒に来てくれる。そうは思うもののちょっと不安になって彼女にたずねてみる。


「ねえ、ジューダスとお別れなんてことに、ならないよね?」
「…………大丈夫、きっと」
「えっ?」


 答えの内容よりも、マナが喋ったことに驚いて聞き返すが、彼女は二度とは言葉にしなかった。
 ――けれど言葉は本当になった。
 ロニとリアラのいるところへ戻って、船の上からも雪に覆われた陸が見えてくる頃、彼は自然に4人のところへ姿を現したのだ。


「すぐにスノーフリアに着く出発の準備をしておけ。グズグズしてると、置いていくぞ」
「ジューダス…うん!」


 やっぱりジューダスのこと、好きだなあ。だってまた戻ってきてくれた、とニコニコする。
 照れくさいのか彼はそっぽを向いている。
 まだ気まずそうにしているリアラの前に出て、同じくらい目線をさ迷わせながらロニが切り出した。


「ジューダス、あ、あのよ…、悪かったな。さっきは、その…」


 いや、と彼はため息混じりに遮った。


「僕も大人げなかった」
「ジューダス…」
「実際の年齢はともかくとして。精神年齢は、僕のほうが高い。子供であるおまえと同レベルで話すなんて大人である僕がすべきことではなかったな。反省している」


 いつもの調子で一気に言ったジューダスに、ロニはポカン、と口を開ける(大きな口だなあ、とちょっと感心した)。
 フン、と鼻を鳴らした音に我に返って、いつもの勢いで怒り始めるロニ。今まで何度も繰り返されてきたやり取りがまた帰ってきた。


「な、な、な…なんだよそりゃあ!それじゃ、俺がガキってことか!?」
「そう言ったつもりだったが わからなかったか?僕の言い方も、まだまだのようだ」


 ニヤリと笑った顔は今までで一番楽しそうに見える。
 なんだかんだ、ジューダスだってお別れなんてしたくなかったのかもしれない。そうだとしたら嬉しい。
 楽しい気持ちでムズムズして、大笑いが止められなかった。


「…ぷっ!アハハハハッ!!」
「ふふっ!あははっ!」
「笑うな、ふたりとも!」


 そうやって怒ってみせているロニだって、好き放題言いやがって…などと言いながらちょっと笑っている。きっと安心したんだ。
 気を張っていたのが落ち着いて、船外へ目を向けたら雪がちらついてきたのに気が付いた。
 もうファンダリアに着く頃だろうか。


「ねえ、雪合戦できるかな」


 新しい真っ白な大地を眺めてそう言うと、ますます期待が高まってきた。
 もう一度みんなの顔を見渡す。
 こちらを向く瞳の中、マナだけがただ一人遠くを見つめていた。




 
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