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 ナナリーが熱砂の真ん中で"おかしなもの"を見つけたのは、買い物にチェリクまで足を運んだその帰りだった。
 もう少しでホープタウンというなんとも疲労が溜まった距離でのことだったから、一瞬暑さに幻覚でも見てしまったのではと目を擦った。けれどそれらは消えることなく横たわっている。砂漠の中に…防寒具を見に纏った人間が多分、3人。
 警戒しながら一番小柄な少女をツンツン、とつついてみた。触れる。幻覚でなかったのならとにかく助けなければ。


「おーい、生きてるかい。返事できる?」


 服の中にこもっているだろう熱を逃すため、とにかく防寒具を緩めて空気を通す。早いところ街に運んで身体を冷やしてやらないといけない。
 さすがに三人は――それもナナリーよりも大柄な男もいるから、他に人手が必要そうだ。少しでも自分で動ければ良いのだけれど。そう思いながら目を覚まさないか様子を見る。


「ん…」
「あっ、よかった。あんた大丈夫かい?」
「ここは…」


 とりあえず手持ちの水筒の水を彼らにかけてみたら、一番最初につっついた少女が呻きつつも身体を起こした。
 彼女はキョロキョロと辺りを見まわして眉根を寄せ、声をかけたナナリーを鋭い眼光で睨む。


「お前は…、何をした?」
「ちょっと、勘違いしないでおくれ。ここで倒れてたあんたたちを見つけただけさ」
「ここで?」
「こんな気温の中厚着でいたら本当に死んじまうよ、疑う前にこの二人を運ぶのを手伝ってほしいんだけど」
「…!り、その子に触らないで!」


 丁度ナナリーの影に隠れていた、黒服の少年(防寒具の中まで厚着で見ているこちらが倒れそうになった)を見つけた彼女は、途端に血相を変えてこちらを威嚇してきた。介抱しようと思って掴んでいた彼の腕を離し、慌てて敵意がない、と手を上にあげる。


「その子が心配だっていうなら、あんたが運んでおくれ。こっちの図体のでかいのはどうにかして引きずっていくからさ」
「……ここはカルバレイス?」
「え?ああ…そうだけど」
「そう…あなたはカルバレイスの出身?」
「そうだよ、なんだってそんなこと」
「なら、あなたを信用する。この男は私が運ぶから、あなたはその子を背負って行って」


 ぽかん、と思わず口を開けた。
 カルバレイスの出身だから信用するだなんて…普通なら、逆のことを言われる。面食らってしまった。
 それはともかく、少年をナナリーに任せた彼女はどうするつもりだろうか。


「ちょ、ちょっと待ちなよ。あんたじゃあそんな背のある男を運べっこないだろ?」
「あなたには運べるの?」
「うーん…どうだろうね。まあ多少引きずっていくのはご愛嬌ってとこかな。人手を呼ぶにしても一人だけ残すわけにもいかないし…」
「その必要はない」


 どうやって気を失った自分よりも背の高い青年を運ぼうかと思案するナナリーを他所に、少女は青年の上半身を起こす。
 そして瞬きの間に、青年を抱え上げていた――お姫様抱っこ、というやつで。


「!!」
「早く運ばないとなのでしょう。その子を連れて案内して」


 細腕の小柄な少女が大の男を持ち上げたという衝撃と、その抱え方のミスマッチな様子に噴き出しそうになって堪える。
 それでも早くしろとの視線に急かされて少し乱暴に少年を背負った。

 ホープタウンに着いてすぐ、男二人組は意識を取り戻した。よく見ると所々擦過傷があって血が滲んでいたのですぐに手当てをする。
 その間、彼らはうるさいくらいに質問をしてきた。呆れたことにここはどこだ?などと問われた時には頭を打ったのかと疑った。けれど三人が三人とも気付いたらここにいたと言うし、着ていた防寒具を見ると信じざるを得ないような気もする。ファンダリアにいた、というなら不思議でもないだろう格好だったからだ。


