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 嫌になる程強い日差しにうんざりしながら、ジューダスはもう何度目になるかわからないため息をついた。ナナリーがアイグレッテに用事があるということで、村の子どものお守りをさせられているのだ。
 一緒について行ってカイルとリアラを探そうと思ったが、何分今は路銀がない――カイル一人に財布を持たせておくべきではなかったのだ。そのせいで、衣食住を提供する村人たちに何かとこき使われている。
 村に近付くモンスターを追い払ったり、獣を狩って食料を調達するのは良い。
 だが、この村の子どもの相手は別だ。生意気で、乱暴で、加減を知らない。そんな奴らの相手はことさら神経を使う。


『お疲れですね、坊っちゃん』


 他人事のように言うシャルティエにまた重いため息を吐いた。
 今はロニに子どもたちを任せて、離れたところで休憩中だ。もちろんそんなこと一言も断ってはいない。きっと今頃は子どもたちに囲まれて、ジューダスがいないことにも気付く余裕などないはずだ。


「あんな野蛮なガキども、まともに相手なんてしてられない」
『はは。地域柄というか、あのくらい元気じゃないと、ここら辺では生きていけないんでしょうけど。坊っちゃんには慣れないような相手ですよね』


 子どもたちの威勢の良さを思い出して、またため息をつく。
 そもそも、自分より年下の者と接する機会なんて、あの旅に出るまで全くと言っていいほどなかったのだ。もの心ついた時から大人に囲まれて生きてきた。
 年の近い相手なんて…せいぜいイレーヌか、姉さんか、それくらいだった。
 その点、ロニなら孤児院にいただけあって年下の扱いには慣れている。だからこれは適材適所ということなのだ。


「そんなことより、僕は彼女の動向を知りたい。毎日どこかへ出掛けては夜遅くまで何かしているようだし…」
『トラッシュマウンテン、でしたっけ』
「ああ。日参しているようだと街の人間が言っていた」


 
 彼女の行動はホープタウンの住人たちの方がよく知っていた。
 ジューダスたちとは一言も喋らないが、ナナリーを始めこの街の者とは多少言葉を交わすらしい。子どもたちが無口なお姉ちゃんだね、と無邪気に言っていた。
 ――彼女が足を運んでいるトラッシュマウンテンは、天上人がかつてゴミ捨て場にしていた所だという。天地戦争時代のものがそこここに転がっていて、中には掘り出し物もあるらしい。
 それも価値がわからなければただの屑だが、マナが天上人ならば利用価値のある物も見つけ出せるに違いない。
 科学者である彼女が何かを探して、何かを作ろうとしているのは明らかだった。


『マナさんを尾けてみます?』
「…いや、砂漠は開けていて尾行に向かない。痕跡を残して警戒心を煽ってもよくない」
『でも…』
「あれ?ジューダス、こんなところで何してるの?」


 少し離れたところから、おもむろに幼い声が届いた。
 あの少女は街の子どもだ。比較的大人しくて、妹たちの世話をよく焼いている。今も手に洗濯物の入った籠を抱えていた。
 いつもは広場にある井戸で洗い物をしていたはずだが、こんな長屋の裏手にやってきてどうしたというのだろう。


「知らなかったの?マナさんがね、レンズ式の洗濯機を裏の方に造ってくれたの」


 少女は荒れた手で頬を擦りながら、はにかんで言った。


「一個しかないから共同で、レンズだってそんなにないから滅多に使えやしないんだけど。でもあれがあるとちょっと楽になるんだ」


 それで空いた時間で、ちょっと休憩をしたり余裕ができるらしい。
 マナがこの村に来てくれて、便利な機械をもたらしてくれてとても感謝している、マナさんてすごいねえ、と無邪気に笑う。


『昔、カリナさんもオベロン社で色々な道具を開発していましたよね』
「そうだな…」


 どこか微笑ましげな声音のシャルティエとは違い、ジューダスは背筋に虫が這ったようなものを感じていた。
 今、この時だけを見ればきっとマナのしたことは村人の暮らしを良くしたのだろう。けれど、この後何年か経って機械が壊れた時には?レンズが枯渇して使えなくなってしまった時には?
 マナはすぐにこの村を去る。対処ができる者など誰もいなくなる。
 便利を覚えた者たちは、そこからかつての暮らしに戻るのは困難だ。ともすれば"最初からあんなものがなければ"と恨む者だっているだろう。


