01

「なんだかさ、ここまで水があると何かいそうだよね!」


 気持ちの昂りを隠しきれないままカイルの口から出た言葉に、後ろを歩いていた兄貴分が変な悲鳴をあげた。


「お、お、おい!変な想像するんじゃねえよ!」
「さっき魚の影みたいなのも見えたし、もしかしたら怪物が潜んでるかも!」


 やめろって!と叫ぶロニには悪いが、カイルは今胸の高鳴りが止められないのだ。
 三百万ガルドのレンズを取りに遺跡へ行ったら、不思議な少女と出会い、神団兵に捕まったかと思えば凄腕の剣士が目の前に現れた!物語の中でしか体験できないような、そんな不思議な出来事が次から次へと起こっている。
 これはもう、すべてがカイルを冒険へと誘っているに違いなかった。


「落ち着け。はしゃぎすぎると足をとられて転ぶぞ」
「大丈夫、大丈夫!心配しないでよ!」


 凄腕の剣士――カイルとそう変わらない年頃の少年、ジューダスが呆れたように言う。
 年の割に妙に落ち着いているこの人物は、信じられないほどに剣の腕が立つ。それは牢の扉を一閃で真っ二つにしてしまったことや、この地下水路での戦闘でひしひしと感じた。
 この水路は何年も人が立ち入らなかったせいか、モンスターの巣窟と化していた。動き辛い水中での戦いは確実に体力を奪っていたが今のカイルには気にならない。


「…何か聞こえなかったか?」


 さっきまで元気に叫んでいたロニが突然声を潜めて訊ねてくる。
 よくよく耳をすますと、確かに水音が絶え間なく響いていた。その音はちゃぷ、ちゃぷと段々近付いてくる。
 再び、ロニのけたたましい悲鳴が水路に反響した。


「隠し通路だったんじゃないのかよ!?誰か来るぞ!」


 あまりの恐怖にロニがカイルを盾にするように抱きしめてくる。そういえばこの兄貴分は幽霊とかお化けとかそういうものが大の苦手だった。
 音の正体が幽霊であろうとなかろうと、何かがこちらに向かってきているのは明らかだ。
 暫く警戒していると、段々と暗がりの中から人型に輪郭が浮かび上がる。道中点けてきた壁の灯りに金色の髪がキラキラと光っていた。


「なあんだ、女の子じゃないか」
「い、いやいやいや!何でこんなところに女の子がいるんだよ!?おかしいだろ!」
「…おい、貴様何者だ」


 不信感を滲ませながらジューダスが問う。
 その少女は一瞬わずかに目を見開いて立ち止まったが、けれどまた何事もなかったかのように歩みを進める。
 彼女は一言も発さず、カイルたちの間を通り過ぎて行く。
 ロニと顔を見合わせた。あまりに彼女が、自分たちのことを見えていないのではないかというほどに反応を示さないから。
 そんなカイルたちの視線を受けたまま、少女は我関せずと近くの壁にある燭台に手をかけた。


「うわ!入り口だけじゃなくてこんなところにも仕掛けがあったんだ!すっげえ!」


 ギギギと錆びた音をさせながら燭台が手前へ引かれると、その側の壁が扉のように一段手前へ出っ張ってきた。
 この地下水路にはこんな仕掛けがまだたくさんあるんだろうか?カイルの胸の高鳴りは落ち着くことなどない。
 そのテンションのままに彼女が開く壁を横から覗き込んだ。ロニが気を付けろ、と言っているがおかまいなしだ。
 壁の奥にはまた扉があった。少女がそこにつけられたパネルに数字を打ち込むと、軽快な音と共に鍵が開く。
 そして次の瞬間には――レンズの溢れる音。


「レンズがこんなに!?」


 満杯に詰まっていたのか、開いた扉からはたくさんのレンズがこぼれ落ちていた。あっという間に水の中に積もってしまったレンズに目を輝かせるのは母からの血だろうか。
 カイルの興奮具合が伝わったのか、ようやく彼女が口を開いた。


「欲しいなら持って行けばいい」
「え?いいの?」


 あまりに小さい声だったので聞き返したカイルに返事をせずに、少女は扉の奥の方に腕を入れる。その手には大ぶりのレンズが乗っていた。
 よく見るとレンズにも種類があるようだ。表面がツルツルして綺麗なもの、少しくすんだもの、傷のあるもの。
 少女が手にしているのはラグナ遺跡で会ったあの子のペンダントのような、表面が鏡みたいに光る掌くらいの大きさのレンズ。小さな箱に納められた複数のそれらは、数多のレンズに隠れて奥の方へ入れられていたらしい。
 彼女はそのキラキラしたレンズをあらかた取り出し終えると、再びカイルたちなど見えないかのように一人で水路を歩き出した。


「あっ、ねえ!待ってよ!」


 カイルは慌ててポケットにレンズをつめると、少女を呼び止めた。まだレンズを貰ったお礼を言っていなかったからだ。
 けれど彼女は聞こえていないかのように歩を進めるので、走って隣へ行く。


「ねえ、なんでこんなところにいたの?さっきの仕掛け、良く知ってたね」
「……」
「この先にもまだあったりして!侵入者よけの罠とか、動く石像とか!」


 返事がなくても話しかけていたら、ちらりと視線がこちらを向いた。その瞳は足を突っ込んでしまったぬかるみの水たまりのようだった。
 相変わらず感情は読めなかったがカイルたちと話す気はなさそうな気はした。
 と、少女の手にはさっき回収していたレンズ以外には何もないことに気付く。


