13

 10年後の世界から帰ってきて、状況整理をした一行は、とにかく休むことに決めた。ウッドロウの傷のこともあり、襲撃の混乱で持ち去られたレンズについての話は翌日に持ち越しとなったのだ。
 城内の客室のベッド脇で剣の手入れをしながら、ジューダスは小さくため息を吐いた。
 ファンダリアの大量のレンズはきっとフォルトゥナの降臨のため使われる。目的さえ果たせればあとはどうとでもなると言うのだろうか、エルレインの強行策はもはや国家間のことなど考えられてはいなかった。
 手段を選ばない相手は恐ろしい。その前にエルレインを止めなければ10年後の世界は目前なのだ。

 そんな脅威を、リアラは特に恐れているようだった。同じ聖女だからこそ余計に感じるのかもしれないし、自分が未だ何も成せていない焦りからも不安を感じるのかもしれない。
 休んだ翌朝、彼女が姿を消したと聞いても不思議には思わなかった。
 きっと彼女は単身アイグレッテへ乗り込んだのだろう。
 カルビオラでリアラと揉めてしまっていたカイルも、一刻も早く助けに行かなければと、皆から励まされてやっと決断した。


「光に包まれて消えたってことは、力を使ってアイグレッテまで飛んだんだろうな」


 ロニが言ったことが本当なら、いよいよ時間がない。彼女の力が今どれくらい使えるのかにもよるが、きっと今日中にはアイグレッテに着いてしまう。
 アイグレッテからファンダリアまで来た時は航路だったが、そんな悠長な方法では到底間に合うわけがない。


「こうなった以上、こっちも飛んで行くしかないな」


 ジューダスの言葉に皆が戸惑いの言葉を発する。しかし相変わらずマナは無表情だ。
 彼女が以前に話したあの飛行艇のことを挙げたのに。
 そう、あの時のファンダリアで他ならぬマナが言ったのだ。


──ハイデルベルグの側に、天地戦争時代地上軍の拠点だった場所がある
──そこは今オベロン社が調査管理している。その地下には封印された飛行挺が──


 その名前はイクシフォスラー。天地戦争後に完成されたそれに、彼女は終ぞ乗ることはなかったらしい。それでも存在を知っているということは、オベロン社で調査したときに目にしているのだろうか。
 雪景色の中で取り乱していた先の旅の姿からはそれも考えにくいが、だとしたら今の落ち着きようはおかしく思える。
 もしかすると、自分の知らない時代から呼ばれたカリナなのだろうか?だからあの旅の時とは違う反応なのだろうか?情報が少ない分、否定したはずの可能性がまた浮かび上がった。


「飛行艇…マジかよ!」
「これが、イクシフォスラーだ。天地戦争時代の遺産で、ここに眠っていたのをオベロン社が見つけだしたそうだ」


 地上軍の拠点跡地の奥で眠っていた飛空艇を見るなり、皆は目を見開いて驚いていた。ジューダスだって実物を見るのは初めてだ、想像よりもずっと立派な佇まいに息を呑んだ。
 しかし流石に年数を経ているだけあって、埃が積もっている。本当に動くのか?という声も上がった。


「心配はいらない。これを作ったのはかのハロルド=ベルセリオス博士だ」


 作成者の名を聞いて、ロニやナナリーの表情が明るくなる。


「ハロルド博士といやあ、たしか、ソーディアンを作った人だったよな?」
「ソーディアンも、天地戦争の活躍後、千年もの眠りについていたが、先の災厄の時にもちゃんと使えた。そのハロルド博士が作ったものだ。同じように、今でも動くだろう」
「さすがは稀代の天才科学者だね」

 
 そういえばマナも、ハロルド博士の元でソーディアン開発に関わっていたらしい。気になって、チラと横目で様子を伺う。
 一見いつもの無表情だが、わずかに、わずかにだが苦しげな表情をしているような──いや、なにかを噛み殺すような顔かもしれない。彼女の拳は指が白くなるくらいに握られていた。
 何かこの飛行艇に思うところがあるのだろうか?それともやはりソーディアンをも造った偉大なる科学者を憎々しく思ってでもいるのだろうか。


『彼女にとっては、ハロルドさんはライバルというか…目標というか。競う相手だったんですよね』


 アイグレッテにはすぐに着くからと、カイルたちを支度のために操舵室から下がらせて、マナの表情の理由をこっそりとシャルティエに聞いてみた。
 返ってきたのは気まずそうな声だった。


『だからハロルドさんのことを褒められて、まあ良い気はしないでしょうね』
「そうか…」
『でも、カリナさんだって十分すごいと思いますけど。オベロン社のレンズ製品だって、ほとんど彼女が開発したんでしょう?』


 そう。ヒューゴの秘書として付き従っていたが、元はといえば彼女はオベロン社の技術開発部員だった。そこの責任者のようなことをしていたはずだ。
 社の主力製品である、家庭用のレンズ式冷蔵庫や洗濯機などあらゆるものを世に送り出していたと聞く。
 ホープタウンでだって村のためにと日用品を造っていたし、もしかするとそういった製品の開発が好きだったのかもしれない。
そう言うと、シャルティエは少し何かを思い出すように考え込んでいた。


『千年前、彼女は天上軍で兵器開発に携わっていたらしいんですよね』
「ああ、そういえば言っていたな」
『すごく不思議な言い回しをしていたから覚えてるんですけど。その話を聞いた時、"私は兵器は造っていませんし、攻撃はしていないはずです"なんて言ってたんですよね』
「…それは、どういうことだ?」


 さあ?と彼は少し寂しそうに呟いた。


『そこまで踏み込んで聞いたことはないですからね。確かその時は、開発した兵器が実戦投入されなかったのかなとか思ってましたけど』
「それにしては…何か引っかかるな」


 矛盾しているような言葉だが、きっとその時のマナの中では意味の通ったことだったのだろう。
 なんだか言い知れない不安が胸を這った。
 そんな落ち着かなさが伝わったのだろうか、シャルティエは少し明るめの声を張り上げた。


『まあともかく、彼女が自分のしたいこととか…そういうのを見つけられていたなら、嬉しいですね』
「そうか…」
『あとは、マナさんと話ができたらいいんですけど』


 彼はことあるごとにそう言っていた。伝えたいことでもあるのだろうか。
 ジューダスはといえば、どうにもまだ何を話せばいいのかわからないというのに。


『彼女は船の機関部でも見に行っているのかな』


 想いを馳せるようなシャルティエの言葉が、何故だかひどく心をざわつかせた。
 自分の知らない姉さん。
 そんな懸念は前のあの旅でもあったはずなのに。
 あの頃の安心感は、きっと彼女からの感情で成り立っていた。それもほとんどない今となっては、何も確かめようがないのではないだろうか。
 振り切ったはずのマナの手を、柄にもなく求めてしまいそうになって、深呼吸と共に飛行艇のハンドルを握り直した。




2021.10.05 投稿


 
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