「彼女は相手にとって良いことをしたつもりなのかもしれないけれど」


 それはむしろ、残酷なことなのではないか。
 無垢な善意が時に傲慢であることを彼女はきっと知らないのだ。かつてリオンを勝手に救おうとしたのだって…。


――逃げられないから、逃げていないだけなのでしょう?あなたには選択を…間違ってほしくはない
――それを選ばざるを得ない時もある。私は選択肢を与えたいだけなの

――お願い、お願い
――にげて、


 かつての彼女の姿が思い起こされる。何度も、リオンを護りたいのだ、救いたいのだと逃げるように言っていた。
 逃げることなど彼にとっては負けたことと同じ、誇りが許さないことだったというのに。
 それでも彼女が自分を大切に思っていたのは確かなことだと思っていたのだけれど。


「姉さんは…」


 何をそんなに恐れていたのだろう。
 リオンを何からそんなに逃げさせたかったのだろう。…いや、彼女は、何から逃げたかったのだろう。
 確か、彼女がことさらにリオンに逃げるようにと言うようになったのは、あの旅でファンダリアに着く前後からだった。


――あなたが総帥に従いたくないと、スタンさんたちと相反する道を進みたくないというのなら。私は…

――そんな…なんで、つらい選択をしようというの。たった一人の大切な人…その人を本当に守れるかもわからないのに。
――無理なの!
――そんなの、無理なの…無理だったの!


 妙に実感のこもった必死な声に、当時は疑問を覚えていたのだった。
 大切な人を守れなかった。誰かと相対するのを恐れていた。そんなような話を、今なら聞き覚えがあった。
 あの天地戦争時代の資料館で、シャルティエから聞いた当時の話。


――やめて…。雪、雪は嫌い。思い出したくないことを思い出させる、から。もう思い出したくないのに、忘れていたいのに!


「シャル……、天地戦争時代は、雪がずっと降っていたんだよな?」
『いきなり、どうしたんです?そうですよ。長いこと雪ばかりでした』
「…彼女が思い出したくないのは、天地戦争時代のことだった?」


 はっ、とシャルティエが息を呑むような音が聞こえた。


「ミクトランを守って、ソーディアンチームと戦ったんだよな?」
『そう…そうです』
「じゃあ、姉さんが僕をあんなに逃げさせようとしていたのは…かつての自分と同じ境遇に置きたくなかったから?」
『そんな!』


 シャルティエの声は半ば悲鳴のようだった。


『マナさんはずっとあの時のことを後悔していたっていうんですか?千年も経っているのに、ずっと!?』
「シャル…」
『僕なんて、カリナさんがマナさんだとも気付かなかったのに!』


 そう言って、彼は押し黙ってしまった。
 千年も経っているのに、とシャルティエは言ったけれど、きっとそれは彼女には関係のないことだったのではないか。身近にミクトランがいて、ソーディアンがあって、かつてのことを思い出さないわけがない。
 いや、もしかすると"思い出させられていた"のかもしれない。
 ミクトランが意図的に彼女の後悔を煽って、意のままに動かしていた可能性だってあるのだ。
 けれど、それにしては何かが引っかかる。


 ――あの方だけが、いつも私を助けてくださった…あの方のおっしゃることなら、全て正しいと。間違いなどないのだと、


 信奉、盲信とでも言うべき絶対的な上下関係。彼女がそこまでミクトランに従う、前提条件がわからない。
 シャルティエから聞いただけでは伺い知れない情報がまだ隠れている。そんな気がした。
 そこを知らなければ、マナが今なんのために動いているのかもわからない。
 果たして彼女は、ミクトランのいないこの時代で何をするつもりなのだろう?


「真意を問いたいが、言葉を交わすことすら避けられていてはな」
『…それでも』


 詰まったような声で彼は訴えた。


『彼女はカリナさんなんでしょう。だったら、きっと…きっと坊っちゃんのことをなんとも思ってないなんてことはないはずです!』
「シャル…」
『僕も…、やっぱり彼女と話したい。彼女のことが知りたいんです』
「それは僕だって同じだ」


 それでも躊躇ってしまうのは、マナが何故ジューダスたちと行動をともにしているのかもわからなくて、いつ姿を消してしまうかもわからないからだ。
 リオンであった時、あの最後の海底洞窟で、半ば突き放すように別れを告げたことが、未だに踏み出そうとする脚に重りをつけていた。


「姉さんは何を考えているんだろう…」

 
 あの時も、今でも。初めて会った時からマナは謎に包まれていた。
 そのことに不安を覚えるのも、変わっていない。
 確かに家族になれたと思っていたはずなのに、何も残っていない今となっては、その気持ちも儚い蜃気楼のように揺れて消えしまいそうだった。





2021.02.09 投稿


 
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