「ところで、俺たちの仲間を見なかったか?カイルっていう黄色いツンツン頭のガキと、リアラっていう色白の女の子なんだが」
「知らないねえ。倒れていたのはあんたたちだけだったよ」
「手がかりがなければ動けない。ひとまずこの辺りを数日捜索して、駄目ならファンダリアの方へ行ってみよう」
「けどな…早く見つけてやらないと二人だけで心細いんじゃないか?」
「二人ともそこまで子どもでもないだろう。それよりもお前のお守りをさせられる僕の方が大変だ」
「なにぃ?」


 騒がしい二人の話を途中から半ば聞き流しながら、ナナリーはもう一人の姿を探した。一番先に目を覚ました少女。あの子はどこへ行ったのだろう?
 視線をさまよわせる自分に、彼らも少女の不在に気付いたようだった。


「あれ、マナはどこだ?」
「さっきまでそこにいたんだけどね」
「…彼女は怪我はしていなかったのか」


 眉を寄せながら尋ねる少年に、先ほどナナリーを警戒していた少女の顔が重なった。
 心配する割にはどこか距離があるような。何か事情がありそうな関係だ。


「…さあね。あんまり良く見てないけど、普通に歩いてたし、なんならここまでロニを運んできたのはあの子なんだから、大丈夫だと思うよ。心配なら後で診てあげるから」
「ん…?なんだって?」
「心配なら…」
「そうじゃなくて!俺を運んで来たのがマナだって!?」
「そうだよ。あたしもびっくりしたけど…あの子、あんなナリでとんでもない力なんだね」
「ああ…そういえばそうだったな」


 脱力したように頭を抱える様子を見れば今までも度々びっくりさせられたのだろうと察せられる。
 複雑そうな表情にクスリと笑って、そういえばもう一つ不思議なことがあったのだと思い出した。


「そういえば、あの子はカルバレイスの出身なのかい?」
「…何故?」
「いやね、あたしのことをカルバレイス人なら信用するとか言ったんだよ」


 何気なく、軽い気持ちで尋ねた言葉だったのだが、二人にとってはそうではなかったようだ。目を丸くしてこちらを見つめてきた。


「マナが喋ったのか!?」
「カルバレイス人なら、だと」

 
 ポカン、と口を開けたロニと、ますます眉間のシワを深めたジューダス。
 あまりに対照的な反応に、ナナリーの方が驚いてしまう。


「ちょっと、喋ったのか、なんてどういうことだい?」
「いや…俺たちの前じゃ滅多に喋らないから、てっきり喋れないものかと思ってたんだが」
「カイルは何度か声を聞いていたらしいぞ。名前も直接聞いたと言っていた」
「はあ?じゃあ何で俺たちの前じゃ一言も喋らないんだよ」
「さあな…」


 出会ってすぐにナナリーと話した少女を思い浮かべては、二人の話を聞いて不思議な気持ちになった。ロニはそれじゃあ自分も何か話してみようと待ち構えていたが、彼女が戻ってきたのは夜も更けてからだった。


「こんな時間までどこに行っていたんだい?一人じゃ危ないよ」
「……」


 ジューダスとロニが厄介になる長屋の一角で、灯していた火を小さくするような時刻だった。子どもたちはもう寝ている。
 外で誰かに尋ねたのだろうか、少女は迷いなく三人のところへ歩いてきた。


「なあマナ、これからどうする?カイルとリアラが見つかるアテも全くないだろ」
「………」
「何かいい考えはないか?」
「……」


 しつこく問いかけるロニにわずかに顔をしかめて少女は背を向けた。
 なっ?と目配せをされてナナリーは肩をすくめる。本当に一言も喋ろうとしない。最初はあんなにも普通に会話をしていたというのに。
 彼らの前だとダメで、ナナリーの前でなら喋れる理由――彼女も言っていた、カルバレイス人だから?だったら、何故一緒に旅をしているというのだろう。
 考えても、そもそも今日会ったばかりの彼らのことなんてわからないのだ。悪い人たちでもなさそうだし、もう少し見守ることにしよう。ナナリーは一つ息を吐いて、自分の家に戻ることにした。




2020.06.22投稿




 
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