「女の子一人でこんなところ歩くのは危ないよ!武器も持ってないみたいだし」


 だから出口まで一緒に行こう、と提案したカイルの後ろで、武器も持ってないのにここまで一人だったんだぞ、とロニが指摘する。
 だとしたら、このモンスターの巣窟をどうやって通り抜けてきたと言うのだろう?
 そんな会話をする間も彼女は立ち止まることはない。
 けれどそのままついて行くカイルたちを振り切る気もないようだった。
 黙々と水路を歩んで行く。


「はあ。この水路、随分長いんだな。早く孤児院に帰らないと」
「ルーティさんカンカンだぞ、きっと」
「……ルーティ?」


 かすかに、聞き間違いじゃないかと思えるくらい小さな声で少女が漏らした。
 やっと反応があったとカイルはすかさず食いつく。


「あ、母さんのこと知ってる?やっぱり有名なんだなあ」
「そりゃ、世界を救った英雄だからな」


 嬉しくなってまた話しかけようとしたが、彼女の眉間にシワが寄っているのに気が付いて躊躇する。
 急にどうしたのかと問おうとするもそれはジューダスに遮られた。とてつもなく重いものを引きずるような音が地響きとともに聞こえて、やがて岩のような蛇がゆっくりと巨体を現したのだ。
 もう出口はすぐそこだというのに。


「どうやら外に出るにはこのモンスターを倒さなければならないらしいな」
「よし、やってやる!」


 カイルは剣を構えるや否や、先手必勝とばかりにモンスターの懐に飛び込んだ。
 そして思い切り踏み込んで剣を振る。
 ガツン、と鈍い音が剣を止めた。


「あ、あれ?」
「危ねえ!カイル!」


 モンスターの堅い表皮に阻まれて刃が通らない。防がれた攻撃に戸惑うカイルを狙った一撃を、咄嗟にロニが薙ぎ払う。
 すかさずジューダスが追撃をしてモンスターを遠ざけた。


「闇雲に攻撃をするな、相手の隙を狙え!」
「あんなにかたそうなやつのどこに隙があるんだよ!?」


 金属を叩いているかのような感触に腕が痺れてくる。
 防戦一方の状況に、体力も削られてきた。
 肩で息をするカイルを庇いながら戦うロニとジューダスも敵に決定打を撃つことができない。


「どうする、こいつなかなかに手強いぞ!」
「怯んだ隙を突いて弱点を叩くんだ。腹側ならまだ柔らかいだろう」
「どうやって怯ませるんだ!?」
「…どきなさい」
「え?」


 敵への攻撃方法を話し合うロニとジューダスを尻目に、カイルの後ろにいた少女はモンスターの攻撃を恐れる様子もなく前へ踏み出した。
 数拍おいて、ぽかんとしていたカイルは危ないよ、と声をかけるため駆けよろうとする。しかし見えない壁のようなものに阻まれて近付けない。
 なにが起きているのか?戸惑っているうちに頭上に溢れ出した強い光に反射的に目を覆った。


「――…レイ」


 ジュ、と音がして水面から熱い湯気がのぼる。水が大きく揺れたと思えば、勢いよく飛沫が身体に打ち付けた。
 目を開けるとさっきまで戦っていたモンスターがのたうちまわっている。


「倒した…のか?」
「まだだ!」


 後ろから黒い影が飛び出したかと思えば、それはジューダスだった。
 彼は素早く仰向けにのたうつモンスターの喉元に剣を突き立てる。
 一層激しく身体をうねらせていたモンスターは、ややあって静かに力尽きた。


「や、やった…」
「ふぅ、命拾いしたな」


 そう言って横にいたロニが身体の力を抜く。しかし横目でチラチラと少女を探るように見ていた。
 軟派な兄貴分のことだから、また口説きはじめるのかもしれない。そう思ったがどうやらそんな雰囲気でもなさそうだ。
 気付けばジューダスも少女に怪訝な視線を送っていた。
 カイルは二人が何か言い出す前に外へ行こうと、奥へ進む足を早めた。


「わあ、もう真っ暗だ」


 こんなにとっぷりと日が暮れているなんて、いったいラグナ遺跡に行ってから何時間経ってしまったんだろう。
 冷えた外気と、母の拳を思い出したこととで背筋が寒くなる。


「おわっ、もう夜中じゃねえか」


 出口で黒々とした空を睨みつけていると後ろから三人が追いついてきた。


「思ったより時間がかかったな。まったく、僕ひとりならもっと早く出られたものを…」
「はいはい、言ってろよ。ったく…カイル、こんなヤツほっといてとっとと孤児院に戻ろうぜ」
「あ、うん。あれ?もう行っちゃうの?」


 ジューダスとロニが仲良さげに話しているので、カイルもそこへ加わろうとする。踵を返して二人の方を向こうとした時、その横を少女が速度も緩めず歩き去って行くのに気付いた。
 慌てて声をかけたが振り返りもしない。
 カイルたちのことを助けてくれたから悪い人ではないのだろうけれど、あまり話すこともできなかった。
 彼女はどこへ行くのだろう。何のためにあの地下水道にいたのだろう。
 不思議な出会いが続くこの状況が、カイルをより冒険へと駆り立てていた。


「ロニ、早く帰ろう。母さんに旅に出ること、話さなくっちゃ」


 まだこれから、きっと思いもしない出来事が起こる。カイルを待っている。
 そんな予感に駆り立てられて、クレスタへ戻る道を足早に進むカイルになにも不安はなかった。







2019.01.31投稿


 
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